第26話 第一回イベント本番 その2

「――今度は森エリアの南東です! ここにプレイヤーは……おっ、居ました!」


(おー、シュカちゃんだ!)


 切り替わった画面に映っていたのは、真っ赤に染まった剣を右手に握った少女――シュカ。

 鬱蒼うっそうとした森の中を周囲を見渡しながら、ゆっくり慎重に進んでいる。


「本イベントの最年少参加者、シュカ選手です! 7歳にして見事予選を突破した天才少女! この本戦でもぜひ頑張ってほしいっ!」


(シュカちゃん、頑張れ!)


 解説である以上は中立の立場でなければならない。

 故に勇は声に出さず、心の中でシュカを応援した。


「では次のエリアに……おや?」


 直後、勅使河原が何かに気付いたかのような声を上げる。

 それを聞いた勇はシュカから視線を外し、画面を隅から隅までよく見てみると――


(うわっ、カイト君だ! マジかぁ……)


 画面の端のほうに先ほどまでは居なかった金髪の青年――カイトの姿があった。

 シュカとは少し距離があるものの、二人がそのまま真っ直ぐ進めば、後少しで鉢合わせになる。


 そうなればもちろん戦いが始まる訳で、どちらかは脱落してしまう。

 シュカとカイト、そのどちらとも親しい勇は当然両者共に長生きしてもらいたいと考えているため、このマッチングはできれば実現してほしくない。


「おっと、ここでカイト選手が画面に登場! このままいけば、シュカ選手との激突は避けられないっ!」


(どっちか曲がってくれ!)


 どちらかが方向転換すれば出くわすことなく、戦闘は避けられる。

 勇は心の中で願うも――


『おっ』

『あっ』


 その願いは届かず。

 カイトとシュカは鉢合わせてしまった。


「両者、ここで会遇っ! さあ、二人はどんな戦いを見せてくれるのでしょうか!」


 カイトは大剣――グレートソードを、シュカは片手剣――クリムゾンエッジをそれぞれ構える。


(ぶつかっちゃったか……。まあ、こればかりは仕方ないよな。どっちも頑張れ!)


『……はぁ、マジかよー。こんなお子様と出くわしちまうなんて、俺はツイてねえな』

『お子様じゃないもんっ!』


 肩を落としながら言葉を漏らしたカイトに対し、シュカがムキになって言い返す。


『へいへい。じゃあ、嬢ちゃん。行くぜ――』


 言い終えると同時、カイトは走り出し、シュカとの間合いを詰める。


『フライング・エッジー!』


 対するシュカは斬撃を飛ばす片手剣特技――フライング・エッジを発動。

 三日月状の物体がカイトに向かって飛んでいく。


『うわー』


(……ん?)


 距離が離れていることで着弾までに猶予がある上、特技の発動による自動操縦が効いている訳でもない。

 そのため、楽々避けられるはずなのだが、カイトは飛んでくる斬撃を避けなかった。


「シュカ選手の攻撃が命中! カイト選手、油断してしまっていたのでしょうか!」


『おりゃあー』


 カイトは攻撃を喰らいながらもシュカのもとに辿り着くと、今度は大剣を振り上げてからゆっくりと振り下ろした。

 その様は、もはやスローモーション映像を見ているかのようなスピードで、シュカはその振り下ろし攻撃を容易く回避した。


『ラピッドスラストー!』


 そのままシュカは連続で刺突を繰り返す特技――ラピッドスラストを放った。

 攻撃はフルヒットするものの、まだカイトは倒れない。


『やべぇ、このままじゃやられちまうなー。くっそー』


 直後、カイトは棒読みでそう言いながら、シュカに向かって再び大剣をゆっくりと振り下ろした。

 当然シュカは軽々と避け、片手剣を右へ左へと振り回す。 


「カイト選手、シュカ選手に手も足も出ません! しかし、これは……」


(なるほど、そういうことか……。カイト君は本当にいい子だな)


 明らかに本気ではないカイトの様子を、勇は彼がシュカに勝利を譲ろうとしているからだと判断した。

 恐らく真剣に戦えばカイトが勝つだろうが、きっとそれを彼は大人げないと考えたのだろう、と。


『――えーい!』


 気合いが込められたシュカの一撃により、カイトは粒子となって霧散。


『やったー!』


 まだ幼いこともあって、シュカはその与えられた勝利を疑うことなく素直に喜んでいる。


「勝負あり! カイト選手、ここで脱落っ! 見るからに手を抜いていたようですが、その理由は説明するまでもないでしょう! ですよね、ジークさん?」

「はい。できれば、もう少しだけ上手くやってあげてほしかったところですが」


 勅使河原の言葉に、勇は苦笑いを浮かべながら返す。

 そのまま、手元のタブレットに目をやると――


『あのチャラ男、見かけによらずイイやつだったな』

『まあ、あれだけ小さい子が相手だったらそりゃあな』

『シュカちゃん、このまま頑張れー!』

『俺ならもっと上手くやるけどな!』

『幼女たんはぁはぁ……』


 カイトの行動に対する批判的なコメントは見られなかった。


(ほっ。良かった)


 どうやら皆、カイトの思惑を理解できたようで何よりだ。


「では、シュカ選手の無垢むくな笑顔に癒されたところで次に……おっ、またしてもプレイヤー同士が衝突した模様! スタッフさん、22番の画面を!』


 勅使河原の指示により、画面に荒野で戦っている二人のプレイヤーが映し出される。


(エレナさんだ! もう一人は確かカイザーっていう人だよな)


「おーっと、戦っているのはエレナ選手とカイザー選手だー! この対戦カードは熱いっ!」


 エレナと対峙しているのは、前に勇が解説の勉強用に見た動画でも活躍していた、プロゲーマー兼配信者のカイザーだ。

 短めの茶髪にキリッとした目鼻立ちをした爽やかなイケメンで、右手には槍を握っている。


 超が付くほどの人気者同士の戦い。

 勅使河原が言う通り、この組み合わせはまさにドリームマッチと言えよう。


『凍てつく冷気よ! 蒼き剣と化し、仇なす者を切り刻め!』

『岩石よ! せり上がりて、我が身を守る堅牢けんろうな盾と化せ!』


 そんな二人は既に戦闘に入った。

 エレナが先に詠唱を述べ、それに続くようにカイザーも詠唱文を口ずさむ。


『フリジットブレード!』


 直後、エレナが術名を口にしたことで、氷でできた複数の短剣がカイザーに向かって飛んでいく。


『ストーンウォール!』


 それが直撃する寸前、カイザーも魔法を発動。

 彼の前方の地面から岩が垂直に伸び、飛んでくる氷の短剣を受け止めた。


『えー! なにそれー!』

「カイザー選手、エレナ選手の魔法を難なく防ぎました! 勝ちを確信していたのか、エレナ選手も驚いているっ!」


 それからすぐ、岩壁がふっと消え去ったのと同時にカイザーが走り出し、エレナとの距離を詰めた。


『インペイル!』


 間合いに入ったところで、大きく踏み込んで相手を突く槍の特技――インペイルを発動。

 エレナは避けられず、金色に染まった槍で身体を貫かれた。


『サマーソルトキック!』


 それに対し、エレナもカウンターを仕掛けるも――


『うそっ?!』


 カイザーはバックステップすることで、その攻撃を避けた。

 そのまま、ただバク宙をしているだけのエレナに槍を突き刺す。


『クイック・ティルト!』


 直後、エレナが着地したと同時に特技が放たれ、カイザーは目にも留まらぬ速さで刺突を繰り返した。


『えっ、あっ、ちょ! もー、こんなに早く――』


 そうして何かを言いかけながら、エレナは消失。


『対戦ありがとうございました!』

「試合終了! さすがはプロゲーマーということでしょうか、カイザー選手が楽々勝利! 相手への敬意も忘れません!」


(……エレナさん、ツイてなかったな。いきなり、プロゲーマーが相手だなんて。でもナイスファイトだったぞ、エレナさん!)


「それでジークさん。今の対戦を振り返ってみていかがでしょう?」

「そうですねえ。やはり慣れているのか、カイザー選手は冷静でしたね。あのタイミングでの【ストーンウォール】はお見事でした」

「ああ、先ほどの岩の壁を作る魔法ですね!」

「はい。しっかりと魔法が来るのを確認した上で唱えていたので、凄いなと」

「なるほど! さすがは他のゲームのバトルロイヤルでも優勝経験のあるカイザー選手! このドリームファンタジーでも優勝なるか! では、次のエリアに参りましょう!」


 解説を終えた後、勇は何気なくタブレットに視線を落とした。


(……うわぁ)


 すると、そのコメント欄はエレナとカイザー、それぞれのファンが言い争う地獄絵図と化していた。


 それを勇は見なかったことにし、ディスプレイに視線を戻してイベントの経過を見守るのであった。

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