第9話 激動の一日

「ここがの【駆け出しの森】かぁ! よーし、頑張るよー!」


【駆け出しの森】へと転移した途端、エレナは辺りをぐるぐる見渡しながら、楽しげな声を上げた。


「えっ? もしかしてエレナさん、ここに来るの初めて?」

「はい、そうですよ! あ、ついでにモンスターと戦うのも初めてです!」


(マジで寄生するつもりじゃん……。まあいいや、それならさっさとレベル上げさせよう)


 ドリームファンタジーでは、攻撃に参加した者に均等に経験値と金が割り振られる。

 ただパーティーを組んでいる場合は別で、攻撃に加わらなくても分配されるのだ。


 それにより、文字通りの寄生プレイが可能になる。

 彼女はそれが狙いでパーティーを組もうと言ってきたのだろう。


 だとしたら、自分が頑張って彼女に早くレベルを上げさせれば、その分早く開放してもらえる。

 そう考えた勇は剣を抜き、戦闘に備えた。


「あ、あれがモンスターですね!」


 エレナの声に反応して振り返ると、そこにはコウテイバッタの姿があった。

 バッタは炎魔法のファイアボールで一撃だ。


 故に勇はファイアボールを唱えようと手を前に伸ばした瞬間――


「氷の弾! 貫けー! アイスショット!」


 隣からエレナの声が聞こえてくる。


 見ると自分と同じように、バッタに向かって手を伸ばしていた。

 しかし、何も起きず。


「……あれ?」

「出でよ炎弾、燃えろ! ファイアボール!」


 勇はエレナのことをひとまず後回しにし、バッタに向かって火球を放つ。

 いつも通り一撃で葬ると、横からパチパチという音が耳に届いた。


「ジークさん、すごーい!」


 言いながら、エレナは拍手する。

 対し、勇は若くて可愛い女の子に褒められたというのに困惑した表情を浮かべた。


「あの、エレナさん。さっきのは一体……?」

「あ、そうだ! さっき私、氷の魔法使ったのに発動しなかったんですけど、どうしてでしょう?」

「氷の魔法……。もしかして【アイシクルショット】のことですか?」

「あっ、アイシクルショットかぁ! 間違えちゃった!」

「それと詠唱文は、『氷の弾丸、穿うがて』ですね」


 魔法は正しく詠唱を口にした上で、術名も正しく口にしないとシステムに認識されず、発動されない。

 そのため、先ほど何も起こらなかったのは当然である。


「あちゃー、全然違ってたかあ! って、そうそう。ジークさん、タメ口でいいですよ! 私のほうが年下なんですから」

「そ、そう。わかった」

「それでジークさん、氷魔法にもポイント振ってるんですか?」

「いや、俺は片手剣と炎魔法だけど……」

「え? じゃあ何で氷魔法のことを?」

「ああ、それは――」


 勇はβテストで全てのスキルを一通り試している旨を伝えた。


 ドリームファンタジーでは【始まりの街】にいるNPCに話し掛けることで、スキルポイントをリセットできる。

 それを繰り返すことで、勇は初日に行った効率のいいレベル上げを見つけ出したのだ。


「へえ、βテスターだったんですか! どうりで詳しいんですね!」

「ま、まあね」

「あ、そうだ! みんな! せっかくだし、ジークさんに聞きたいことあるー?」


 エレナは放送を見ている視聴者に向かって、そう問いかけた。

 すると、今まで以上にチャットの流れる速度が速くなる。


「ジークさん、よかったら先輩としてみんなの質問に答えてあげてください!」

「……わ、わかった」


 当然断れるはずもなく。

 勇は仕方なく、エレナの放送画面に視線をやり、その中から目についたチャットを拾うことに。


「えーっと、『斧ってどう?』。斧は一撃は大きいですが、いかんせん攻撃速度が遅いのが何とも……。隙をカバーできる味方が居てこそって感じですかね」


「『おすすめのポイント振り』ですか。うーん、この【駆け出しの森】なら炎魔法が役立ちますけど、他のエリアだとまた違うと思うので……。これといった地雷はないので、好きなの上げていっていいと思いますよ」


「次はっと『それって鉄の鎧だよな? 正直どう? 買い?』。買いですね。思っていた以上にダメージが軽減されたので。お金が貯まればすぐにでも買っていいかと」


 質問に対し、さも冷静に答えていく勇だが、その内心は緊張と焦りでいっぱいだった。

 それもそのはず、10万人もの人間に注目されているのだ。


 こんな大舞台に立ったことは、当然これまでの人生で経験したことがない。

 おかげで教えたら自分がPKしにくくなるような有益な情報まで素直に伝えてしまった。


「はい、みんなそこまで! これからジークさんは私と一緒にモンスター狩りするんだから!」


 数分の間、視聴者からの質問に答えていると、エレナがパチッと手を叩いた。


 それに対し、チャットでは――


『エレナずるいぞ! おっさんはみんなのものだろうが!』

『そうだ! まだ色々聞きたいことあるのに!』

『エレナちゃん、ちょっと今は黙ってて。なあおっさん。俺レイピアを使いたいんだけど、なんか相性いい組み合わせとかある?』

『詠唱全部覚えてんの?』


 視聴者はエレナのことなどお構いなしに、勇との会話を続けようとしている。


「むー! もうお終い! ジークさんは私とレベル上げするんだから!」


『取り敢えずエレナちゃんは一人でレベル上げてなよ』

『ごめん、エレナたん! 今だけは邪魔しないでくれ!』

『おっさん、今度俺ともパーティー組んでよ』


「ダメったらダメー! ほら、ジークさん。この辺りはもうモンスター居なそうですし、もっと奥行きましょ!」

「う、うん……」


 勇はエレナに引っ張られるようにして、森の奥へと歩いていった。


(なんなんだこれは……)



 ☆



「あ、エレナさん! 後ろ!」

「はい! 氷の弾丸、穿て!」


 エレナは振り向きざまに詠唱を口ずさみ、飛びかかってきていたネズミに手を伸ばす。


「――アイシクルショット!」


 続けて術名を口にしたことで、魔法陣から鋭く尖った氷柱がネズミに向かっていった。


 しかし、直撃してもジャイアントラットは倒れず、そのまま向かってくる。


「後は、俺が!」


 勇はそう言って飛び出し、ネズミに剣を振り下ろした。

 その瞬間、ネズミは光の粒子となって消え去る。


「ありがとうございます! あ、またレベル上がった!」

「おお、それはよかった」


 森の奥へと移動してから、勇とエレナはモンスターを狩り続けていた。


「それでどうしよっかな。このまま、氷魔法上げていっていいですかね? それとも他のと平行したほうが良いんでしょうか」

「氷魔法でいいと思うよ。8ポイントで覚えられるフリジットブレードっていう魔法が強いし」


 てっきり寄生目的だと思いきや、エレナは進んで戦闘に参加してくる。

 やる気があるとわかったことで、勇も思わず親身になってアドバイスしていた。


「そうなんですか! なら、このまま氷魔法を上げよーっと!」


 そのまま二人はレベル上げを続け、2時間ほど経ったところで――


「ふう、今日はそろそろお終いにしようかな! 明日も学校あるし」

「そうだね、ちょっと疲れてきたしこの辺で」

「はい! じゃあパーティー解散しますね!」


<パーティーが解散されました>


 勇はようやくエレナから解放された。


「じゃあ、今日はみんな見てくれてありがとう! あ、みんなジークさんにバイバイ言って!」


 エレナはそう言って、パネルを勇の前に移動してきた。


『今日は色々と勉強になったぜ! ありがとな』

『今度僕とも一緒にパーティー組んでくださいよ!』

『おっさん、お疲れ!』

『おっさん普通に良い奴じゃん。さっきは酷いこと言って悪かったな』

『ばいばーい!』


 チャット欄は好意的なメッセージで埋め尽くされていた。

 どうやら彼らの反感を買うことなく、無難にこなせたようだ。


 勇はホッと胸を撫で下ろした後、視聴者に向かって別れの言葉を述べた。


「ど、どうも! 皆さんもお疲れ様でした」

「うんうん、みんなもジークさんのこと好きになったみたいだね! それじゃあ、みんな。まったねー!」


 画面に向かって手を振りながらそう言うと、エレナはメニューウインドウを開き、放送用のパネルを閉じた。


「ふう。ジークさん、今日は本当にありがとうございました! おかげで放送も盛り上がりました!」

「ど、どういたしまして!」

「それじゃあ、私ももう落ちますね! またお会いしたら、その時はよろしくです!」

「うん、こちらこそ」

「それじゃあ、お先に失礼します。お疲れ様でした!」


 エレナは深く頭を下げたまま、スッと消え去った。



「つ、疲れた……」


 ひと呼吸置いた後、勇の口から言葉が漏れた。


 VRMMOはただでさえ脳への負担が大きく、普通のテレビゲームよりも疲労が溜まる。

 その上、10万人もの人に見られているという緊張感も相まって、勇は心身ともにクタクタになっていた。


(明日も朝からバイトだし、今日はもう寝よう……)


 そんな考えから、ゲームを終了。


 予期せぬ事態に今日もPKできなかったが、勇はどこか晴れやかな気持ちを抱いていたのだった。

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