第12話 チュートリアルおじさんとして

 翌日の夜。

 勇は考え事をしていた。


 そのテーマはこれからどうしていくか。

 勇は元々リア充達に復讐という名目で、八つ当たりするためにこのゲームを始めた。


 ただこの三日間で多くの人と触れ合っているうち、そんな気持ちが段々薄れてきてしまった。

 そう、勇は人の役に立てることの喜びに気付いてしまったのだ。



 しかし、リア充達に幾度いくどとなく味わわされた悔しい気持ちを忘れた訳ではない。

 それにβテストの時、興味があった他のエリアの探索を我慢してまで、初心者狩りをするために【駆け出しの森】にこもったのだ。

 ここで辞めれば、その我慢が無駄になってしまうではないか。



 だが、この三日間で出会ったプレイヤーの笑顔と感謝の言葉を思い返すと……。

 


「――よし!」


 悩みに悩んだ末、勇はこう考えた。


 もし、もしもだ。

 今日もしも自分の助けを必要としてくれる者が居たならば、素直に応えよう。


 それでこの数日間と同じように幸福感や充実感を覚えたのなら、自分の気持ちに素直になって真っ当にプレイする。


 声を掛けられなかったり、不満を覚えたりしたら、当初からの目的である初心者狩りを実行するまでだ。


 そう決めた勇はドキドキとしながら、ゲームを起動した。



 ☆



 もうすっかりと見慣れた【始まりの街】の噴水前。

 勇はベンチまで歩いてから、ゆっくりと腰を降ろす。


「……ん?」


 周囲を見渡すと、周囲に居るプレイヤーの約3分の1。

 おおよそ20名程度のプレイヤーが自分に視線を向けていることがわかった。


 直後、彼らは一斉に駆け寄ってきて、そのうちの一人が声を掛けてきた。


「なあ、もしかしておっさんがジークか!?」

「う、うん。そうだけど……」


 興奮した様子で迫ってくる男に、若干引きながら答えると――


「やったー、やっと会えたー!」

「頼む、チューおじ! 俺に色々教えてくれ!」

「貴様がチュートリアルおじさんなる者か。良かろう。我に知識を授けることを許容する」

「エレナちゃんの放送見ました! 私にもレクチャーしてください!」

「掲示板読んだんですけど、初心者に何でも教えてくれるって本当ですか!?」


 彼らは一斉に言葉を投げかけてきた。

 勇は一瞬戸惑うも、すぐに現状を把握してベンチから立ち上がる。


「み、皆さん! まずは落ち着いて!」


 そう言うと、そのプレイヤー達は驚くほど素直に聞き入れ、瞬時に静まり返った。

 そんな様子に、逆に焦りつつも勇は話を続ける。


「えー、あのー。確認ですが、皆さんは僕にこのゲームのことを教わりたいということでよろしいのでしょうか……?」

「おう!」

「はい、そうです!」

「その通りだ、チュートリアルおじさんよ」

「お願いします!」


 彼らの言葉を聞き、勇は思わず頬を緩める。


 人に頼られるというのはやはり嬉しい。

 たとえ、それが単なる説明書代わりとして都合よく扱われているとしても。


「……わかりました! 僕でよければレクチャーしましょう!」

「おおー! さすがチュートリアルおじさんだぜ!」

「マジかよ、チューおじ超いい奴じゃん!」

「助かります、チュートリアルおじさん!」

「フン。この我の役に立てるのだ、光栄に思うがいい」


(もう俺ってチュートリアルおじさんで通っちゃってるんだ……。ま、別にそれでもいいっちゃいいんだけどさ。よし、それじゃあ!)


「では皆さん! 念のために聞いておきたいんですけど、チュートリアルを飛ばしてしまったという人は居ますか? もし居たら手を上げてください」


 勇は唖然とした。

 その場に居た約半数のプレイヤーが手を上げたのだ。


 リオンやカイト・エミのように数人程度はスキップした者が居るかもしれないと思って聞いたが、まさかこれほどまでとは想像していなかった。


 こうなると、一から説明するしかない。

 既にチュートリアルを聞いているプレイヤーには悪いが、こればかりは仕方ない。


「わかりました! それではまず、メニューウインドウの開き方から――」


 それから勇はいつも通りの流れで、レベルやスキルなどの概要、武器の装備方法などについて説明した。


 もう何度もおこなっているからか、教えるのにも随分と慣れてきてスムーズにこなせてしまうのが自分でも面白い。


「それでは、今から【駆け出しの森】へ向かいます。皆さん、ついてきてください」

「「「「はーい!」」」」


 先導して店の場所や主要なNPCの居場所を伝えながら歩く勇と、それをワイワイガヤガヤとはしゃぎながら聞くプレイヤー達。


引率いんそつの先生ってこんな気分なんだろうか……)


 そんなことを考えながら、勇は転移の魔法陣に向かって歩みを進めるのだった。



 ☆



【駆け出しの森】へ移動した後、勇はプレイヤー達に特技と魔法の発動方法について説明した。

 それが済んだところで、各自モンスター狩りをしてもらうことに。

 

「風の刃よ、切り刻め! エアカッター!」

「ダブルスラッシュ!」

岩槍がんそうよ、貫け! ロックランス!」

「サマーソルトキック!」


 どうやら皆、上手く戦闘をこなせているようだ。


「よっしゃ、初勝利だ!」

「ヤバっ! このゲームめっちゃ楽しいんだけどっ!」

「だな。よし、もっとモンスター狩ろうぜ!」

「はい! あ、またモンスター出ましたよ!」


 皆、和気藹々わきあいあいとしながらゲームを楽しんでいる。

 なかなかどうして、そんな姿を見ていると自分も嬉しくなってくる。


「チュートリアルおじさんよ。今よいか?」


 そんな中、ふと大学生くらいの若くて爽やかなイケメンが話しかけてきた。


「はい、どうしましたか?」

「言われた通りに邪神へ言葉を授けたのだが、我が闇の魔術が発動しないのだ」


(あ、そういう設定なのね……)


 VRMMOではロールプレイを行うプレイヤーも少なくない。

 きっと彼は魔王か何かを演じているつもりなのだろう。


 正直、かなり痛々しいが、どう遊ぶかは個人の自由だ。

 そんな考えから勇は苦笑いを浮かべつつも、バカにすることなく誠実に対応する。


「そ、そうですか。詠唱と術名は正しく口にしましたか?」

「うむ、そのはずだが」

「うーん、おかしいですね……。では、本当に合っているか確かめるので、一度やってみせてもらってもいいですか? あ、誰も居ないほうにお願いしますね」


 残念なイケメンは頷いてから、プレイヤーが居ないほうに手を伸ばす。

 そして大きく深呼吸してから、口を動かした。


「具現せよ、漆黒のほむら! 我が仇なす敵を焦がし尽くせ! ダークフレアッッ!!」


 勇は言葉を失った。

 まさかオリジナルの詠唱まで用意しているとは。

 それも何の恥ずかしげもなく。


「……あの、えっと。ダークフレアの詠唱は『出でよ黒炎、燃えろ』なんですけど……」

「わ、わかっている! しかし、それだとカッコよく――いや、あまりにも響きが弱々しい故、我が独自にだな」

「そうですか……。でも、それだとシステムに認識してもらえないので一向に発動しませんよ?」

「なっ! そうなのか。ならば仕方あるまい。出でよ黒炎、燃えろーっ! ダークフレアッッ!」


 イケメンはやたらと芝居がかった口調で、詠唱と術名を口ずさむ。

 それによって、闇魔法――ダークフレアが魔法陣から放たれた。


「おおっ!」

「できましたね。じゃあ、その魔法でモンスターを倒してレベルを上げましょう!」

「う、うむ! チュートリアルおじさんよ、礼を言おう。それでは失礼する」


(ふぅ……。変わった人もいるもんだな)


 教えるのも一筋縄ではいかないなと思いながら、勇は質問してきたプレイヤーに答えを返す。


 同時にログアウトしていくプレイヤーに別れを告げつつ、それを続けること数時間が経った頃。


「いやー、楽しかった! 俺もそろそろ落ちるとするぜ。チューおじ、今日はサンキューな!」

「いいえ、どういたしまして! それではお疲れ様でした」

「おう、チューおじもお疲れ! 本当にありがとな! じゃ!」


 残っていた最後の一人も、現実へと戻っていった。



 一人残された勇はしばらく目を閉じ、思考を巡らせる。


 やはり、人の役に立てた上で感謝されるのは嬉しい。

 それと正直、皆と一緒にワイワイとプレイするのが楽しくて仕方がない。


 初心者狩りも初心者狩りで、圧倒的な優越感を得られてそれはそれで楽しいだろう。

 でも、同じ『楽しい』なら人に恨まれるよりも、喜ばれるほうが良いに決まっている。



 そう考えた勇は決断した。

 これからは初心者を狩るのではなく、彼らの力になってやろう、と。


(それと純粋にゲームを楽しもう)


 まだ行ったことのないエリアも多くある。

 それにそのエリアについて詳しくなれば、初心者達にも攻略法を教えてやれる。


「――よし!」


 今この瞬間、勇はこのゲームにおいて、チュートリアルおじさんとして生きていくことを決意したのだった。

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