第33話 ギルド巡り その2 【アグレアーブル】

【レッドジャングル】に来てから数時間。


「やった!」

「わーい!」

「やりましたねっ!」

「よっしゃ!」


 勇達はゴールデンアルミラージの討伐に成功した。これで二匹目だ。


 それによりレベルも上がり、勇は23レベルになった。

 直後、獲得したスキルポイントを割り振ろうとメニューウインドウを開いたところ、時刻は21時数分前。


「あ、もうこんな時間! ごめん、俺そろそろ行かないと……」


 21時からはカイト達との約束がある。

 なので、もうシュカ達のギルドから抜けなくてはならなかった。


「あ、確かにもう約束の時間ですね。ほら、シュカちゃん」

「……うん、わかった! おじちゃん、今日はありがとう!」


 その言葉を聞いた勇は頬を緩めながらメニューウインドウを操作し、ギルド【はぴねすとろんぐ】から脱退した。


「こちらこそ! 今日は短い時間で本当にごめんね。よかったらまた声を掛けてくれると嬉しいな」

「うんっ! また誘うから、その時は絶対に入ってね!」

「もちろん! ……じゃあ俺はもう行くね! またね!」

「ばいばーい!」

「今日はありがとうございました! おやすみなさい!」

「おう、またな!」


 その後、勇は別行動していた【はぴねすとろんぐ】のメンバーにもそれぞれ別れの挨拶を告げてから、【レッドジャングル】を後にした。


(さて、それじゃあカイト君に連絡を……っと)


【始まりの街】に戻ってきたところで、勇はカイトにチャットを送信。すると、すぐにチャットが返ってきた。


(何々……『よう! じゃあ噴水前で集合な!』か。よし、じゃあ急いで行くか)


 勇は『了解』と返事を送ってから、待ち合わせ場所に向かって歩みを進めた。



 ☆



 勇は【始まりの街】の中央に位置する噴水前に辿り着いた。

 しかし、まだ来ていないのか、周囲にカイトの姿はない。


「よっこらっせっと」


 そこで勇は座って待つことにし、おじさんらしさ溢れる掛け声を口にしながら近くのベンチに腰を下ろした。


  それから数分が経過したところで、


「――お、居た居た! おーい、おっさーん!」


 聞き慣れた声が耳に届く。

 勇は操作していたメニューウインドウを閉じてから、声が聞こえてきたほうに振り向いた。


(……す、凄い組み合わせだな)


 視線の先に居たのは、チャラい風貌の若い男女とごく普通の少年が入り混じった集団。

 それぞれタイプが全く異なる若者達が、仲睦まじげに話しながら近づいてきていた。


「よう、待たせて悪いな!」

「おひさー!」

「ジークさん、こんばんは!」

「三人とも久しぶり! 今日は誘ってくれてありがとう!」

「おう、こっちこそサンキューな!」

「ありがとねー!」

「今日は楽しみましょう!」

「うん! それで、後ろに居るのはカイト君達やリオン君のお友達?」


 カイト・エミ・リオンに簡単な挨拶を済ませたところで、勇は三人の後ろに立っている面々に視線を移す。


「おう! こっちのバカそうな連中が俺とエミの連れで、そっちの高校生達がリオンの連れだ!」


 カイトがそう言うと、彼らは前に出てきてそれぞれ順に自己紹介を始めた。

 そうして初めましての挨拶をひとしきり済ませたところで、カイトが前に出て口を開く。


「よし! じゃあ、今からおっさんを俺達のギルドに誘うわ!」


 カイトはメニューウインドウを開き、何度か指を動かした。


<【カイト】さんからギルド【アグレアーブル】に招待されました。参加しますか?>


 勇は表示されたシステムメッセージに対し、迷うことなく『はい』のボタンを押す。

 それにより、勇はカイト達のギルドの一員になった。


「ありがとう! カイト君達のギルドは【アグレアーブル】って言うんだね」

「そそっ! あたしとかーくんで考えて、リオンも『いいですね』って言ってくれたからこれにしたの!」

「そうなんだ! なんかオシャレだね。これって何か意味とかあるの?」

「ああ、【アグレアーブル】ってのは、フランス語で『心地よい』とか『快適な』とかを意味すんだ。俺達のギルドは気軽にゆるーくをモットーにしてっから、それをギルドの名前にしたって感じだな!」


 カイト達はゲームそのものを楽しむというよりかは、皆でワイワイ盛り上がることを目的にドリームファンタジーをプレイしている。

 故に勇はそう聞いて、実にカイト達らしいギルド名だと感心した。


「そっか! いいギルド名だね! それにしても、カイト君ってフランス語詳しいんだね」

「ん? まあ、俺とエミは大学でフランス語を専攻してっからな。言ってなかったっけ?」


(へえ、カイト君とエミさんは外大生だったのか。何か意外だな)


「へえ、そうだったんだ! 初めて聞いたよ!」

「ま、リアルのことはあんま話さねーしな! そんなことより、おっさんも合流したことだし、そろそろ行くとするか!」

「あ、そういえばこれからどこに行くの?」

「ん? レイドボスの討伐だけど……って、わりい! そういや、おっさんにそのこと伝えてなかったな」

「ああ、全然大丈夫! 多分レイドボスに挑むんだろうなーとは思ってたし!」

「そうか! ならよかったぜ! んじゃ、行くか!」

「「「「おー!」」」」


 勇はカイト達と共に、新たに設置された転移の魔法陣に向かって歩き出した。



 ☆



 それから十分ほど掛けて、勇達は街の外れへと辿り着いた。

 すると転移の魔法陣の前に、十名ほどのプレイヤーの姿がある。


 魔法陣の光が消えていることから、どうやら別のギルドがレイドボスに挑んでいる最中らしく、彼らは使用できるようになるのを待っているようだ。


「先客みたいだな。仕方ねえ、待つしかねえか」

「ですね。じゃあ僕らはあの人達の後ろに並びましょう」


 勇達はその集団の後ろに立ち、順番が回ってくるのを待つことにした。


「ん? あれ、そこに居るのってもしかしてチュートリアルおじさんか?」


 直後、その集団のうち、一人の男が勇に声を掛けてきた。


「あ、はい。そうです」

「おお、やっぱりそうか! イベントの放送見てたぜ! 解説わかりやすかったわ!」

「そうですか、ありがとうございます!」

「おう! おかげで勉強に――」

「おい、行くぞっ!」


 その男の話を別の男が大きな声で遮った。

 どうやら前のギルドの戦闘が終わったようで、転移できるようになったらしい。


「わりい、もう行かねーと。じゃあなおっさん! サクッと倒してくるから、お前達も頑張れよ!」


 男はそう言って、魔法陣の上に立つ集団のもとへ。

 ひと呼吸置いてから、彼らはその場からスッと消え去った。


「よし、俺達は次だな。つーか、おっさんマジで有名人なんだな!」

「ねー。あ、せっかくだし、サインしてもらっておこっかな! 高く売れそうだし!」

「あ、じゃあ僕も! 今お金に困ってるんですよねー」


 エミとリオンはニヤニヤしながら、冗談めいた口ぶりでそう言った。

 その冗談に勇は敢えて乗っかり、二人にカウンターを仕掛けることに。


「えっ? いいけど……。俺のサインなんて誰も買わないと思うよ。だってこんな冴えないおっさんだし……」

「……ちょ、冗談! 冗談だって! マジにしないでよー!」

「す、すみません! そんな本気で捉えられるとは思ってなくて……」


 エミとリオンは途端にあたふたし出す。

 そんな二人の様子に、勇は顔を綻ばせながら口を開いた。


「わかってるよ。俺も揶揄からかい返しただけ!」

「な、なんだぁ……。もー! 驚かさないでよー!」

「ふぅ、よかった。ちょっと焦りましたよ!」

「あはは。ごめんごめん!」


(あー、楽しいな……ほんと)


 リアルでは、このような何気ないやりとりで盛り上がれるような相手はただの一人も居ない。

 だからこそ、勇は今のこの時間が楽しくて仕方がなかった。


 その後も話に花を咲かせること少し。


「――お、おい! あれ……」


 突如、ギルドメンバーの一人が大声を発した。

 彼に釣られ、全員が指で指し示された先に目を向けると、転移の魔法陣が光を帯びていた。


 それは転移が可能になったことを意味する。


「えっ、早すぎじゃね……?」

「……ですね。まだ三分も経っていないのに……」


 その場に一気に緊張感が走る。

 転移できるようになったということは、前に転移していったギルドがボスを倒したか、全滅したかのどちらか。


 レイドボスと言うからには、それだけ強く設定されているのは間違いない。

 その強敵を三分にも満たない時間で攻略するのは、常識的に考えて不可能なはず。


 そんな前提から彼らは全滅してしまったのだと、その場に居る全員がそう考えた。


「……思ってたよりも強いみたいだな。よし、お前ら! 気合い入れていくぞ!」

「「「おー!」」」


 だからといって、そこで怖気おじけづくメンバー達ではない。

 カイトの言葉に、全員が気合いのこもった掛け声を返す。


 その後、シャープエッジなどでしっかりとバフを掛けてから彼らは魔法陣の上に立ち、ボスが待ち受けるエリアへと転移していった。



 ☆



 彼らが転移した先は岩壁に囲まれた、半円状の空間だった。

 その中央には黒い馬に跨った首のない騎士が、左手に槍をぶら下げながらジッと佇んでいる。


 ファンタジーRPGなんかでよく登場する――デュラハンだ。


「あれがレイドボスか? 何か思ったよりも小せえんだな」

「確かに。あれなら意外といけちゃいそうですね!」

「よし、ボコしてやんぜ!」

「何ドロップするんだろー!」


 レイドボスという名称から、勇はてっきり巨大なドラゴンやミノタウロスなんかを想像していた。

 他の皆も同じだったようで、自分達とそう変わりないサイズ感に先ほどまでの緊張感が一気に消え去った。


「うし、やるか!」

「おう! じゃあまずは俺が――」


 メンバーの一人が単身で飛び出していった。

 一歩遅れて、勇やカイトを始めとした近接武器の使い手達が彼の後を追う。


 そうして残り数メートルのところまで近づくと、先ほどまで微動だにしなかったデュラハンが槍を構えた。


「お、やる気になっ――」


 瞬間、デュラハンは先頭に居た男との距離を一瞬で詰め、左手に持った槍で何度も刺突を繰り返した。

 第一回イベントのバトルロイヤルにて、カイザーが使っていた槍の第二特技――クイック・ティルトだ。


 それをまともに喰らった男は、瞬く間に粒子と化して消え去った。


 その後、デュラハンは動きを止めた。

 かと思えば右手をバッと伸ばし、突如魔法陣が現れたのと同時にそこから巨大な火球が放たれた。

 炎魔法――インフェルノブレイズである。


 咄嗟とっさの出来事に、直線上に居た三名は避けられずに直撃。

 火球がスッと無くなった時には、そこに彼らの姿はなかった。


「ちょ、何だよあれ! ……って、おっさん、前っ!」

「ん? あっ――」


 カイトの声に反応した勇が振り返る。

 すると、既に目と鼻の先にデュラハンの姿があり、腕を大きく引いた状態から真っ直ぐに伸ばしてきた。



 ☆



 次の瞬間、勇は【始まりの街】の噴水前に居た。


(……いや、強すぎだろ)


 槍の第一特技――インペイルを一回喰らっただけなのにも関わらず、勇はやられてしまった。

 どうやら思っていたのより、何十倍も強いボスだったらしい。


「おっ! おっさん!」

「あ、チュートリアルおじさんもやられちゃったんですね」

「ねー、あいつ強すぎない!?」


 声がしたほうに振り返ると、そこには幽霊の姿のプレイヤーが四人。

 先に倒されてしまったギルドメンバー達だ。


「あ、みんな。いやぁ、ちょっとあの強さは予想外だったね」

「だな。気がついたら死んでたぜ」

「っていうか、あの火の玉って魔法だよね? 詠唱なしで使えるのズルくない?!」

「ですねー。コンピューターの特権なのかもしれないですけど、あんなの避けようが……」

「ん? あいつ槍だけじゃなくて魔法も使えるのか?」

「はい。それも無詠唱でいきなり魔法が飛んでくるんですよ」

「へえ、そいつはやべえな……」


 そんなことをその場に居るメンバーと話していると、残りのギルメン達も続々と転移してきた。

 それから数分も経たないうちに、【アグレアーブル】の全員が広場に集まった。


 そう、全滅だ。


「かぁー! あいつはやべえや!」

「何にも出来なかったんだけどっ!」

「あれは今の僕達じゃ敵いませんね……」

「だね。あ、せっかく誘ってもらったのに、何の役にも立てないでごめんね」

「そんなの気にする必要ねーよ! そもそも俺達も何も出来なかったし」


 勇が謝ると、カイトは予想通りの言葉を返してくれた。

 そのことに勇が安堵していると、カイトが続けて口を開く。


「つーか、あれどうやったら倒せるんだろうな」

「やっぱりレベルを上げるしかないんじゃないですか」

「うーん。レベルももちろん必要だろうけど、もっと連携を上手く取らないとダメなのかも……」

「連携かー。確かになー」


 勇の言葉に、カイトはしみじみとした様子でそう言った。

 それから皆が「うーん」と唸ることしばらく。


「うし! じゃあこれからギルドホームに戻って、作戦会議でもすっか! おっさん、まだ時間大丈夫か?」

「うん。今日はもう予定ないから!」

「そうか! なら、おっさんも付き合ってくれな!」

「もちろん!」

「よーし、じゃあ行くか!」

「「「「おー!」」」」


 その後、勇はカイト達のギルドホームに邪魔させてもらい、【アグレアーブル】の面々と様々な議論を交わすのであった。

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