第35話 ギルド巡り その4 【いちごもんぶらん】

 あれから数度の攻略を経て、勇達は何とか杖と斧を手に入れることに成功した。

 その後、時間が余っていたこともあって一行はギルドのランクを上げるため、ゴールデンアルミラージを狩りに【レッドジャングル】へ来ていた。


 そうして数時間が経ち――


「あ、おじさん! もう19時前ですよ!」


 デストロイにそう言われて、メニューウインドウから時間を確認すると、時刻は18時45分。

 19時からは別の予定があるため、名残惜しいがルシファー達とはここでお別れだ。


「おっ、ほんとだ。教えてくれてありがとう! じゃあ、そろそろ俺は失礼させてもらうね」

「うむ。チュートリアルおじさんよ、此度こたびは本当に助かった。礼を言う」

「ありがとうございました!」

「いえいえ、こちらこそ。お目当ての物が手に入って本当によかったよ。それじゃあ、また!」


 彼らに別れを告げた勇は、ギルド【ダークフェイス】を抜けてから【レッドジャングル】を後にした。


 そうして【始まりの街】に戻ってきた勇は、これから会う約束をしているエレナに『今どこに居るか』という旨のチャットを送信。

 すると、すぐに連絡が返ってきた。


『ジークさん、こんばんは! 今日はよろしくお願いします! 私達は今ギルドホームに居ます。ジークさんの居場所を教えてもらえれば、私達がそこに行きますよ!』


(ギルドホームに居るのか。それならわざわざ来てもらうのも悪いし)


 そんな考えから、勇は『部屋番号とパスワードを教えてくれれば、俺がそっちに行くよ』とチャットを返した。

 その数分後、再びチャットが届く。


『わっ、ありがとうございます! それではお待ちしてますね! 部屋番号は――』


 エレナからのメッセージを見た勇は「よし」と呟いてから、転移の魔法陣を目指して歩みを進めた。



 ☆



 魔法陣にて数字を打ち込んだ勇は次の瞬間、白を基調とした部屋に飛ばされた。

 差し色にピンクやイエローが使われた、まさに年頃の女の子が好きそうなフェミニンな内装だ。


 中央には白い丸テーブルが置かれており、それをエレナ含む三人の若い女性が囲んでいる。

 彼女らはすぐに転移してきた勇に気付き、椅子から立ち上がって駆け寄ってきた。


 先頭を歩くエレナの周囲にパネルは見当たらない。

 どうやらまだ配信していないようだ。


「お久しぶりです、ジークさん! わざわざ来てくれてありがとうございます!」

「エレナさん、久しぶり! 今日はよろしくね! それで……そちらのお二人は?」


 勇は挨拶しつつ、エレナの後ろに立っている二人の女性に視線を移した。

 一人は高校生のエレナよりもさらに幼く見える黒髪の少女。

 もう一人は推定二十歳前後で、ミルクティー色の髪をした綺麗なお姉さんだ。


「あ、紹介しますね! こっちの可愛い子がミュウちゃんで、こっちの美人なお姉さんがココノちゃんです!」


 エレナがそう言うと、二人は一歩前に出て口を開いた。


「初めまして、ミュウです! 今日はよろしくお願いします!」

「ココノです。今日はお世話になります!」

「あ、これはご丁寧にどうも! 自分はジーク、みんなからはチュートリアルおじさんと呼ばれてます。こちらこそ今日はよろしくお願いします」


 頭を深く下げながら自己紹介してくる彼女らに対し、勇も同じく頭を下げて言葉を返す。

 そうして挨拶が済んだところで、勇はふと気になったことをエレナに尋ねた。


「それでエレナさん。見たところ三人しか居ないみたいだけど、他にメンバーは居ないの?」


 エレナは平均10万人もの視聴者を集めている人気配信者だ。

 故に勇はファンが押し寄せ、ギルドに所属できる最大人数の30人は当然一緒に居るものだと考えていた。


 しかし、実際に居たのはたったの三人。疑問に思うのも無理はない。


「はい。私達だけですよ!」

「視聴者さんは?」

「あっ、『ファンとはあまり直接絡まないように』と言われてるので、視聴者さんとはギルド組まないようにしてるんです!」


 そう言われてみれば確かに、エレナが自分のファンと深く絡んでいるところを見たことがない。

 前にエレナとタイマンを張った時もファンとはせいぜい一言だけ話すか、握手をする程度で終わっていた。


 まあ、いくらバーチャルと言えども、現実とそう変わりないこの空間においてはそうするべきなのかもしれない。

 特にエレナのファンは熱狂的と言われているため、尚のことだ。


 そう考えた勇は視聴者とギルドを組んでいないことに、なるほどと合点がいった。


「そうだったんだ。じゃあ、ミュウさんとココノさんはエレナさんのリア友なんだね」

「あ、いえ。友達っていうか、配信者仲間ですね!」

「配信者? もしかして二人も配信者さんなの?」


 勇が尋ねると、ミュウとココノは同時に首を縦に振った。

 エレナがそのまま話を続ける。


「はい! 二人もガーリーライブに所属しているんです」

「ガーリーライブ……?」


 聞き覚えのないワードに勇は不思議そうな顔で聞き返す。

 そんな勇の様子にエレナも首を傾げるも、やがて何かを察したかのように慌てて口を動かした。


「す、すみません! えっと、ガーリーライブってのは配信者の事務所で! 私もそこに所属しているんですよ」

「へ、へえ! そうだったんだ! ごめんね、そういうのに疎くて……」

「いえいえ、全然大丈夫ですよ! じゃあ、早速ギルドに誘い……ん?」


 エレナが話していると、突然彼女の前に半透明のパネルが現れた。

 システムメッセージだ。何か通知が来たらしい。

 それを見たエレナはメニューウインドウを開き、何度か指を動かした後、真剣な表情で画面を凝視した。


 少しして、エレナは突然勇に向かって頭を下げた。


「すみません! マネージャーから急ぎの連絡があって、ちょっと抜けないといけなくて……」

「そっか。うん、了解! 全然大丈夫だから遠慮せずに行ってきて!」

「本当にすみません! すぐに戻ってくるので、ここで少しだけ待っててください! ミュウちゃんとココノちゃんもごめんね!」


 エレナは慌てながらそう言い残して、目の前からスッと消え去った。

 ログアウトしたようだ。


 それを見送った直後、二人居るうちのお姉さんのほう――ココノが声を掛けてきた。


「すみません。せっかく忙しい中、来てもらったのに」

「いえいえ、全然大丈夫ですよ! それにしてもエレナさん、やっぱり忙しいんですね」

「……はい。エレナちゃんはあたしと違って人気者なので……」


 ココノは悲しげに言葉を漏らした。

 それに続くように、隣に立っているミュウも暗い表情を浮かべて顔を俯かせ、一気に空気が重くなる。


(えっ? もしかして実は仲悪いとか……?)


 そんな彼女らの様子に、勇が不安を抱きだした直後――


「あっ! すみません、変なこと言って。別にエレナちゃんに嫉妬しているとかそういうのじゃ全然ないので、気にしないでください!」


 ココノは慌てた様子でそう言った。

 どうやら思い違いだったようで、それがわかった勇は心の底からホッとした。


「そうですか。それならよかった」

「はい。むしろあたしはエレナちゃんのこと大好きですし、本当に感謝してるんです。ね、ミュウちゃん」

「うんっ! エレナちゃんは本当にいい人で、ミュウも大好きなんです!」

「へえ、お二人は随分とエレナさんを慕っているんですね」

「はい! だってエレナちゃんは恩人ですから」

「恩人?」


 勇が聞き返すと、ココノはコクリと頷く。

 直後、ミュウが口を開いた。


「……エレナちゃんは事務所で一番人気な配信者なんです。だから全然人気がないミュウは普通絡むことすらできないんですけど、そんなミュウにエレナちゃんは『一緒にゲームをやろう』って言ってくれたんです。ミュウなんかと絡んでも、エレナちゃんに全くメリットないのに」

「あたしもミュウちゃんと同じで、エレナちゃんに誘ってもらえて。そのおかげで視聴者さんもちょっとずつ増えてきて。エレナちゃんは後輩のあたし達にチャンスをくれたんです」

「なるほど。だから恩人なんですね」

「「はいっ!」」


 話を聞く限りエレナは二人の先輩で、後輩に力を貸してやっているらしい。

 そんな意外な一面を知って、決して低く評価していた訳ではないが、勇はエレナのことを見直した。


 その後、ココノとミュウから、エレナがどれだけ凄い配信者なのかを聞かされることしばし。

 虚空からエレナが現れた。


「――あ、エレナちゃんお帰りー!」

「お帰りなさい!」

「うん、ただいま! あ、ジークさん。お待たせしてほんとにごめんなさい」

「ううん、全然大丈夫! 逆にエレナさんはもう大丈夫なの?」

「はい、ひとまずは!」

「そっか、それならよかったよ!」

「ありがとうございます! じゃあ気を取り直して、ジークさんをギルドに誘いますね!」


 エレナはメニューウインドウを開き、スッスッと指を動かす。


<【エレナ】さんからギルド【いちごもんぶらん】に招待されました。参加しますか?>


 勇は現れたシステムメッセージに承諾した後、エレナに向かって口を開いた。


「へえ、エレナさん達のギルドは【いちごもんぶらん】って言うんだ」

「はい! どう思いますか?」

「……え? ああ、うん。可愛らしいと思うよ!」

「そうですか! いいのが思いつかなくて適当にこれにしたんですけど、そう言ってもらえてよかったです!」


(て、適当だったのね……)


 特に意味などは込められていなかったことに勇は苦笑いを浮かべつつ、話を進める。


「そ、そっか! えっと、それでこれから俺達はどこに行くの?」

「あ、言ってませんでしたね! 私達は【見習いの草原】に行く予定です。そこに居るキノコ型のモンスターが落とすアイテムが欲しくて!」

「ああ、キノコーンだね! でもキノコーンって、ドロップアイテム設定されてたかな?」

「はい! この前のアップデートで追加されて、それがあれば街のNPCに家具と交換してもらえるんですよ。このテーブルや椅子もそうしてゲットしたんです!」


(なるほど。インテリアアイテムの実装と一緒に、新しくドロップアイテムが設定されたのか)


「そうなんだ。うん、わかった! 俺もそのアイテム集め手伝うよ」

「ありがとうございます! じゃあ、そろそろ配信始めますね!」

「あ、じゃあミュウも!」

「あたしも!」


 三人は互いに少し離れてから、各々おのおのメニューウインドウを開いた。


(あ、それぞれ別で放送するのか。まあ、そりゃそうだよな)


 そんなことを勇が思った直後――


「やっほー! みんなの妹、エレナだよっ! 今日もミュウちゃん、ココノちゃんと一緒に遊びまーす! そ・れ・とっ! 前に言ってた通り、今日はジークさんにも来てもらったよ!」


「みんなー、こんばんわー! ミュウの配信にようこそ! 今日も【いちごもんぶらん】の三人でプレイしてくよー! そして今日は何と! あのチュートリアルおじさんがゲストに来てくれました!」


「ここんこん! どうもココノです! 今日もエレナちゃん、ミュウちゃんと一緒にドリファンをやっていきたいと思いますっ! それとですねー、今日は皆さんお待ちかね! あのスペシャルゲストも来てくれてますよ!」


 三人は現れたパネルに向かって、同時に挨拶を口にした。

 そんな三人の中心で勇が立ち尽くしていると、彼女達はいきなり接近してきてパネルを向けてきた。


(ん? ……ああ、挨拶か!)


 話していた内容から、自分に挨拶するように促していると察した勇は深呼吸してから口を動かした。


「……どうも! チュートリアルおじさんです! 今日はよろしくお願いします!」


 勇は三人のパネルを順に見ながら挨拶を済ませた。

 すると、各チャット欄で好意的なメッセージが流れる。

 それにホッとした直後、三人はパネルを自分のほうに向け直し、それぞれ視聴者に向かって話を再開した。


 その後、話がひと段落したところで、一行は【見習いの草原】に向かうのだった。



 ☆



 だだっ広い草原で、手足が生えた巨大なキノコを倒し続けること数時間。


「――それじゃあ、みんな。まったねー!」

「今日はミュウの配信を見てくれてありがとー! ばいばーい!」

「皆さん、お疲れ様でした! また見に来てくださいねー!」


 三人はパネルに向かって挨拶を告げた後、メニューウインドウを開いて放送用のパネルを閉じた。


「ふう。ミュウちゃん、ココノちゃん、お疲れー!」

「うん、お疲れー!」

「お疲れ様っ!」


 彼女らはそう互いをねぎらった後、揃って勇に近づいてきた。


「それじゃあ、せーのっ!」

「「「ジークさん! 今日は本当にありがとうございました!!」」」

「いえいえ。アイテム結構集まってよかったね」

「はい! それにジークさんのおかげで、普段よりも視聴者さんが集まりました! 今日もありがとです!」

「ミュウも! ジークさん、本当にありがとうございます!」

「あたしもこんなに多くの人が集まったの初めてです! ありがとうございました!」


 三人は満面の笑みを浮かべながら感謝の言葉を並べてくる。

 それを聞いた勇は頬を緩めつつ、言葉を返す。


「そっか。力になれたみたいでよかったよ! じゃあ、俺は用事があるからもう行くね。また、いつでも呼んで!」

「はいっ! またよろしくお願いします! お疲れ様でした!」

「「お疲れ様でした!」」


 その後、勇はギルドを抜けてから、転移の魔法陣に向かって歩き出した。


(いやぁ、さすがに疲れたな。でも、三人とも喜んでくれたみたいでよかった。これからも頑張ってほしいな)


 勇は頑張る少女達の役に立てた幸福感をたっぷりと胸に抱きながら、【見習いの草原】を後にしたのだった。

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