第19話 レベル上げ(前編)
テレビ電話を終え、木村から届いたメールを確認した勇はヘッドギアを装着した。
教えを乞う初心者が居たならば、いつも通り丁寧に教えてやりたいところだが、今日は別にやらねばならないことがある。
それはレベル上げだ。
さすがにゲストとして出る以上、せめて人並みにはレベルを上げておかないと
故にその初心者には申し訳ないが、今日はチュートリアルおじさんとしての役割はお休みだ。
そんなことを考えながらドリームファンタジーにログインすると、見覚えのある少女と女性が視線の先に立っていた。
以前、勇がレクチャーした少女――シュカと、その際に彼女のことを特に気に掛けていた20代前半の女性――ナナだ。
「よし! じゃあ、シュカちゃん行きますか!」
「うんっ! 頑張るっ!」
「お姉さんも頑張るよー……って、あっ!」
「わぁ、あの時の優しいおじちゃんだぁ!」
勇に気付いた二人は嬉しそうな顔を浮かべて駆け寄ってきた。
「シュカちゃんにナナさん! 二人とも久しぶり!」
「はい、お久しぶりです! この間はありがとうございました!」
「ありがとおございました!」
頭を下げたナナを真似るように、シュカもペコリと頭を下げる。
勇はしゃがんで、シュカと目線を合わせてから口を開いた。
「いえいえ、どういたしまして。シュカちゃん、元気にしてた?」
「うんっ!」
「そっか、ならよかった! あ、そうそう。シュカちゃんにプレゼントがあるんだ」
「えっ、なに!?」
「ちょっと待っててね……よし!」
勇は前にカイトからもらった片手剣【クリムゾンエッジ】をシュカに送った。
これは大剣を譲ったお礼として受け取った二本目で、その際に片手剣スキルを上げているシュカにプレゼントすることを決めていたのだ。
「なぁに、これ?」
「それは今シュカちゃんが使ってる剣より、うーんと強い剣なんだ。よかったら使ってくれると嬉しいな!」
「そうなのっ? わーい、おじちゃんありがとー!」
すっかりゲームのことを知り尽くしているようで、シュカは慣れた手つきで渡した剣を装備した。
そして真紅に染まった剣をひとしきり眺めてから、「やっ!」「えいっ!」と口にしながら楽しそうに素振りを始めた。
気に入ってもらえたようで、勇も嬉しさを覚える。
「それで二人は、これからどこかに行くところ?」
「はい、レベルを上げに掲示板で噂の【レッドジャングル】に行ってみようかと!」
「おお、そうなんだ! ちょうど俺も今からレベル上げに行こうとしてたんだけど、よかったら一緒にどうかな?」
このゲームを始めるまで、勇は自分から他プレイヤーを誘うことなどできなかった。
これもチュートリアルおじさんとして、多くのプレイヤー達と接してきたからこその進歩だ。
「そういうことならぜひぜひ! シュカちゃーん、チュートリアルおじさんも一緒に来てくれるってー!」
「ほんとっ!? やったぁ!」
「よかった! それじゃあパーティーに……っと、その前に。実は俺も初めて行くんだけど、それでも大丈夫?」
「あ、そうだったんですね! はい、もちろん大丈夫ですよ!」
「おじちゃんも初めてなんだ! じゃあ、ワクワクだねっ!」
「うん! じゃ、パーティーに誘うね」
勇はメニューウインドウを開き、シュカとナナに申請を出す。
それを二人が承諾したことで、パーティーが結成された。
なお、パーティーを組んだことで取得経験値が分散してしまうが、その分効率よくモンスターを倒せるのでプラマイゼロ。
いや、一緒に戦える楽しさが加わる分、プラスと言っていいだろう。
「じゃあ、行こうか! えーっと、確か武器屋を真っ直ぐ行ったところに転移の魔法陣があるって言ってたから……こっちの方向だね。よし、二人ともついてきて!」
勇が先導する形で、三人は転移の魔法陣を目指して歩みを進めた。
その道中――
「あ、そうそう! 今日、運営から届いたメール見ました?」
「イベントのやつ?」
「はい! それでやっぱり、チュートリアルおじさんも出るんですか?」
「ああ、実はさ――」
勇はゲスト兼解説として参加することになった旨を二人に伝えた。
なお、木村からのメールで『すぐにゲストの情報については公開するので全然口外してもらって構わない』と書かれていたため、ここで彼女らに言うのは全く問題ない。
それだけゲストが決まるのがギリギリな状態だったようだ。
「へえ、ゲストだなんてめちゃくちゃ凄いですね!」
「おじちゃん凄いの?」
「凄いよー! だってテレビに出るようなものだもん!」
「そうなの!? おじちゃん凄ーい!」
シュカは目をキラキラとさせながら、上目遣いでそう言った。
勇は苦笑いを浮かべながら答える。
「いや、さすがにそれは言い過ぎだよ……。でも、ありがとう! それで二人はどうするの?」
「一応出てみようかなって! イベントのこと伝えたらシュカちゃんも出たいって言ったので、それに向けて二人でレベル上げしようかと!」
「シュカ、強くなって絶対に優勝するんだー!」
「なるほどね。ちなみに二人って今レベルどのくらい?」
「あたしは15でシュカちゃんは14ですね! チュートリアルおじさんは?」
勇は驚愕した。
まさかシュカにすら追い抜かれてしまっているとは思ってもいなかったのだ。
「……じゅ、13」
「そ、そうですか! まあ、チュートリアルおじさんは教えるので忙しいですもんね!」
「おじちゃん、大丈夫だよ! これから頑張ればいいんだから!」
「……そうだね。おじちゃん頑張るよ!」
屈託のない笑顔を浮かべながら言うシュカに後押しされ、一層気合いが入った勇であった。
☆
三人は転移の魔法陣により、赤い葉をつけた木や草が生い茂る【レッドジャングル】にやってきた。
ここでは頭に角を生やしたウサギ型の魔物――アルミラージが通常個体とレア個体の二種類出没する。
全身が金色に輝いているレア個体――ゴールデンアルミラージは経験値が非常に高く設定されている、いわゆるボーナスモンスターであるらしい。
らしいというのは、あくまで以前カイト達と一緒にプレイした際にそう聞いただけに過ぎないからだ。
彼らが言うには『レベル上げんなら、そいつを狩るのがおすすめ』とのこと。
それを聞いて、前から来よう来ようと考えてはいたものの、頼ってくれる初心者が途切れなかったために中々来ることができなかった。
まあ、それはそれで勇も満足していたのだが。
「よし! じゃあ普通のアルミラージを倒しつつ、ゴールデンアルミラージを探そっか」
「うんっ! ピカピカのウサギさんだね!」
「そっ。逃げ足が凄く早いみたいだから、見つけたらすぐに魔法や特技で攻撃しよう!」
「そうですね。じゃあ、行きましょう!」
三人は見通しの悪い木々の中を慎重に奥へと進んでいった。
それからしばし。
「――おじちゃん、ウサギさんだよ!」
勇達の目の前に二匹のウサギ型モンスターが現れた。
しかし、その身体は真っ白。
残念ながら通常個体だ。
「うん、サクッと倒しちゃおう! ラピッドスラスト!」
勇は特技を発動させ、片方のアルミラージに連続突きを浴びせる。
その途中、
「ラピッドスラストー!」
後ろから声が聞こえたかと思うと、自分の真横にシュカが凄まじい速さでやってきて、同じように刺突を繰り返した。
アルミラージはすぐに粒子となって消滅。
話に聞いていた通り、それほど強くはない。
しかし、その分経験値も低いのか、レベルは上がらなかった。
やはり、レア個体でなければダメなようだ。
「よし、残りの一匹も――」
「
もう片方も片付けようと勇が振り向いた瞬間、小規模の竜巻がアルミラージを襲った。
風魔法で二つ目に覚えられる【ホワールウインド】だ。
それにより、見事アルミラージを撃破。
三人は危なげなく勝利した。
「おお、お見事! ナナさんは風魔法を上げてたんだね」
「はい、そうなんです! あ、シュカちゃんやったね!」
「うんっ! 楽勝だった!」
「だね、シュカちゃん強くなってておじちゃん驚いたよ! じゃ、行こうか!」
勇・シュカ・ナナの三人は、ゴールデンアルミラージを求めて赤く染められたジャングルの中を進むのだった。
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