第31話 ギルド機能実装のお知らせ

 第一回イベント終了から丁度10日後の昼。

 勇はベッドの上で毛布にくるまりながら、部屋の天井をじっと見つめていた。


 やがてピピピピッ! と電子音が狭い部屋に響き渡ると、勇は腋に挟んでいた体温計を手に取り、目の前に掲げた。


「……38度、か」


 数分前、勇は目を覚ました瞬間に強い悪寒と倦怠感を感じた。

 もしやと思い体温を測ってみたところ、案の定熱が出ていた。


「……はぁ。せっかくの連休が……」


 今日と明日は久々の連休。

 なので、昼間からガッツリゲームをプレイする予定だったのだが、それは断念せざるを得ない。


「……はぁ」


 勇はもう一つ溜め息を吐き、ふらふらとした足取りでキッチンへ。

 そして風邪薬を飲み、冷蔵庫の中からスポーツドリンクを手に取ると再びベッドに潜り込んだ。


 直後、枕元のスマホがブブッと震える。

 何気なくスマホをチェックしてみると、今届いたのはドリームファンタジーからのメールだった。

 題名は『ギルドシステム実装のお知らせ』だ。


(へえ、ギルドかー)


 ギルドの追加は正式リリースの前から、公式サイトなどで事前に告知されていたことだ。

 故に勇は特に驚くこともワクワクすることもなく、淡々とメールを開いた。


 そこに書かれていたのは、ギルド機能と拠点エリアの新規実装に関する告知とその概要、それに伴うメンテナンスのお知らせについて。


 ドリームファンタジーにおけるギルドとは、早い話がパーティーの上位互換だ。

 パーティーは5名が上限であるのに対し、ギルドでは最大30名までのプレイヤーが協力関係を築ける。


 また、新たに追加される拠点エリアにて、自分達だけの活動拠点を持てるようになる。

 それにより、パーティー以上に結束を強められるのがギルドならではの特徴といえるだろう。


 そんなギルド機能が三日後に行われるメンテナンスが終了次第、利用できるようになるらしい。


(なるほどなー。よし、プレイできるようになったらカイト君達に声を掛けてみるか。そのためにも今は早く寝て体調を戻さないと)


 以前では考えられないようなことを頭に思い浮かべながら、勇は再び眠りに就くのだった。



 ☆



 翌日、夜。


 風邪薬を飲み、しっかりと休養を取ったおかげだろう。

 熱が下がり倦怠感も消え失せ、すっかりと元気になったことで勇はゲームにログインした。


「ん?」


 すると、チャットの通知が四件。

 こんなことはこれまでに一度もなかったため、勇は不思議に思いつつ、ベンチに座ってからチャットの画面を開いた。


『よう、おっさん! ギルド実装の告知は見たか? 俺達もギルド組むから、おっさんも絶対入ってくれよな! 他のところに浮気すんじゃねーぞ!』


 最初に来ていたのはカイトからだった。


(わざわざカイト君のほうから誘ってくれるなんて……。本当に嬉しいな)


 勇はとっくにカイト達のことを友達だと思っているが、カイトも同じように考えてくれているらしい。

 そのことを改めて実感した勇は胸が熱くなるのを感じながら、次のチャットを開いた。


『おじちゃん、こんばんは。もしよかったら、シュカたちのぎるどにはいってくれませんか。おへんじ、まってます』


 二通目のチャットはシュカ。


(シュカちゃん……)


 勇はそのチャットを見た瞬間、ナナに教わりながら一生懸命人差し指で仮想キーボードをタッチしているシュカの姿が頭に思い浮かんだ。


 その勝手な思い込みと自分を誘ってくれたという事実に、勇はたまらなく嬉しくなった。


(……俺って幸せ者だな)


 そんなことを思いながら次のチャットを表示させると――


『ジークさん! 待ちに待ったギルド機能、ようやく追加ですね! それでジークさんさえよければ、ぜひ私達のギルドに入ってほしいんですけど、いかがでしょうか? またお暇な時に連絡くれると嬉しいです!』


 三通目はエレナからだった。


(エレナさんも……?)


 誘ってもらえたことに嬉しさを覚える一方で、勇は焦りを感じ始めていた。

 さらにまだ一通見ていないチャットがある。


(何か嫌な予感が……)


 これまでの流れからそう感じた勇は、恐る恐る四通目のチャットを開いた。


『やあ、ジーク君。この間はありがとう。それでギルド機能の告知はもう見たかな? 君は有名人だし、既に多くのプレイヤーから勧誘を受けていることだろう。だが、もしもまだ入るギルドが決まっていなかったら、ぜひ私達のギルドに入ってもらえないだろうか。もちろん、無理にとは言わないがよければ検討してほしい。また答えを聞かせてくれると嬉しいな』


 四通目のチャットはタカシから。


 そのチャットを見た瞬間、勇は頭を抱えた。

 それもそのはず、一度に所属できるギルドは一つだけで掛け持ちはできない。


 つまりはカイト・シュカ・エレナ・タカシの中から誰か一人を選ばなければならないのだが、そんなことできるはずもない。

 何せ、皆大切な友達なのだから。


(……どうしよう)


 それから悩み続けること数分。


「――ん? そこに居るのはもしやチュートリアルおじさんか?」


 勇は突如声を掛けられた。


 ゆっくりと顔を上げると、目に映ったのは厨二病を患っている残念なイケメン――ルシファー。

 その後ろには、以前初心者狩りをしていた根暗君――デストロイが立っている。


「あ、君は! 久しぶり!」

「うむ、久しいな。その節は世話になった」

「いえいえ、そんな。それで、そっちの君は確か……」


 勇はルシファーの後ろに立っているデストロイに視線を移した。

 その瞬間、根暗君は身体をビクッと震わせる。


「ど、ども……。そ、その節はす、すみませんっした」


 直後、一歩前に出てくると、謝罪の言葉を口にしながら深々と頭を下げてきた。


(ん? 一体何を謝って……あっ! もしかして前にキルしてきたことについてかな)


 そう考えた勇は手を横に振りつつ、口を開いた。


「いや、全然気にしてないので大丈夫ですよ。そもそもそういうゲームですし」

「し、しかし……」


 根暗君はすっかりと毒気が抜かれたかのように、控えめな態度で言葉を返してくる。


「ん? 何だ、二人は知り合いだったのか?」

「ま、まあ、ちょっとな……。って、お前には関係ないだろ!」


 かと思えば、ルシファーに対しては辛辣しんらつな態度で接した。

 だがそれは、別に相手を嫌っているという感じではなく、心を許しているからこその物言いのようだった。


 そんなルシファーとデストロイを見て、勇にある疑問が思い浮かぶ。


「あの、逆に二人は一体どういう……?」


 この二人は第一回イベント中に戦っていた。

 その時の会話の内容からするに、確か初対面同士だったはず。 

 その上、タイプも全く異なる。


 そんな二人がどうして今一緒に居るのか、勇には見当がつかなかった。


「いや、僕はこいつに無理矢理――」

「何、同じ闇に魅せられた者同士、行動を共にしているだけだ」


 ルシファーはデストロイの言葉を遮り、そう言った。


(あー、なるほど。デストロイ君はルシファー君に振り回されているだけなのか。でも、デストロイ君も満更じゃないみたいだな。……あ、そうか。友達ができたから前とキャラが変わったのか)


 デストロイは自分と同じように、良き友に出会えたことで変われたようだ。

 そのことを心の中でよかったよかったと考えていると――


「おっ、いいことを思いついたぞ! チュートリアルおじさんよ。ギルドが実装された暁には、ぜひ貴公を我がギルドに迎え入れたいのだがどうだろうか」


 突如、ルシファーがギルドへ勧誘してきた。


「……えっ?」

「我がギルドに加われば、一層闇の力を使いこなせるようになるだろう。チュートリアルおじさんにとっても、悪い話ではあるまい。共に邪神に忠誠を――」

「はいはい、わかったわかった。聞いているこっちが恥ずかしくなるから、その辺にしとけって。ほら、おっさんも困ってるみたいだし」


 今度は早口で捲し立てるルシファーの言葉を、デストロイが遮った。


「む、そうか。それならば仕方あるまい。……無論、無理にとは言わないが、よければその……考えておいてください」

でちゃってるじゃん……。まあ、そういう訳なので僕が言うのもおこがましいですが、もしよかったらお願いします。あ、もちろんギルドが決まるまでのスポット加入でも構いませんので」


 デストロイのその言葉を聞いて、勇はハッとした。


(そうか! どこか一つのギルドに所属するんじゃなく、助っ人みたいな感じでスポット加入を繰り返せばいいんだ!)


 必要な時に一時的に加入し、用事が済んだら即脱退。

 そうすることにより、一つのギルドを贔屓ひいきすることなく、これまでと変わらず皆と仲良くプレイできる。


「デストロイ君、ありがとう!!」

「えっ? な、何がっすか……?」

「あ、ごめん、こっちの話! それでギルドの件なんだけど――」


 勇はどこのギルドにも所属しないこと。

 その代わり、誘ってもらえた時には助っ人として一時的に加入させてもらうこと。

 その時に知り得たギルドの情報については、他のギルドに口外しないと約束すること。


 以上の三点を二人に伝えた。


「なるほど。チュートリアルおじさんは皆のものということだな。うむ、承知した。それではまた、入ってもらいたい時に声を掛けさせてもらおう」

「そうだな。それでも十分ありがたいし」

「わかってくれて嬉しいよ! できるだけ誘ってもらえた時には、加入させてもらうようにするから!」

「うむ、こちらこそ礼を言う。さて、話も済んだことだ。我らはそろそろ失礼する」

「そ、それじゃあ失礼します!」

「うん、また!」


 そう言って、ルシファーとデストロイは去っていった。


(よし、それじゃあカイト君やシュカちゃんにもチャットしとかないと)


 勇はメニューウインドウを開き、その中のフレンドリストから誘ってくれた四人にそれぞれチャットを飛ばした。

 内容は先ほどルシファー達に伝えたのと同じものだ。


(ふぅ、これでよしっと)


「お、チューおじじゃん!」

「ほんとだー! ねー、チューおじもあたし達のギルドに入ってよー!」


 チャットを送り終えたのと同時、勇は再び声を掛けられた。

 顔を上げると、以前【レッドジャングル】でゴールデンアルミラージ狩りをしている時にパーティを組んでくれた、かつての教え子達が駆け寄ってきていた。


「あ、久しぶり! 実はギルドには所属しないことにしたんだ」

「えー! なんでー?」

「実は――」


 その後も入れ替わり立ち替わりでギルドへの勧誘を受けた勇は、その度にスポット加入ならOKという旨を伝えることで話を纏めていくのだった。

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