第11話 「ありがとう」という言葉
突如として一躍有名人になってしまった勇はそのことに困惑しながら、【始まりの街】に戻ってきた。
(どうしてこんなことに……)
溜め息を吐きながら、噴水前に向かってとぼとぼと足を進める。
やがて広場にたどり着いた瞬間――
「お! もしかして、あんたがジークか?」
ガタイのいい
「は、はい。そうですけど……」
(おいおい、まさか……)
「やっぱりそうか! エレナちゃんの配信見てたんだけど、おっさんめちゃくちゃゲーム詳しいよな! よかったら色々と教えてくんねーか?」
「あ、あの、その――」
「お、おっさん! もしかしてコミュニティ掲示板で有名な、あのチュートリアルおじさんか?」
ガタイのいい男からの申し出にまごついていると、別の男がそう大きな声で言いながら駆け寄ってきた。
「え、チュートリアルおじさん!?」
さらにその男性の声を聞いた、近くに居た女性も近づいてくる。
すると、それが連鎖するように続々とプレイヤーが勇の周りに集まってきた。
「おっさん! 色々と教えてくれるってマジ? 俺さ、始めたてでまだ何もわからなくて困ってたんだ」
「あの、エレナちゃんの放送見て始めたんですけど、放送だけじゃよくわからなくて。僕にもゲームのこと教えてくれませんか?」
「あー、チュートリアルおじさんだ! ラッキー! ねえ、あたし達にもゲームのやり方教えてー!」
「俺もー!」
(は? えっと……なに、これ? えっ?)
10人を超えるプレイヤーから一斉に声を掛けられ、勇はパニックに陥る。
「ねえ、おじちゃん。このゲームのこと教えてくれるの?」
そんな勇を正気に戻したのは、小学一年生くらいの幼い女の子。
その子は不安そうな表情を浮かべ、上目遣いでそう問いかけてきた。
「え? えーっと。……君も今このゲームを始めたところなの?」
「うん、さっきパパが買ってきてくれたの」
「そ、そうなんだ。それで、お父さんは?」
このゲームには年齢制限こそないが、幼い子供が一人でやるには少し難しい。
なので、このくらいの年の子は親や兄弟とプレイするのが普通だが、周りにそのような人物は見当たらなかった。
「パパはお仕事。『帰ってくるまで、これを遊んでいい子に待ってなさい』って……」
勇の問いかけに、その女の子は寂しそうな顔を浮かべながら答えた。
それに対し、話を聞いていた周りのプレイヤーがその子に向かって話しかけた。
「え、嬢ちゃんもしかして一人で留守番してるのか? もうリアルでは夜だぞ」
「うん」
「お母さんは?」
「いないよ」
瞬間、先ほどまで騒いでいたプレイヤーが揃って口を閉ざす。
この子は父子家庭で、その父親は夜勤。
それによって、夜は一人ぼっちになってしまうため、父親はその寂しさを紛らわせるためにこのゲームを与えた。
この子も言われるがままにゲームを始めたのはいいものの、何をしていいのかわからず困っている。
誰しもがそう察したのだ。
「……よし! おじちゃんが色々と教えてあげるから、みんなで一緒に遊ぼう!」
勇は静寂を切り裂き、少女にそう言った。
ゲームに楽しさを見出してもらえれば、留守番も辛くなくなるだろう。
それに丁度、自分に教えを乞うてきているプレイヤーも多くいることだ。
彼らと一緒に教えてやることで、寂しさも紛れるはず。
そんな考えから、勇はこの女の子および他プレイヤーにレクチャーしてやることにした。
「ほんとっ?」
すると、その女の子はぱぁっと顔を明るくさせた。
「うん、本当!」
「わーい、ありがとうおじちゃん!」
「どういたしまして! それで君、名前は?」
「シュカ!」
「シュカちゃんだね、了解! それじゃあ皆さん、まずは――」
それから勇はメニューウインドウの開き方にスキルの概要、武器の装備の仕方について、その場にいるプレイヤー達に説明した。
「シュカちゃんは何を上げるの?」
「んー、シュカは剣にしよーかな!」
「そっかぁ、お姉さんはどうしようかなぁ」
「俺も剣だ! 嬢ちゃん、一緒に剣士として頑張ろうぜ!」
皆、思いは同じなのか、周りのプレイヤー達は率先してシュカに話しかけていた。
(シュカちゃんもみんなとワイワイできて楽しそうだな。よかったよかった)
☆
その後、勇は一団を引き連れ【駆け出しの森】へやってきた。
そこで特技や魔法の発動方法について教えてから、皆で協力しながらモンスターを狩ることに。
「シュカちゃん、さっきのでわかった?」
「うん!」
「そっか、それならよかった! ――お、ほら、あそこにモンスターがいるよ! 攻撃してみようか!」
「わ、わかった!」
「じゃあ俺と同じようにやってみて!」
勇は走り出し、現れたジャイアントラットに向かって剣を振るう。
「シュカちゃん!」
「えい!」
それに続くように、シュカはその小さな身体には似つかない剣を振り下ろす。
勇の初撃でだいぶ削れていたのか、シュカの追撃でネズミは倒れた。
「お見事! 初勝利だね」
「うん! やったあ!」
勇が褒めると、シュカは満面の笑みを浮かべ、ピョンピョンと飛び跳ねながら喜んだ。
そんなシュカのもとに他のプレイヤーが駆け寄り、次々に声を掛ける。
「シュカちゃん、すごーい!」
「やるな、嬢ちゃん! よし、俺も負けてらんないぜ!」
「シュカちゃん! どっちが多くのモンスターを倒せるか、僕と競争しよっか!」
「うんっ!」
他のプレイヤーに囲まれ、本当に楽しそうにしているシュカを見て、勇もつい顔を
(柄にもないことしちゃったけど、あの笑顔を見れたんだ。まあ、今日のところは俺も素直に喜んでおくか)
「おーい、おっさん! わりい、エアカッターの詠唱ってなんだっけー?」
「ああ、エアカッターは――」
☆
かれこれ2時間ほどが経った頃。
「おじさーん、シュカちゃんもうおねむみたい」
「そっか。シュカちゃん、今日はこの辺にしよっか。また今度一緒に遊ぼう」
「……うん。あの、おじちゃん。それにお兄ちゃん、お姉ちゃん。今日はいっぱいありがとう! 楽しかった!」
シュカは目をトロンとさせたまま、屈託のない笑顔を浮かべた。
「……俺も楽しかったよ。じゃあ、シュカちゃん。メニューウインドウを開いて、ここを押して。そうすればゲームが終わるから」
「わかったぁ。みんな、バイバイ」
「おう! また一緒に遊ぼーぜ!」
「おやすみ、シュカちゃん! またね!」
「うん、おやすみなさい。おじちゃん、本当にありがと――」
ログアウトのボタンに触れたことで、シュカはそこからスッと消え去った。
「おし、俺もそろそろ落ちるとするか。明日も朝から仕事だし」
「あ、あたしも! なんか疲れちゃった」
「ですね、僕もそろそろ……」
「そっか。みんなお疲れ様」
「おう、おっさんもな。じゃあ……っとその前に、おっさん! 俺とフレンドなってくれよ!」
「あたしも!」
「僕もお願いします!」
「わ、わかった。じゃあ俺から申請するね」
その場に居た全員からそう頼まれた勇は、順にフレンド申請を出す。
それが承諾されたことで、勇のフレンドリストに多くの名が並んだ。
「それじゃあ、俺はこの辺で。おっさん、今日は色々とありがとな!」
「ありがとうねー、さっすがチュートリアルおじさん! 色々と勉強になったよ!」
「だな! サンキューな、チューおじ! じゃ、また!」
「ありがとうございました! おやすみなさい!」
プレイヤー達は礼の言葉を述べながら、続々とログアウトしていった。
(人から感謝されるってのは、こんなにも気持ちがいいものなんだな)
一人残された勇は彼らからの『ありがとう』の言葉に浸っていた。
こんなにも多くの人から真っ直ぐに感謝の気持ちを伝えられたのは、35年の人生で初めてだ。
それにシュカが見せたあの幸せそうな顔。
(……初心者狩りなんかよりも、人の役に立つほうが楽しいかもしれないな)
勇は歩きながらそんなことを考え、【始まりの街】に到着したところでドリームファンタジーを終えた。
そうして、現実世界に戻った勇はヘッドギアを取り外しつつ、ポツリと呟いた。
「いや、でもチュートリアルおじさん呼ばわりはないだろ。なんだよ、チューおじって……」
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