第40話 ターニングポイント

 夕方。

 バイトを終えた勇は、相変わらず無愛想な高校生に挨拶してから店を出た。


 そしてスマホをチェックしてみると、珍しいことにメールの通知が一件。

 差出人を見ると木村からで、題名には『ご無沙汰しております』と記載されている。


(おっ!)


 勇はワクワクしながら、すぐにメールを開く。

 すると、そこに書かれていたのは第一回イベント出演に対する礼と『相談したいことがあるため、テレビ電話でお話する機会を頂けないか』という内容だった。


(よっしゃ!)


 第一回イベント終了後、木村は『また第二回イベントの開催時、出演の相談をさせてもらう』と言っていた。


 故に勇はこの連絡をイベント出演への打診だと確信し、思わずガッツポーズ。

 もう一度メールをしっかりと読み直してから、挨拶とテレビ電話が可能な時間を書いて返信した。


 その後、勇は愛車であるママチャリにまたがり、ウキウキとした気分で帰路に就いた。



 ☆



 帰宅後。

 簡単な晩御飯をとっていたところ、ブブっとスマホが震えた。

 すぐさまチェックすると、届いたのは木村からの返信。


 先ほど勇が『今日これからでも大丈夫です!』と送ったからか、『それなら19時半からよろしく』という旨が記載されていた。


 勇はそのまま了承の返事を出し、風呂へ。

 ゆっくりと湯船に浸かり、歯磨きを済ませるともう約束の時間。


 ノートパソコンに向かい、送られてきたURLにアクセスすると、木村の顔が映し出された。


「あ、どうも!」

『おお、多井田さん! ご無沙汰してます。すみません、急なご連絡で』

「いえいえ! 暇してたところなので全然大丈夫ですよ!」

『そうですか。それならよかったです! ……で、早速本題に移らせて頂きたいのですが、その前に一つ確認したいことがありまして』

「はい、何でしょう?」

『βテスト時のアンケートを確認させて頂いたのですが、多井田さんのご職業はフリーターということで。今もお変わりありませんか?』

「……えっ?」


 予想外の質問に、勇は胸がドキッと跳ねた。


 正直、職業にはあまり触れてほしくない。

 何せ35歳でコンビニバイト。

 それも夢を追いかけているからなど、何か理由があって敢えてフリーターをしているという訳でもない。


 単に再就職できなかったことで仕方なくフリーターをしているだけであって、そんな自分に強いコンプレックスを抱いているためだ。


「……え、えーっと、はい。そうです……」


 しかし、ストレートに質問されている以上、はぐらかす訳にもいかない。

 故に勇は動揺しつつも、正直に答えた。


『そうですか! それは何か夢を追っていたりとか、そういう理由でフリーターをされてるんですか?』

「いえ、あの、別にそういうのではなくてですね……。実はその、恥ずかしながら再就職に失敗してしまいまして……」

『なるほど。では、良いところが見つかれば就職する意志はあるということですね?』

「えっ? ……ま、まあ、そうですね」


 勇が顔を引き攣らせながら言うと、木村はあからさまに嬉しそうな表情を浮かべる。


 その直後――


『そう言ってもらえてよかったです! そこでここからが本題なのですが、実はチュートリアルおじさんを運営として雇いたいと考えているんです』


 木村がとんでもないことを言い出した。


「……へっ? ……あの、今なんと?」


 聞き間違えたのかと、勇は思わず聞き返す。


『多井田さんさえよろしければ、今行っているプレイヤーへのレクチャーを仕事としてやって頂けないかと思いまして』


 聞き間違いではないことはわかった。

 しかし、理解できないことがいくつもある。


「……えっと、非常にありがたい話なんですが、どうして自分を?」


 まず、なぜ自分を雇いたいのか。その理由についてだ。

 勇からすれば願ってもない申し出だが、運営にメリットがあるようには思えない。


『それはですね……っと、その前に。すみません、ここからはオフレコでお願いできますか? 一応、社の内情に関わる話になりますので』

「あ、はい。それはもちろん。お約束します」

『ありがとうございます! まあ、多井田さんなら安心なのですが。それで多井田さんを雇いたい理由についてですが、まず、このゲームの配信元では返金申請をできることはご存知ですか?』

「はい、一応は」


 勇は利用したことはないものの、そういったシステムがあることは知っている。

 確か購入から72時間以内であれば、理由を問わずに返品できるシステムだったはずだ。


『実はこのドリームファンタジーは、その返金申請の割合が非常に高いんです』

「えっ、そうなんですか?」

『はい。そして、その原因のほとんどがチュートリアルにありまして』


 それを聞いて、勇は先日チュートリアルについて調べた時のことを思い出した。


(そういえば、レビュー欄にも『チュートリアルがわかりづらい』ってちらほら書かれてたな。なるほど、その人らが返金申請してるってことか)


 そう納得したと同時、勇に再び疑問が生まれた。


「あの、チュートリアルってそんなにわかりづらいんですか? 僕はβ版の時のやつしか知らなくて」

『はい、実は出来があまり良くなくて……。よろしければご覧になりますか?』

「あ、はい! 見せてもらえるのなら、ぜひ!」

『じゃあ今からメールで送りますね! えーっと』


 木村からパソコンを操作する音が聞こえてきた直後、メールが届いた。

 もちろん木村からで、そのメールには圧縮された動画ファイルが添付されている。


 勇はその『チュートリアルシーン』と書かれたファイルをダウンロードして解凍。


「ありがとうございます! ではちょっとだけ見させてもらいますね」

『あ、はい! どうぞ!』


 承諾を得たことで、早速再生してみることにした。

 そうして動画プレーヤーが表示された瞬間、勇は自分の目を疑った。


(さ、30分……)


 動画の再生時間だ。

 チュートリアルだけで30分。

 これは確かに長い、長すぎる。


 木村と通話中なこともあってじっくりと見ていられないため、勇は飛ばし飛ばしに動画を見ていくことにした。



 ☆



(なるほど、これは……)


 無駄に長い世界観の説明から始まり、言われなくても直感的に理解できる歩き方や走り方などの説明。

 それが済むと、今度はメニューウインドウの開き方から各種メニューページの解説、レベルやスキルの概要に武器の装備方法、エリアの移動方法などの説明が続く。


 これらを画像と文字だけのスライドショー形式で説明されるのだ。ウンザリするのも無理はない。


 たとえ我慢して最初から最後までしっかりと読み進めたとしても、情報量が多すぎて全ては理解できない。


 ざっと目を通し終えた勇は、チュートリアルが不評な理由について大いに納得した。

 確かにβ版の時からかなり酷くなっており、このチュートリアルなら間違いなく自分もスキップしていた。


(これじゃあ、何もわからない初心者が多いのも当然だな……)


 そんなことを思いながら、勇は木村に向かって口を開いた。


「ありがとうございます、見させてもらいました」

『……どうでしたか?』

「えっと、正直に言うと想像以上に酷かったです……」

『ですよね。僕も同意見です』


 その言葉に勇は驚いた。

 木村も同じように思っているのなら、なぜ作り直さないのか。

 勇はそんな疑問を込めながら、木村に言葉を投げかけた。


「あの、これは作り直したほうがいいんじゃ……?」

『そうしたいのは山々なんですが、色々と事情がありましてね……。チュートリアルに手を加える訳にはいかないんです』

「そ、そうですか」

『ええ。なので弊社はチュートリアルは現状のまま、別の手段で返金申請を減らさなければならなくて。その手段として思いついたのが――』

「……自分だったということですか?」

『はい。コミュニティ掲示板やネットニュースのコメント欄などでも、多井田さんがレクチャーしたことにより『ゲームのことを理解できて辞めずに済んだ』というプレイヤーが多く見られまして。今以上にチュートリアルおじさんとして活躍してもらえれば、返金申請も減るのではないかと考えたんです』


 そう言われて勇はに落ちた。

 実際、初心者から『おっさんが居なかったらこのゲームを辞めてた』と言われた経験が何度もあるためだ。


 しかし、それが雇うことに繋がる理由がまだわからない。


「なるほど。すみません、えっと、もしも雇ってもらえた場合、自分がやることは初心者達へのレクチャーってことですよね……?」

『はい。今まで通り初心者さん達にレクチャーしていってもらうことになります』

「ですよね。……あの、そんなことで本当に雇ってもらっていいのでしょうか? レクチャーは自分が好きでやっていることなので、別にボランティアとしてやりますけど」

『正直、社としてはそうしてもらえると一番嬉しいんですが、多井田さんにはもっと長時間活躍してもらいたいと考えていまして。具体的にはそうですね、一日8時間の週5でお願いできればと。それだけ多く稼働してもらう以上、無給でお願いする訳にもいかなくて』


 要は金を払う代わりに、自分を長時間拘束したいという考えだ。

 確かに金を払ってもらえるのであれば、コンビニバイトを辞めてチュートリアルおじさんに専念できる。


 勇からしてみれば、ただゲームをしているだけで金をもらえるのだからまさに願ったり叶ったりだが、まだ肝心な条件を聞いていない。


「なるほど。……それでよければ、条件をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

『あ、はい。雇用形態は正社員で休みは月8回。月給は額面で24万、手取りで20万円くらいになる計算ですね』


 その木村の言葉に勇は目をいた。


「せ、正社員ですか!?」

『はい。そのほうが多井田さんにも安心して働いてもらえるかと思いまして。あ、もちろん、バイトや契約社員のほうがよろしければ――』

「いえ、正社員のほうがありがたいです! ……ただ、本当にいいのでしょうか? レクチャーしているだけで正社員にして頂いて、それも月に20万も頂けるなんて」


 勇が尋ねると、木村はどこかバツが悪そうな顔を浮かべた。

 そんな彼を不思議そうに見ていると、やがて木村が口を開いた。


『実はこの20万円というのにはカラクリがありまして……。多井田さんには今後もイベントに解説として出演して頂きたく考えています。ただ雇わせてもらうことになった場合、イベントの解説も仕事の一部になりますので出演料は出せなくなってしまうんです。なので正直なことを言うと、雇われずにイベントだけ出て頂いたほうが時間単価は高くなります』


(なるほど……)


 確かに木村が言う通り、雇われずイベントだけに出演したほうが時間単価は高い。

 しかし、自分がイベントに呼ばれ続けるかどうかは実際わからない。


 一方で雇われれば、正社員の肩書きと共に安定した職を手に入れられる。

 それも一流企業のだ。


 現在のバイト先に不満を持っていることもあって、勇は迷うことなく決断した。


「……木村さん、ありがとうございます! このお話、ぜひお引き受けできればと思います!」

『そう言ってもらえると思ってました! ありがとうございます! ただ、すみません。一応正社員での採用となりますので、一度面接にお越し頂けますか? まあ、採用前提なので面談のようなものなのですが』

「あ、はい! わかりました!」

『ありがとうございます! では多井田さんのご都合がいい日をお伺いしても?』

「はい、えーっと――」


 その後、勇が空いている日を伝えると、四日後に面接が行われることになった。

 そして詳しい業務説明や質問などは面接時に直接話すこととなり、勇は通話を切った。


「――よっしゃあ!!」


 直後、勇は喜びの気持ちを声にした。


 コンビニバイトから一流企業の正社員になれるかもしれないのだ。

 嬉しくない訳がない。


 その後、勇はしばらく部屋で小躍りした後、早速パソコンで履歴書と職務経歴書の作成を始めたのだった。



 ☆



 四日後。

 面接当日となり、勇は早起きしていた。


 クローゼットから前日にクリーニングに出していたスーツを取り出し、袖を通す。


(これをまた着る日が来るなんてな……)


 勇は今から五年前、まだリアルが充実していた頃の日々を思い返した。

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