第34話 ギルド巡り その3 【ダークフェイス】

 翌日。

 バイトが休みということもあり、勇は昼過ぎに起床。

 簡単な昼食をとり、掃除や洗濯を済ませたところで時計を確認すると、針は14時半を指していた。


(あ、もうこんな時間か。そろそろログインしないと)


 今日は15時からルシファー達のギルドに入る約束をしている。

 まだ時間まで少し余裕があるが、勇は遅れないようにと早めにログインすることにした。



 ☆



<新着メッセージが一件届いています>


 ドリームファンタジーにやってきた勇をシステムメッセージが出迎える。


(ん? 誰からだろう)


 届いたチャットを開くと、差出人はルシファーだった。


『チュートリアルおじさんよ、今日はよろしく頼む。我らは暗黒魔城あんこくまじょう(ギルドホーム)にて、邪神に祈りを捧げている。貴公にも我が居城を披露する故、また都合がいい刻限に来るがよい。暗黒魔城に入るための悪魔の数字(部屋番号とパスワード)は――』


 一見、ただの痛々しい文章かと思いきや、よく読むと初めの挨拶やフリガナなど細かな気遣いを感じられる。

 その滲み出るイイ奴感に、勇は頬を緩めた。


(よし。じゃあ行くか!)


 それから歩くこと数分。 

 勇はギルドホームへと繋がる、転移の魔法陣のもとに辿り着いた。


(えー、部屋番号がこれで……)


 再びチャットを開き、送られてきた数字を中央に設置されているパネルに入力していく。

 そうして部屋番号とパスワードの両方を打ち込み終えると、転移の魔法陣が光を帯びた。



 ☆



 転移してきた勇の目に映ったのは、黒と深紫色で構成された部屋。

 不気味という言葉がピッタリと当てはまる、何とも異様な空間が広がっていた。


「――ならば、【カオスアビス】なんてどうだ?」

「いや、だからそもそも普通の攻撃に技名なんていらないんだって。しかもそれ語呂悪いし」


 そして部屋の奥には、椅子に腰掛けて会話をしている二人の青年の後ろ姿。

 ルシファーとデストロイだ。


「むぅ、気に入らぬか」

「だからそういう問題じゃなくて――」

「あの……」


 背後から勇が申し訳なさそうに声を掛けると、彼らはビクッと身体を震わせた。

 直後、凄まじい勢いで振り返った二人は、勇の顔を見て小さく溜め息を吐いてから口を開いた。


「……ちゅ、チュートリアルおじさんか。気が付かなくてすまない」

「す、すみません!」

「いえいえ、こちらこそ驚かせちゃったみたいでごめんね」


 勇がそう言うと、ルシファーは咳払いをしてからガバっと立ち上がった。

 そして腕を交差させたかと思えば、両手をバッと大きく広げる。


「よくぞ来てくれた、我が同志よ! それでは早速紹介しよう。ここが我らの居城、暗黒魔城だ!!」

「あ、うん。えっと……す、素敵な部屋だね!」


 勇は苦笑いを浮かべつつ、必死に捻り出した褒め言葉を口にした。

 すると、ルシファーは口角を上げ、大層満足そうな表情を浮かべる。


「そうだろうそうだろう! この闇に満ちた空間の良さがわかるとは、さすがはチュートリアルおじさんだな。ったく、デストロイにも見習ってもらいたいものだ」

「……はいはい。チュートリアルおじさんも無理して付き合う必要ないっすよ」

「あはは……。あ、今日は誘ってくれてありがとね。短い時間で申し訳ないけど、よろしく!」

「あ、はい! よろしくっす!」

「……うむ、こちらこそよろしく頼む! では、これから貴公を我が闇の同盟に迎え入れるとしよう」


 ルシファーはメニューウインドウを開き、何度か指を動かす。


<【ルシファー】さんからギルド【ダークフェイス】に招待されました。参加しますか?>


 現れたシステムメッセージに『はい』と答えつつ、勇はギルド名を読み上げた。


「ダークフェイス……闇の顔?」

「ち、違うっ! 闇を信仰するという意味だ!」


(なるほど……。FaceじゃなくてFaithのほうだったか)


「そっちのフェイスね! うん、ルシファー君達らしい良い名前だね」

「ほ、本当か?! 本当にそう思うか?!」


 何気なくそう言うと、ルシファーは興奮した様子で尋ねてきた。


「う、うん」

「よかったぁ! いやー、寝ずに考えた甲斐がありました!」


 褒められたことがよほど嬉しかったのだろう。

 ルシファーはロールプレイを忘れ、歓喜の声を上げた。

 そんな彼を見て、勇とデストロイも釣られて頬を緩める。


 その直後、ルシファーは大きく咳払いをすることで、一度場の空気を変えてから口を開いた。


「……さて、チュートリアルおじさんよ。今日来てもらったのは、実は貴公に手伝ってもらいたいことがあるからなのだ」

「ん、何? 俺にできることなら何でも手伝うよ!」

「そうか、感謝する! それで頼みたいことだが、我らはまだ最初の武器しか持っていなくてな。そろそろ強力な武器を手に入れたいのだ」


 そう聞いて手元を見ると、ルシファーは木製の杖、デストロイは鉄製の斧を手にしている。

 どちらも最初から保有している初期の武器で、彼らのレベルには到底見合っていない。

 そろそろ強い武器を欲しいというのは、当然の考えだろう。


「それで何度か【試練の洞窟】のリザードマンを倒してるんですけど、中々目当ての武器をドロップしなくて。三人ならもっと効率的に目当ての武器を引き当てられるかと思いまして」

「なるほど、確かにそうだね。うん、わかった! 喜んで協力させてもらうよ」

「ありがとうございます! じゃあ、ルシファー。時間も限られていることだし、そろそろ行くか」

「うむ! では向かうとしよう」



 ☆



 三人はリザードマンが待ち受ける【試練の洞窟】にやってきた。

 それから奥を目指して歩いていると、勇達の前に黒いイノシシ――ブラックボアが出現。


「――ラピッドスラスト!」


 勇はすぐに特技を発動させ、ブラックボアに迫る。

 そして何度も刺突を浴びせていると、イノシシはすぐに粒子となって消えていった。


(おお! 俺ちゃんと強くなってるんだな)


 前にカイト達と来た時は、全く歯が立たなかったブラックボア相手に今は楽勝。

 その事実に勇は自分の成長を強く感じた。


 まあ、たかがゲームの中でレベルが上がって強くなったというだけの話に過ぎないのだが。


「さすがだな、チュートリアルおじさんよ」

「うん、お見事っす!」

「あ、ありがとう! じゃあ行こうか!」



 ☆



 数分後。

 勇達は難なく最奥部へとたどり着いた。

 そこには前と変わらず、左手にアイアンソードを握ったリザードマンの姿がある。


 一行は立ち止まることなくそのまま接近すると、彼らを認識したリザードマンが地面を蹴った。


「「闇より来たれ、漆黒の牙! 仇なす者を喰らい尽くせ!」」

「ダブルスラッシュ!」


 駆け寄ってくるトカゲに、先頭にいる勇が二連切りを浴びせる。


「「――ダークネスバイト!」」


 直後、ルシファーとデストロイが同時に闇の第三魔法を発動。

 二つの黒い牙がリザードマンに向かっていき、その緑色の身体を捉えた瞬間、粒子となって霧散した。


<【クリムゾンエッジ】を獲得しました>


(さすがに余裕だったな。……って、クリムゾンエッジか)


 前にカイト達と挑んだ時も楽勝だったが、今回はその時よりもさらに平均レベルが高い。

 故に全く苦労することなく、呆気なく撃破に成功した。

 だかしかし、お目当ての武器は入手できなかった。


「フン、今回は槍か。また外れだ」

「同じく外れ。短剣だったわ。おじさんはどうっすか?」

「俺は片手剣だったよ。全員スカっちゃったね」


 ドリームファンタジーでは武器が豊富に用意されており、選択肢の幅が広い。

 それこそがこのゲームの魅力の一つだが、今回はその種類の多さが裏目に出てしまい、狙いの杖と斧は引き当てられなかった。


「そうっすか。まあ、こればかりは運ですし仕方ないっすよね。で、ルシファーどうする?」

「決まっているだろう。出るまで挑み続けるだけだ」

「だね。それじゃあ気を取り直してもう一回!」


 勇達はリザードマンを撃破したことで現れた転移の魔法陣の上に乗り、一旦【始まりの街】へ戻った。

 そうして再び【試練の洞窟】に入り直し、リザードマンのもとへ。


 やがて先ほどと同様に楽々リザードマンを倒すも、お目当ての物はドロップせず。

 しかし、彼らはそこで諦めず、またしても洞窟へと再侵入した。



 ☆



「あー、また外れかよ! 物欲センサー効きすぎだって!」

「我も外れだ……」

「俺も……。こうも出ないとは思わなかったよ」


 かれこれ10回以上は撃破しているものの、見事に斧と杖だけ落とさない。

 デストロイが言う通り、物欲センサーがビンビンに発動してしまっているようだ。


「よし、もう一度だ! 我は屈さん! ……だが、チュートリアルおじさんは無理して付き合う必要はないぞ」

「だな。飽きたら遠慮せずに言ってくださいね」

「いや、俺も19時までは付き合うよ。ここまで来たら意地でも二人の武器をゲットしたいし」

「……そうか。感謝するぞ、チュートリアルおじさんよ」

「ありがとうございます! それじゃ、街に戻りましょう!」


 周回を続けることに話がまとまったことで、三人は街へ転移した。

 その後、洞窟に繋がる転移の魔法陣のもとにたどり着いたところで――


「む、マジックポーションがもう尽きてしまった。デストロイ、分けてもらってもよいか」

「ああ、いいよ……って、僕もさっきのでラストだったみたいだ」


 ルシファーとデストロイは強力な魔法を唱えている分、MPの消費が激しい。

 その消費分に自然回復が全く追いついていないため、MPを回復するアイテム――マジックポーションで補っているが、二人ともそのストックが尽きてしまったようだ。


(俺、持ってたかな)


 それを聞いた勇は自分のを譲ろうとアイテムページを確認したものの、一つも持っていなかった。

 よくよく考えれば、正式リリースがなされてからは一度もマジックポーションを購入していないのだから当然だ。


「ごめん、俺も持ってないや」

「そうか。ならば、我が買ってこよう。二人はここで待っているがいい」

「あ、それなら僕も――」

「買い物程度、一人で充分だ。いいから貴様はここでチュートリアルおじさんと待っていろ」


 ルシファーはデストロイの言葉を遮り、そう言い残して走っていった。


「ったく、本当に勝手な奴だな」


 その言葉とは裏腹に、彼の背中を見るデストロイは優しい目をしていた。

 そんなデストロイを目の当たりにし、勇は「ふふっ」と笑みをこぼす。


「な、何すか?」

「いや、デストロイ君、変わったなって思ってさ」


 初心者狩りをしていた時とはまるで別人のようになっている彼に、勇は思ったことをそのまま伝えた。

 デストロイは苦笑いを浮かべながら頭を掻く。


「ああ、その節は本当にすみませんでした」

「あ、全然気にしてないからデストロイ君も気にしないで! ……でも、改心してくれたみたいで本当によかったよ」

「……あいつのおかげっすね」

「ん? ルシファー君のこと?」

「はい。……僕は友達が居なかったので、これまでずっと一人でプレイしてたんです。だから、ワイワイとはしゃぎながら遊んでいる他の奴らが恨めしくて」

「……そっか。それで初心者達に八つ当たりしちゃってたんだね」


 勇がそう言うと、デストロイはコクリと頷いてから話を続けた。


「……それでイベントの次の日、いつも通り初心者狩りをしようとしていた時にあいつが声を掛けてきたんです。『闇に魅せられた者同士、これからは手を組もうじゃないか』って」

「あはは。ルシファー君らしいね」

「はい。最初はヤバい奴だと思って無視してたんですけど、それでもあいつは僕にずっと付きまとってきて。それでいつからか一緒にゲームをするようになっていて、ある時ふと思ったんです。楽しいなって」

「うんうん、その気持ち凄くわかるよ」

「えっ? わかるんですか?」

「うん。……実はさ――」


 勇はリア充を狩るためにこのゲームを始め、やがてチュートリアルおじさんと呼ばれるようになるまでの経緯を話した。


「……そうだったんすか。まさかチュートリアルおじさんも僕と同じだったなんて。てっきり最初から聖人なんだと思ってました」

「せ、聖人なんてそんな……。まあ、だからデストロイ君の気持ちはよくわかるんだ。……お互い良い友達に恵まれて幸せ者だね」

「ですね! おかげでこうして今は楽しく……って、あっ。戻ってきましたね」


 デストロイの視線の先に顔を向けると、ルシファーが走って近づいてきていた。


「――待たせたな。ほら、デストロイよ。貴様の分だ」


 合流したルシファーはメニューウインドウを開き、指を動かす。

 デストロイにマジックポーションを分け与えたようだ。


「おっ、ありがとな!」

「フン、礼には及ばん。何せ我らは仲間なのだからな。っと、そうだ。チュートリアルおじさんにも渡さねばな」

「あ、俺はいいよ! まだまだMP残ってるし」

「そうか。まあ、また必要になったら言うがよい。さて、それでは早速行くとするか」

「「おー!」」


 勇達は斧と杖を手に入れるべく、気合いを入れ直して【試練の洞窟】へと転移していった。

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