第23話 第一回イベント当日 試合前(前編)
日曜日の朝7時。
バイトがオフなのにも関わらず、勇は珍しく早起きしていた。
そう、今日は第一回イベントの開催当日。
朝9時から運営会社のオフィスにて、運営や実況担当者との打ち合わせ兼顔合わせがあるため、今からそこに向かおうとしているのだ。
「……うん、こんなもんだろう!」
鏡を見ながら髪をいじっていた勇が満足そうに言った。
昨日美容室で散髪した上に、若い兄ちゃんにセットの方法を教えてもらっただけあって、今日の勇はいつもよりも幾分か凛々しい。
服装はジャケットにパンツ。
まだ勇が若く、人並みにオシャレに興味があった時に購入したものだ。
とてもオシャレとはいえないがダサい訳でもなく、まあ無難な見た目だと言えるだろう。
「忘れ物は……ないな。よし、行くか!」
気合いを胸に、勇は家を出る。
自転車で駅まで向かい、電車に揺られること数十分。
勇は株式会社サンダポールの最寄り駅に到着した。
(さて、地図地図っと)
それから勇はスマホの地図アプリを開き、ナビに沿って目的地を目指して歩みを進める。
自分には縁のないオフィス街を少し歩くと、すぐにサンダポールのオフィスまで辿り着いた。
(うわあ、凄えなあ)
さすがは日本を代表するゲームメーカー。
都内の一等地に高層な自社ビルを構えている。
(よし、じゃあ場所も確認したことだし……)
時刻は朝8時を少し過ぎたところ。
まだ打ち合わせまでだいぶ時間があるため、勇は近くのカフェで時間をつぶすことに。
☆
カフェでそわそわとした時間を過ごすこと30分。
約束の時間の15分ほど前に、勇はサンダポールのオフィスに入った。
「あの、すみません。本日、ドリームファンタジーのイベントでゲストに呼ばれている
「多井田様ですね。お待ちしておりました。では、そちらのソファにかけて少々お待ちください」
「あ、はい」
若くてやたらと美人な受付嬢に言われた通り、勇は入り口付近のソファに腰を下ろす。
そのまま、大理石の床をぼんやりと見つめながら待つこと数分。
「――多井田さん! お待たせしました! 本日はどうぞよろしくお願いいたします」
一人の男性が声を掛けてきた。
顔を上げると、そこに立っていたのは以前テレビ電話で話した眼鏡を掛けた男性――木村だった。
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
「はい! では、行きましょうか!」
その後、木村に連れられて勇は異常に広い会議室の中へ。
一番奥の席に案内され奥に進むと、テーブルを挟んで向かい側の席にビジネスバッグが置かれていた。
恐らく実況担当者の荷物なのだろう。
「あの、木村さん。そういえば実況ってどなたがされるんですか?」
「ん?
「いや、書いてませんでしたね……」
勇は木村からのメールや公式サイト、ドリームファンタジーの公式SNSなどのお知らせを何十回・何百回とチェックした。
なので、勇が見落としているなんてことはまずあり得ない。
「えー、書いてますよー。何なら見てみます? えーっと……あれ? おかしいな……」
取り出したスマホを操作しているうちに、木村の顔がみるみるうちに青ざめていった。
そうして小声で「ヤッベ」と漏らした後、
「……多井田さん!! ありがとうございます! すみませんが、ちょ、ちょっとここで待っててください!」
木村は焦った様子で会議室を飛び出していった。
(あの人でイベント大丈夫なのか……? まあ俺が心配しても意味ないか。それにしても勅使河原アナウンサーって、
そんなことを考えていると、会議室の扉が開かれた。
自然とそちらに目を向けると、テレビで何度も見たおじさんの顔がそこにあった。
やはりあの大御所アナウンサー、
「おや、君は?」
「は、初めまして! ゲストとして呼ばれた多井田です。今日はよろしくお願いします!」
「おお、君がチュートリアルおじさんか!」
勇が挨拶すると、勅使河原は急いで駆け寄ってくる。
「え? 知っていてくれたんですか?」
「もちろんだとも! 何せ私もドリームファンタジーの一プレイヤーだからね。噂はかねがね聞いているよ」
「そ、そうですか!」
自分のことを知ってくれているのなら、何かとやりやすい。
これまで緊張と不安で胸がいっぱいだったが、少し気持ちが落ち着いた。
「ああ! じゃあ、今日はよろしく頼むよ!」
「はい、こちらこそ!」
勅使河原が伸ばした手を勇は握り、二人は固く握手を交わす。
「うんうん。おや? そういえば木村君は?」
「ああ、実は――」
勇は先ほどの木村との一部始終を勅使河原に伝えた。
「なるほど。彼はおっちょこちょいのようだね。では、木村君が戻ってくるまで座って待とうか」
「はい、そうですね」
自分の名前が発表されていないと言うのに、勅使河原は全く気にしていない。
どうやら、かなり懐が広い人物のようだ。
(いい人そうでよかった)
「それで……今日の決勝戦に参加するプレイヤーは300人か。だいぶ絞ったようだね」
勇がホッと安心していると、勅使河原はテーブルに置かれていた紙を手に取りながら言った。
「ですね。約9千人がエントリーしたと発表されてましたから、そう考えるとかなり減らしたみたいですね」
ドリームファンタジーの第一回イベント――バトルロイヤルにエントリーしたプレイヤーは総数9154人。
それだけのプレイヤーが一つのフィールドに集まると、身動きができずゲームにならないため、参加者を絞り込むべく事前に予選が行われていた。
予選の内容は同じくバトルロイヤル。
昨日と一昨日で数時間ごとに開催された予選にて、それぞれ上位数パーセントに残ったプレイヤーが本日の決勝戦に進めるという形だ。
ちなみにリオンにカイト・エミ、シュカやナナ、それにエレナは見事予選を突破したらしい。
その旨が昨日ログインした際に、ゲーム内メッセージで届いていた。
「まあ、我々からしてみれば、少ないほうがやりやすくて助かるがね」
「確かにそうですね! さすがに9千人も居たら、実況や解説が大変ですし」
「そうそう。よし、せっかくだし、今のうちに改めてルールを確認しておこうか。我々はしっかりと理解しておかねばならないからね」
「はい!」
勇はテーブルに置かれていた紙を手に取り、ルールの項目を読み上げる。
「えー、『時間経過で縮小していくフィールドの中で、最後まで生き残ったプレイヤーが優勝』。お馴染みのルールですね」
「そうだな。で、禁止事項は『アイテムの使用禁止・チーミング禁止』と。まあ、アイテムはともかく、チーミングはそうだろうな」
今回のバトルロイヤルイベントは個人戦。
故に複数人で協力して戦うチーミングは禁止されている。
それに何よりチーミングを禁止しないと、エレナのようにファンを持っている人気者が有利になりすぎてしまうため、これは当然の判断だろう。
「ですね。それでもチーミングしようとするプレイヤーは居るでしょうけど」
「まあ、初期位置はランダムなようだし、そこは心配しなくともいいだろう。他に特筆すべきルールは……うん、こんなところだな」
勅使河原は紙をテーブルに置き、用意されていたペットボトルの水を飲んだ。
それを見て、これは自由に飲んでいいものだと判断した勇は早速、緊張でカラカラだった口を潤す。
「そういえば多井田君。こういったバトルロイヤルではどういう動きをするのが望ましいんだろうか? 私はまだバトルロイヤルというものをやったことがなくてね」
「うーん、そうですねえ。このゲームの場合だと、やはりどれだけ序盤にMPを節約できるかではないでしょうか。MPを回復するマジックポーションも使えないですし」
「なるほど、確かにそうだな」
「それと他には――」
勇はこれまでの自身の経験から、勅使河原にバトルロイヤルのコツについて説明。
その後、木村が戻ってくるまで二人は雑談をしながら過ごすのであった。
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