第15話 もう一人の自分

「ねー、チューおじー! 友達にチャット送りたいんだけどどうすればいいー?」

「えー、チャットはフレンドリストから選択して――」


 勇は今日も初心者達にゲームのレクチャーを行っていた。

 もうすっかりチュートリアルおじさんとしての自覚に芽生え、それを勇も楽しんでいる。


「なるほど! ありがとうチューおじ、助かったよ! じゃあ、ウチは街に戻るね。今日は色々と教えてくれてありがとっ!」

「いえいえ、どういたしまして。気をつけて」

「うんっ! じゃあねー!」


 20代中盤くらいの女性はそう言って、転移の魔法陣がある方角に歩いていった。

 すると、今度は中学生くらいの男の子が勇のもとに駆け寄り、声を掛けてくる。


「すみません、チュートリアルおじさん。さっき覚えた地属性の魔法の詠唱ってなんでしたっけ?」

「【ロックランス】だね。詠唱文は『岩槍よ、貫け』だよ。また忘れちゃったら、スキル割り振りのところを見れば確認できるから覚えて――」

「ちょっと、あんた! いきなり何すんの――」


 男の子に教えてやっている最中、女性の怒号が森に響いた。

 何かあったのかとそちらに視線をやると、そこには女性の姿はなく、代わりに斧を持った男性が立っている。


(あれ、あの人どこかで……。あ、そうだ。前に広場で見かけた人だ)


 言い方は悪いが、その男性は遠目からでも根暗とわかる風貌をしていた。

 リア充がほとんどのこのゲームにおいて、彼のようなプレイヤーは珍しい。


 故に勇は以前広場で見かけた、かつて健闘を祈ったあの同志だということにすぐ気がついた。


 そのまま彼のことをしばらく眺めていると、その根暗君は突如走り出し――


「おらっ!」


 近くに居た小さな男の子に斧を振り下ろした。

 直撃した男の子は粒子となって消え去った。


 そう、プレイヤーキルだ。


(あの野郎!)


 勇は走り出し、その根暗君のもとに駆け寄る。


「フヒッ、フヒヒヒヒ!」


 すると、何とも気味が悪い笑い声が耳に届いた。


「ちょっと、君!」

「な、何だよ! あ、あれか? もしかしてPK警察か?」


 勇が声を掛けると、根暗君は明らかに動揺した様子で言葉を返してきた。

 PK警察というのは恐らく、プレイヤーキルをたしなめるプレイヤーのことを言っているのだろう。


「いや、別にPKを責めたりはしないよ。そういうゲームだしね。ただ、ここにいる子達は今俺が色々と教えているところでね。邪魔するなら……」


 勇はカイト達にもらった愛剣【クリムゾンエッジ】を構えた。


 彼ら初心者は味方やフレンドではないものの、今この瞬間だけは可愛い教え子だ。

 そんな彼らを守るためにも、勇は根暗君と戦う意思を示した。


「ヒヒヒヒヒヒッ! おっさん、この僕とやり合うつもりなんだ! フヒッ!」


 すると、根暗君は嬉々として言葉を返してきた。

 引いてくれるのが望ましかったが、やはりそうはいかないようだ。


「チューおじー、頑張れー!」

「負けないでー!」

「チュートリアルおじさーん! ファイトー!」

「ボコボコにしてやれー!」


 後ろから初心者達の声援が届く。

 勇は彼らに向かって大きく頷くと、地面を蹴った。


 同時に根暗君は手を伸ばし、


「闇より来たれ、漆黒の牙! 仇なす者を喰らい尽くせ! ダークネスバイト!」


 魔法を発動。

 勇の目の前に、狼の牙を思わせる巨大な黒い物体が出現した。


 その牙はそのまま真っ直ぐ飛んできて――



 ☆



「……はぁ」


 勇は【始まりの街】の噴水前に居た。

 そう、呆気なく負けて街に転移させられてしまったのだ。


(何なんだよ、あの魔法……)


 根暗君が発動したのは、まだ勇が知らない魔法だった。


 勇はβテストにて、各スキルで二つ程度の術技は試している。

 その上で知らないとなると、先ほどのはかなりのポイントを割り振らないと習得できない魔法だということ。


 それはつまり、それだけレベルが高いということを意味する。


「初心者狩りか……」


 そこから考えられるのは、あの根暗君はかつて自分がしようと考えていた初心者狩りを実行したということ。


 自分は初心者ではないため、キルされても別に文句はない。

 弱いのがいけないのだ。


 しかし、彼らは右も左もわかっていない、初心者とすら言えないプレイヤー達だ。

 いくらゲームで禁止されていないとは言え、彼らの気持ちになって考えると凄く嫌な気分になる。


「あー、やられちったなあ」

「ねー……って、何これ! 何か身体が透けてるんだけど!」

「おいおい、どうなってんだ!」

「あ、チュートリアルおじさんもいる! ねえ、これってどういう状況?」


 そんなことを勇が考えていると案の定、森に居た初心者達が次々に広場に転移してくる。

 皆、なすすべなくあの根暗君にやられてしまったのだろう。


 勇はひとまず混乱する彼らに、このゲームの死亡した際の罰則デスペナルティについての説明を行うことにした。


「皆さん、聞いてください! このゲームではHPがゼロになると――」


 ドリームファンタジーでは死亡すると自動的に【始まりの街】に送られ、10分間の間、幽霊の姿になる。

 頭に白い三角巾を巻いた下半身のない、アニメや漫画でお馴染みのあの姿だ。


 幽霊の状態では転移の魔法陣で移動できなくなり、加えてNPCに認識してもらえない。


 それがこのゲームのデスペナルティだ。

 金や経験値、アイテムの喪失といったものは一切ない。


 他VRMMOと比較するとかなり軽めのデスペナルティであるが、これはこのゲームがライト層向けに作られているため。

 なお、この10分という時間はゾンビアタック防止と、プレイヤーに小休憩を取ってもらうという運営の意図によるものである。


「へえ、そうなんだー。じゃあ、今のうちに軽くご飯食べてこよーっと」

「あ、チューおじ! そういや、聞きたいことあったんだけど」

「やっぱり槍は辞めて魔法にしようかなー」


 勇は驚愕した。

 彼らはキルされたというのに、全くもってそのことを気にしていない。


「ね、ねえ、みんな。怒ってないの……?」

「ん? 何が?」

「さっき、一方的に倒されたんでしょ? 嫌な気持ちになったりとか」

「いや、別に何とも思わないですけど」

「つーか、そもそもそういうゲームだしな!」


 彼らの言葉を聞いて、勇は自分が大きな勘違いをしていたことに気が付いた。


 彼らはリアルが充実している分、心に余裕がある。

 その上、デスペナルティも軽いとなれば、キルされたところで何とも思わないのだ。


 そのことを理解すると、途端に根暗君が哀れに思えてくる。

 きっと彼は今頃優越感に浸っているのだろうが、当の本人達は気にも留めていないのだから。


(俺も下手したら、そうなってたのか……)


 勇は心底ホッとした。


 根暗君はリオンやカイト達に会わなかった世界線での自分の姿だ。

 今、こうして楽しんでゲームをプレイできているのは彼らのおかげ。


 やはり人には、優しく親切にすべきなのだと感じた勇であった。

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