第16話 有名配信者再び

「チュートリアルおじさん、今日は本当にありがとうございました! それでは!」

「ありがとうございました!」


 そう言って、若い男女は目の前から消え去った。


「ふぅ。じゃ、俺もそろそろ……」


 時刻はもう24時を過ぎたところ。


 朝からバイトもあることだし、もう休もう。と、勇はゲームを終えるため、メニューウインドウを開いた。


「あの、ジークさん!」


 その瞬間、背後から女性の声が聞こえてきた。

 呼び掛けに応じて何気なく振り返ると、そこに立っていたのは――


「あ、エレナさん! 久しぶり!」


 有名配信者のエレナ。


 ただ、放送用のパネルはどこにも見当たらない。

 今は配信していないのだろう。


「はい、お久しぶりです! この間は本当にありがとうございました! ……それであの、今少しいいですか?」

「うん、全然いいよ! それで、どうしたの? ゲームのことで何か聞きたいことでも?」

「いえ、そうじゃなくって、実はお願いしたいことが……その、ありまして……」


 エレナは上目遣いをしつつ、遠慮がちに伝えてくる。


「な、なに? 俺にできることなら喜んで協力するけど……」

「ほんとですかっ!?」


 答えると、エレナは大層嬉しそうに表情を明るくさせた。

 その喜びようから、勇は一体何を頼まれるのか、少し不安を感じながら話を続ける。


「う、うん。それで、お願いというのは……?」

「あの、私と1対1で勝負してほしいんですっ!」

「勝負? PvPってこと?」

「はい、そうです!」


 彼女の頼みはタイマンでのガチンコ勝負。

 いきなり襲い掛かってくるのではなく、わざわざそう頼んでくるということは正々堂々と力比べがしたいのだろう。


 それなら断る理由はどこにもない。


「何だ、そんなことか! 全然いいよ! それじゃあ早速――」


 勇は言いながら、剣を構える。

 

「ありがとうございます! ただ、今戦いたいんじゃなくて……。近いうち、私が配信している時に戦ってほしいんです!」

「ん? どういうこと?」

「その、実は――」


 以前、勇が放送に出た時のアーカイブが他の動画よりもダントツで再生数が多いこと。

 不思議に思って調べてみると、勇が有名人になった影響であるのが理由だとわかったこと。


 そんな有名人との真剣勝負を配信すれば、もっと多くの人に見てもらえると考えたこと。

 それをお願いするべく、勇が一人になるのをずっと待っていたこと。


 エレナはこういった内容のことを勇に熱弁した。


 要は勇を使って、より多くの視聴者を集めたいという魂胆こんたんだ。


「なるほど。俺にそんな集客力があるとは思えないけど……。それでもいいなら、引き受けるよ!」


 今こうしてゲームを楽しめているのは、あくまで結果的にそうなっただけだが、エレナのおかげでもある。

 故に勇はそのお礼として、協力してやることにした。


「わぁ! ジークさん、本当にありがとうございます! 出演料は奮発しますので!」

「出演料?」

「はい! 私、結構稼いでるので!」


 エレナは平均10万人もの人を集めている人気配信者。

 広告収入もそれなり、いや、かなりの額をもらっており、さぞかしたんまりと稼いでいることだろう。


 それこそ、コンビニバイトの勇よりもずっと。


「……いや、お金はいいよ。だって、ただ戦うだけでしょ? 俺も戦うの普通に楽しみだし!」


 生活はカツカツだし、正直金は喉から手が出るほど欲しい。

 だが、いくら稼いでいると言えども、さすがに女子高生からゲンナマを受け取るのは色々な意味で気が引ける。


 故に勇は悩んだ末に謝礼を受け取るのを断った。

 エレナのためというよりかは、大人の男としてのプライドを守るために。


「え? 私、そのつもりでお願いしてたんですが……本当にタダでいいんですか?」

「うん! 大丈夫! お礼なんかいいから!」

「ありがとうございます! ジークさんって本当に優しいんですね! 私、惚れちゃいそう!」

「あはは……。それで、ルールとか日時とかはどうする?」


 あまりにも下手な社交辞令に苦笑いしつつ、勇は話を本題に戻す。

 その後、二人は朝からバイトや学校があることを忘れ、様々な議論を重ねるのだった。



 ☆



 三日後の夜。

 バイトを終え帰宅した勇はサッと入浴や食事を済ませ、ドリームファンタジーにログインした。


 今日はエレナとの約束の日。

【始まりの街】の噴水前で待ち合わせることになっているため、そこへ向かうと――


「あ、チュートリアルおじさんだ!」

「よう、チューおじ! 聞いたぜ! 今日、あのエレナとタイマン張るんだってな!」

「ちょー楽しみ! チューおじ、カッコいいとこ見せてね!」

「頑張れよ、チュートリアルおじさん!」


 以前、自分がレクチャーしたプレイヤー達が押し寄せてきた。

 今日のことはエレナが事前に告知しているため、彼らももちろん知っている。


「う、うん。ありがとう!」

「ジークさーん!」


 彼らにそう言葉を返した直後、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 視線をやると、エレナが走りながら近づいてきているのが見て取れた。


「おい、あれ……?」

「うわぁぁ! 本物のエレナちゃんだー!」

「うそっ! ヤバっ!」

「あ、握手っ、握手してもらわねーと!」


 その瞬間、ただでさえ賑やかだった広場が一層どよめいた。


(……凄いな。エレナさんって本当に人気者なんだ)


 そんな感想を抱いたところで、エレナが勇の元に到着。


「お待たせしました! 今日はよろしくお願いします!」

「うん、こちらこそ! じゃあ、行こうか」

「はいっ!」



 ☆



 二人は大勢のプレイヤーと共に、戦いの舞台である【駆け出しの森】に転移した。


「えっ……?」


 その瞬間、勇は自分の目を疑った。


 見渡す限り人、人、人。

 まるでライブ会場のように、溢れんばかりの人だかりができていたのだ。


(……す、凄いな)


「皆さーん、すみませーん。少しスペース空けてくださーい!」


 驚きのあまり硬直してしまった勇に対し、エレナは動じることなく集まった観客達に指示を出す。


 すると、プレイヤー達は言われるがまま移動。

 やがてぽっかりと穴が空いたように、ある場所だけ空間が生まれた。


「みんな、ありがとー! じゃあ、ジークさん。あそこで戦いましょう!」

「う、うん」


 エレナと勇は少し歩いて、そのスペースへ。

 その後、周囲のプレイヤーは一定の距離を保ったまま、二人を取り囲んだ。


 その様はもはや闘技場のようだ。


「よし、じゃあ配信つけますね!」


 そう言って、エレナはメニューウインドウを操作。

 彼女の目の前に透明なパネルが現れた。


「やっほー! みんなの妹、エレナだよっ! それと!」

「ど、どうも。ジーク……もとい、チュートリアルおじさんです。今日はよろしくお願いします」


 勇は先日やらされたリハーサル通りに、視聴者に向けて挨拶を行った。

 そのまま恐る恐る、チャットに目をやると――


『おっさん、久しぶりだな!』

『チュートリアルおじさん! この間はありがとうございました』

『おっさんキター!』

『アツいバトル見せてくれよー』


 好意的なメッセージばかり。

 受け入れてもらえているようで、勇も胸をなでおろす。


「わっ! す、凄い! ね、ジークさん、ここ見てくださいっ!」

「ん? ……じゅ、13万!?」


 同時接続数13万人。

 前の10万人でも心底驚いたのに、それよりさらに3万人も増えている。


「ジークさんのおかげです! ありがとうございます!」


 ポカーンと口を開けて放心している勇に、エレナがそう耳打ちした。

 対し、勇も顔を近づけて放送に乗らないように小声で返す。


「いや、多分俺は関係ないと思うけど……」

「そんなことありませんよ! 私、どれだけ張り切った企画をやっても最大で10万5千人だったんですから。ジークさんのおかげで最大値更新です!」

「そ、そう。力になれたならよかったよ」


 勇がそう言うと、エレナはかわいらしくウインクしてから顔を離した。

 そのままパネルを手で動かしながら歩き、少し離れたところで立ち止まる。


「パネルはここら辺に固定してっと。どう、みんな? 見える? うん……OKね! じゃあ私、頑張ってくるね!」


 話が終わったようで、エレナはとことこと駆け寄ってきた。


「準備できました! それじゃあジークさん、そろそろ始めましょうか!」

「あ、ちょっと待って! 念のため確認しておきたいんだけど、レベル13まで上げてきてくれた?」


 先日頼んできた時、ガッツリはプレイしていないのか、エレナはまだレベル9だった。

 対する勇はレベル13。そのまま戦えば勇が圧勝してしまい、場が確実にシラけてしまう。


 故に勇は接戦になるよう、エレナに自分と同じレベルまで上げてきてもらうことを頼んでいたのだ。


「大丈夫です! 頑張って13まで上げました!」

「そっか。なら、よかった。じゃあ、お互いに正々堂々と」

「はい! あ、約束通り、手加減とかはなしで本気でお願いしますね!」

「もちろん!」


 二人は握手をかわしてから、距離を取って武器を構えた。

 勇は片手剣、エレナは杖だ。


「そこのお兄さん! 試合開始の合図をお願いしてもいいですか?」

「おう、任せな! 二人とも楽しませてくれよ! じゃあ、エレナvsチュートリアルおじさん――バトルスタートだ!!」

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