第24話 第一回イベント当日 試合前(後編)

「なるほど。それがチュートリアルおじさんの由来だったのか。これは中々面白い――」

「大変お待たせしま――あ、て、勅使河原てしがわらさん……」


 勇と勅使河原が雑談をしながら過ごしていると、木村が会議室に戻ってきた。


「やあ、木村君。随分と遅かったじゃないか」

「は、はい、すみません。あの、実はその……」

「話は聞いたよ。何でも私の名前が発表されていなかったそうじゃないか。木村君、君は中々いい度胸をしているね」


 勅使河原は途端に顔を険しくさせ、木村を睨みつける。

 口調こそ柔らかいが、声に凄みがあり、明らかに怒っている。


 そんな勅使河原の様子に木村は言うまでもなく、勇までもたじろいでしまった。


「ほ、本当に申し訳あり――」

「なんてね! 冗談だよ、木村君。私はこれっぽっちも怒ってないよ」

「……はぇ?」


 再び笑顔を浮かべながら言う勅使河原に、木村は素っ頓狂すっとんきょうな声を上げる。

 事態がよくわかってないらしいが、それは勇も同じだ。


「私のことなんてどうでもいいさ。何せ、今日の主役はイベントに参加するプレイヤー達だからね。ただ、そのプレイヤー達に『運営大丈夫か?』と不安を抱かせかねない。だから今後は気をつけるように。いいかい?」


 勅使河原は優しい口調で木村に語りかけた。

 すると、木村は肩の荷が下りたようで表情を和らげ、直後、深く頭を下げた。


「はい! この度は本当に申し訳ございません! 今後はこのようなことがないよう、十二分に留意して参ります」


(……聖人ってのはこういう人のことを言うんだろうな)


 勅使河原の出来すぎた人間性に、勇は改めて感服した。

 勇はこの勅使河原と正反対の最低な人間を知っているため、彼が一層輝いて見えた。


「――よし、それじゃあ木村君も戻ってきたことだし、打ち合わせを始めようか!」

「「はい!」」


 その後、勇と勅使河原は木村からイベント本番の段取りについて説明を受ける。

 そのまま契約書への署名捺印も済ませると、三人は会議室を出て、配信スタジオへと移動した。



 ☆



「おー! すごいですね」


 複数のカメラと照明、それに巨大なディスプレイ。

 バラエティ番組の収録などでたまに映る、舞台裏がそこにあった。

 といっても、そこまで豪勢ではないが。


「ん? ああ、そうか。多井田たいだ君はこういったスタジオは初めてなんだね」

「はい。なんだか一気に緊張してきました」

「わかるよ。私も若い頃、初めてスタジオに入った時は緊張したものさ。でも大丈夫、すぐに慣れるよ」

「は、はい! ありがとうございます」


 勅使河原にそう言われると、不思議と心が落ち着く。

 それに自分とは住む世界が違う有名人だというのに、何故か全く緊張しないで接することができる。


 これは勅使河原が持つ人徳のなせる業なのだろう。


(勅使河原さんのおかげで何とか上手くやれそうだ。よし、頑張るぞ!)


「勅使河原さん、多井田さん。こちらの席にお願いします!」


 勇が気合いを入れ直したところで、木村が指示を出してきた。

 言われた通り、二人はカメラが向けられている先の席に着席。


 テーブルには司会台本が置かれており、顔を上げると巨大なディスプレイが目に入るように設置されている。


「本番はあのディスプレイを見ながら実況や解説をして頂くことになります。すみません、一度つけてもらえますか?」


 木村が別のスタッフにそう言うと、ディスプレイに様々な画面が映し出された。


 右側には平原に森、建物の中など様々なエリアを映した画面が数字付きで。

 中央には右側に表示されている複数の画面のうち、1と書かれた平原の画面が大きく表示。

 そして左側は全体を俯瞰ふかんした映像が映されている。


 これが今回のバトルロイヤルイベントで使用するマップなのだろう。


「生放送では、あの中央の画面とお二人のワイプが表示される形になります。ですので、基本的には中央の画面を見ながら実況解説をお願いします!」

「はい、わかりました!」

「それで中央の画面には右側の各エリアを順番に映していき、別途面白そうな場面があればそちらを映させてもらいます。また、勅使河原さんや多井田さんから番号を言ってもらえれば、その画面を映すようにしますので!」

「了解。あ、一応確認しておきたいんだが、あのカメラは自由に動かせるんだよね?」

「はい、もちろんです! すみません、少し動かしてもらえますか?」


 木村は様々な機械が並べられたところに座っている男性スタッフにそう言った。

 すると、その男性は頷き、手元の機械を操作した。


「おおー!」


 直後、中央の画面が動き出す。

 これならプレイヤー同士の戦いの模様をベストなアングルから中継できるだろう。


「なるほど、これで映像はバッチリって訳だ。じゃあ、後は我々の実況と解説でどれだけ盛り上げられるかということだね。多井田君、頑張ろう!」

「は、はい! 頑張ります!」

「うんうん。それでは次は台本を確認しておこうか――」


 その後、勇と勅使河原は司会台本に目を通し、簡単なリハーサルを行った。

 それを済ませたところで会議室に戻り、用意してもらっていた昼食をとって、しっかりとお手洗いも済ませる。


 そうこうしているうちに時刻は11時半。

 後30分でイベント本番だ。


 勇と勅使河原は再び配信スタジオに移動し、本番に備えるのであった。


(よし、頑張るぞ!)

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