第8話 有名配信者
翌日、夜。
「ああ、くそっ! マジでムカつく……」
バイトを終え、帰宅した勇は開口一番に声を荒げた。
今日はいつも通りハブられ、その上で他のバイトが犯したミスをなぜか自分のせいにさせられたのだ。
荒れるのも無理はない。
「こうなったら……」
勇はエナジードリンクをガブ飲みした後、ヘッドギアを装着した。
そう、このムシャクシャをゲームの中でプレイヤーキルすることで発散しようと考えたのだ。
(よし……!)
勇はヘッドギアを起動し、ドリームファンタジーの世界に旅立った。
☆
今日はもうリア充などどうでもいい。
とにかく誰でもいいからキルして、一刻も早くこのストレスを発散したい。
そんな考えからログインしてすぐ、勇は真っ直ぐに転移の魔法陣があるほうへ向かった。
街の外に移動すれば、プレイヤーキルが可能となる。
そこで目についたプレイヤーを適当に攻撃してやろうという算段だ。
しばらく歩いてようやく辿り着くと、魔法陣の前に独り言を喋っている高校生くらいの女の子の姿が目に入った。
顔の前に表示させているパネルから見て、彼女は配信者なのだろう。
VRMMOにおいて、配信者は特に珍しいものではない。
故に気にすることなく、通り過ぎようとしたところ――
「大丈夫かなぁ、私初心者だし……。え、寄生させてもらえ? でも強そうな人なんて見当たらない……あっ!」
その女の子と、ふと目が合ってしまった。
直後、その女の子はとことこと近づいてくる。
「あの、もしかして今から【駆け出しの森】に行くんですか?」
「え、ああ、うん。そ、そうだけど?」
いきなり話しかけられたことに慌てながらも、勇は答えた。
すると、その女の子は小声で「よし」と呟いてから、口を開いた。
「そうですか! なら、よかったら今だけでいいので、パーティ組んで一緒にモンスター狩りしてくれませんか?」
「……えっ?」
(いや、今寄生って聞こえたぞ……)
「お願いします! ほら、みんなもお願いして!」
女の子は言いながら、放送用のパネルに顔を向ける。
勇も釣られて、ちらりとパネルを見ると信じられないものが目に飛び込んできた。
「じゅ、10万!?」
現在の視聴者数だ。
想像を遥かに超える数字に、勇は言葉を失った。
『エレナちゃんのためにも頼むよ、おっさん!』
『お願い!』
『おっさんいいなー!』
『おっさん、わかってるよな? もし断るなら、エレナイト総力を上げて潰すが』
そのままパネルを眺めていると、目まぐるしい速さでチャットが流れてくる。
その中でも何度か目についたワード――エレナ。
「あ、あの。もしかして君が
エレナは今、最もキテると言われている現役女子高生配信者だ。
勇は彼女の放送こそ見たことはないものの、日課のネットサーフィンで存在自体は知っている。
「そだよー! 知っててくれて嬉しいなっ! それでどうですか? 私とパーティー組んでくれませんか?」
「え? あ、えっと、その……」
彼女が例の有名人であることはわかった。
確かに驚きはしたものの、だからなんだという話で勇はエレナに全く興味がない。
なので、当然断りたいところだが――
(ここで断ったら……)
エレナのファンは熱狂的なことで有名で、ガチ恋勢も多いとネットで見た。
そんな人気者である彼女の頼みを断れば、信者に何をされるかわかったものではない。
勇の答えは一つしかなかった。
「……わかりました、いいですよ」
「やったー! お兄さん、ありがとうございます! じゃあ、私からパーティーに誘いますね!」
エレナはメニューウインドウを開き、何度か指を動かす。
<【エレナ】さんからパーティーに招待されました。参加しますか?>
勇は表示されたシステムメッセージに、やむを得ず『はい』を選択。
それにより、おっさんと有名配信者による即席パーティーが誕生した。
「ありがとうございます! ジークさんって言うんですね、よろしくお願いします! ほら、みんなも!」
エレナは言いながら、パネルを勇の前に移動させた。
その画面を見てみると――
『おっさん、エレナたんのこと頼むぞ!』
『もしエレナが死んだら……わかってますよねぇ?』
『エレナたんがんばえー! おじたんもついでにがんばえー!』
『いや、どうせ役に立たないっしょ。いかにも冴えない面してるし』
様々なチャットが目に入る。
彼らの機嫌を損ねるのは色々な意味でマズい。
そう考えた勇は、とりあえず丁寧に挨拶しておくことにした。
「あ、ど、どうも。今日はよろしくお願いします、頑張ります」
『いいぞー、おっさん!』
『汚ねえ顔、映すんじゃねえよ。さっさと失せろ』
『エレナたんのこと頼むぞ!』
『おじたまー!』
『おっさん、騎士みたいな格好してるし、まさにエレナイトだな!』
中にはひどい物言いの者もいるが、どうやら大半の視聴者には好意的に思われているようだ。
それを確認できたことで勇はひとまず
「それじゃあ、ジークさん。早速行きましょー!」
「あ、はい」
その後、勇は先を歩くエレナの後をしぶしぶ追いかけ、転移の魔法陣の上に立った。
(はあ……。なんでこんなことに……)
突然の出来事に、バイトで生じた怒りはどこかに消え失せた。
代わりに厄介なことになったもんだと考えながら、勇は【駆け出しの森】へと転移するのだった。
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