第30話 第一回イベント 終了後(後編)

「――はい、オッケーです! お疲れ様でしたー!」

「「……ふぅ」」


 カメラに向かって手を振っていた勇と勅使河原から、同時に溜め息が漏れる。

 これで生放送は終了、勇の役目もお終いだ。


「多井田君、お疲れ様。君のおかげで今日は本当にやりやすかったよ、ありがとう!」

「お疲れ様です。いえ、こちらこそ! 勅使河原さんが隣に居てくれたおかげで、何とか緊張せずにこなせました!」

「ははっ、そう言ってくれると私も嬉しいよ。……しかし、ゲームのことについて詳しいだけでなく、まさかここまで喋り慣れているとはね。本職の人と仕事している気分だったよ」

「あ、ありがとうございます! その……昔、営業の仕事してたので、その時の経験が活きたのかもしれないですね……」


 勇は苦笑いを浮かべながら、どこか言いにくそうに答える。


「……そうか。いやー、それにしても今日は楽しかった! 途中仕事だということを忘れていたよ!」


 そんな勇の様子に色々と察したからか、勅使河原は急に話題を変え、明るくそう言った。


(……気を遣わせちゃったな。何だか申し訳ない)


「……ですね、本当に楽しかったです。呼んで頂けて本当によかったです!」

「――勅使河原さん、多井田さん! 長い時間、本当にお疲れ様でした! では、会議室へお願いします!」


 その後、木村の案内に従い、勇と勅使河原は再び会議室へ。

 そこで二人は金一封を受け取り、受領のサインを済ませた。

 

「では、私はこれでもう失礼させてもらうよ。本当はもっとゆっくり話しかったが、これから別の収録があるものでね」

「い、今からですか!? それは大変ですね……」

「ははは。おかげさまで忙しくさせてもらってるよ。では、多井田君。またどこかの現場か、ゲーム内でばったり会ったらその時はよろしく頼む!」

「はい、その時はよろしくお願いします! 今日は本当にありがとうございました!」


 勇は伸ばされた手を取り、固く握手を交わした。


「こちらこそ。それと木村君もお疲れ様。第二回イベントの開催、楽しみにしているよ。その時はまたぜひとも声を掛けてくれると嬉しいな」

「は、はい、もちろんです! 今日は色々とご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした! またよろしくお願いします!」

「うん。では、私はこれで」


 木村と握手を交わした後、勅使河原は会議室から出ていった。


(勅使河原さん、本当にいい人だったな。これから勅使河原さんが出る番組は全部チェックしないと)


「さて、じゃあ僕もそろそろ……」

「あ、多井田さん、今日は本当にありがとうございました! こういっては失礼かもしれませんが、思っていた以上の解説ぶりで大変助かりました! 正直なところ、最悪ゲストとして座ってくれているだけでもいいと考えてたので」


 木村は笑いながらそう口にした。

 実際、勇の前にエレナに声を掛けていた位なのだから、解説としての技量は木村もそこまで求めていなかったのだろう。


 つまりはわざわざ自主勉をしてまで臨む必要はなかった訳だが、その努力は無駄ではなく、しっかりと役に立ったようだ。


「あはは、それはどうも。あ、そうだ。木村さん、今回は声を掛けて頂きありがとうございました!」

「こちらこそ! もしよろしければまた第二回イベントの開催の際、出演のご相談をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「も、もちろんです! 僕でよければぜひ!! 絶対に出ますので!」


 たった一日、それも8時間程度の拘束で、コンビニバイト一ヶ月分以上の謝礼金。これほど美味しい話は他にはない。


 それに何より、今日は本当に楽しかった。何というか、ここしばらく感じていなかった充実感や達成感を久々に感じられた。


 さすがにタダという訳にはいかないが、今回ほど多額じゃなかったとしてもぜひ引き受けたい。


 そんな気持ちから、勇は木村の確認に二つ返事で答えた。


「ありがとうございます! それではまた改めてご相談させて頂きます。多井田さん、今日は本当にありがとうございました! すみません、僕は仕事があるのでここで」

「あ、はい、こちらこそありがとうございました! それでは僕も失礼させて頂きます」


 木村に別れの挨拶を告げた後、勇はサンダポールのオフィスから外に出た。


(ふぅ。じゃあ、美味いもんでも食べて帰るか!)



 ☆



 数時間後。

 臨時収入を得たことで一人焼肉を満喫した勇は、るんるん気分で帰宅した。


 そのまま風呂に入り、日々の疲れをしっかりと取ったところで時計を確認すると、時刻は22時数分前。


(やべ! ちょっとのんびりし過ぎた!)


 勇は慌てながらバッグの中からヘッドギアを取り出し、ベッドに寝転んでからゲームを起動した。



 ☆



 ログイン後、勇は【始まりの街】の中央、噴水前の広場に真っ直ぐ向かった。

 到着後、周囲に設置されているベンチを一つずつ確認すると、


(あっ、居た居た!)


 その内の一つに駆け寄り、座っている男性に声を掛けた。


「すみません、お待たせしました!」

「おお! ジーク君、来てくれたのか! いやー、悪いね!」


 イケてるおじさんこと、タカシである。


「こちらこそお待たせしてしまってすみません! あ、それとタカシさん、改めて優勝おめでとうございます!」

「あはは、ありがとう。正直、ただのラッキーだけどね」

「いえ、それでも凄いですよ! というより、まさかタカシさんが出場してるとは思いませんでしたよ!」

「それはこっちのセリフだよ、ジーク君。解説に呼ばれるほど凄い人だとは知らなかったから、イベント開催のメール見た時は驚いたよ!」

「まあ、それには色々な事情がありまして――」


 その後も初めて会った時と同じベンチに腰掛けて、話に花を咲かせることしばし。


「よし、それじゃあ本題に入ろう! 実はジーク君に渡したい物があってね」

「渡したい物?」


 タカシは頷くと、メニューウインドウを開き、何度か指を動かした。


<【タカシ】さんからアイテムが送られました。受け取りますか?>


 勇の目の前にシステムメッセージが表示される。


「ん? 何だろう――って、えっ!?」


 何気なく受け取ったアイテムを確認してみると、それはイベントの優勝賞品である【女神の腕輪】だった。


「よし、これでようやく約束を果たせたよ!」

「や、約束……?」

「何だ、忘れてしまったのか。ほら、前にこのゲームのことを教わった時、そのお礼として『特別な物が手に入ったら、それを譲らせてもらう』と約束したじゃないか」


(た、確かにそんなこと言った気が……)


 タカシは最初、レクチャーのお礼として現金を渡そうとしてきた。

 それをRMT禁止の規約に抵触するのではないかと考えたことで、勇は受け取らなかった。


 そこでタカシは『それだと申し訳ないから』と、レアアイテムが手に入った暁にはそれを譲ってくれると言い、勇もその申し出に首を縦に振った。


 しかし、それはあくまでそういうことにしておけば、タカシも気を遣わずに済むだろうと考えたために過ぎない。

 まさか本当にタカシがレアアイテムを入手し、それを譲ってくれるとは思いもしなかったのだ。


「あの、タカシさん。確かにあの時はそう言いましたが、さすがにこれを受け取る訳には……」

「ん? それでは不満かい?」

「あ、いえ、そういうことではなく……。たったあれだけのことで、こんなレアアイテムをもらうのはさすがに申し訳ないと言いますか……」


 勇は遠慮がちにそう言った。

 それもそのはず、【女神の腕輪】は来月のアップデートで追加されるとはいえ、現段階ではたった一つしか存在しない激レアアイテムなのだ。

 それを素直に受け取れるほど、勇は図太くない。


「何だ、遠慮しているだけならそれは不要だ! ぜひ受け取ってくれ。むしろ受け取ってくれないと、私の気が済まないよ!」

「そ、そう言われましても……。あ、そうだ! 僕なんかにじゃなく、息子さんに渡してあげてくださいよ! きっと喜びますよ!」

「いや、もう息子は……」


 勇が言うと、タカシは途端に言葉尻を弱めて俯いた。


(……え? もしかして……)


 そんなタカシの様子に、最悪の可能性を想像し出した直後――


「息子はもうゲームをプレイしていないんだ。今はサッカーに夢中でね。父親としては外で元気に遊んでくれるほうが嬉しいんだが、どこか寂しさもあってね……」


(な、何だ、そういうことか……)


 離婚して離れ離れになったり、病気で亡くなったりした訳ではないとわかったことで、勇は強く安堵した。


「そうでしたか……。じゃあ、タカシさんは息子さんがゲームを再開した時のために、一人でプレイしているんですね」

「ん? いや、それは違うよ。その、いい歳して恥ずかしいんだが、純粋に私がこのゲームに熱中してしまってね。今は似たような境遇の者同士で集まってプレイしてるんだ」


 それを聞いて、勇は驚きの表情を浮かべた。

 タカシは息子のためにゲームを遊んでいるものだとばかり考えていたためだ。


 事実、最初に会った時はそう言っていたし、普段ゲームはやらないとも言っていた。

 そんなイケオジが今ではこうしてゲームにハマっていることに、勇は自分とそう変わりないんだなと驚くと同時にどこか安心した。


「そうだったんですね。あっ! だから光魔法から短剣スキルに変更したんですか?」

「そうそう。最初光魔法にしたのは息子のためだったからね。息子がやらなくなってからは自分が好きなのにしようと思って、色々と試した結果、短剣スキルに落ち着いたんだ」

「なるほど、そうでしたか!」

「うん。斧スキルとかにも興味があるんだが……っと、いけない。話が逸れてしまったね。まあ、そういう訳でそのアイテムはジーク君に受け取ってほしいんだ」


(うーん……。そこまで言うなら……)


 あまり変に遠慮しすぎると、却って気を遣わせてしまう。

 故に勇は申し訳なさを感じつつも、素直に受け取らせてもらうことにした。


「わかりました! そういうことならありがたく頂戴します! 本当にありがとうございます!」

「いや、こちらこそ前は本当にありがとう。よし、用事も済んだことだ。これ以上ジーク君の時間を取らせる訳にもいかないから、私はこれで失礼するよ」


 タカシはそう言って、ベンチから立ち上がった。

 そこで勇はせっかくの機会だからと、勇気を出してある提案をすることにした。


「あの、タカシさん。もう落ちますか?」

「ん? いや、まだ行ったことのないエリアがあるから、今からそこに行こうかなと」

「そうですか。なら、せっかく久々に会えたんですし、タカシさんさえよければ僕も一緒に行っていいですか?」

「も、もちろんだとも! ぜひ一緒に行こう! 仲間も居るだろうから紹介するよ!」

「はい!」


 その後、勇はタカシととあるエリアへ。

 そこでタカシの仲間である同年代の男達と挨拶を交わしてから、エリアの探索を楽しんだ。


 かくして、第一回イベント当日を何事もなく終えられた勇は、これまで通りの日常に戻るのであった。

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