第7話 二人のおじさん

「よっこらせっと」


 おじさんらしい言葉を発しながら、勇はベンチに腰を下ろした。


(さて、どうすっかなあ)


 現実世界ではもう夕方ということもあって、昼間よりも人が増えてきた。

 おかげで一人で居るプレイヤーもそれなりに見られる。


 だが一人で行動しているうちのほとんどは、お世辞にもリアルが充実しているとは思えない見た目だった。


 勇の目的は、いつもリア充達に抱かされている鬱憤うっぷんを晴らすこと。

 故に相手はリア充でなければならない。


 そこの猫背で、ボソボソと独り言を呟きながら歩いているような男ではダメなのだ。


(同志よ。健闘を祈る)


 祈るだけで、交流しようとはしないところが実に勇らしい。



 それからしばらく獲物を物色していると、


「隣、失礼していいかな?」


 横から声を掛けられた。


 視線をやると、そこに居たのは自分よりも少し歳が上であろう中年の男性。


 すらりとした体躯たいくに、キリリとしたその顔つき。

 整えられたあごヒゲがよく似合っている、まさにダンディという表現がしっくり来るようなおじさん。

 いや、オジ様だった。


「……ええ、どうぞ」


 他にも空いているベンチがあるんだから、そっちに行けよ。

 内心ではそう思っているものの、当然言える訳がない勇は承諾しながら横にずれる。


「では、失礼」


 かくして、一つのベンチにおっさん二人が横並びになった。


 一方は鉄の鎧をまとっても、まだ冴えなさが残る中肉中背のおじさん。

 もう一方はさぞかし立派に生きてきて、何一つ不自由なく暮らしているであろうイケてるおじさん。


 あまりの違いに居たたまれなくなった勇は、別の場所に移動しようと腰を浮かせた。


 その瞬間――


「あの、今少しお時間よろしいだろうか?」


 イケオジが話し掛けてきた。


「な、なんでしょう?」

「その格好からして、相当な上級者だとお見受けする。このゲームのことについて詳しいのではないだろうか?」


 辺りを見渡しても、勇ほど装備が整った者はまだ数えるほどしか居ない。

 故にイケオジが勇のことを上級者だと考えるのは、至極当然のことだった。


「ま、まあ、それなりには……」

「そうか! なら、不躾ぶしつけなお願いで本当に申し訳ないのだが、よければ私に色々と手解きしてもらえないだろうか? 何卒、頼む!」


 イケオジは勇の前に立つと、深々と頭を下げた。


「……え?」


 唐突な申し出に勇は困惑。

 すると、イケオジは頭を下げながら言葉を続けた。


「もちろん、謝礼はする! だから、どうか頼む! この通りだ!」

「え、えーっと……」


 謝礼という言葉に一瞬気を取られるが、勇にはもっと気になることがある。


 それは――


「あの、どうしてそこまで……?」


 このイケオジは、なぜここまで必死なのかということ。

 そもそも、とてもVRMMOなんか遊ばない人種に思える。


「ああ、実は夜になったら息子と一緒にプレイする約束なんだ。まだ小さいから私が色々と教えてやりたくて先に始めたんだが、いかんせん難しくてね。何せ、普段ゲームなんてやらないものだから」


 それを聞いて勇は納得した。

 愛する息子のためというならば、この必死さも頷ける。


「……なるほど、わかりました。そういうことなら、いいですよ」

「そ、そうか! 本当にありがとう! 謝礼は弾むから、そこは期待してくれ。では、頼む!」


 勇はイケオジの頼みを聞いてやることにした。


 謝礼に惹かれたというのもあるが、何よりその必死さの理由を聞いてしまったから。

 その上で断るのは、さすがに勇も忍びないと感じたのだ。


「はい。では、えっと……。すみません、プレイヤーネームを聞いてもいいでしょうか?」

「おお、これはすまない! 私はタカシという。君は?」

「タカシさんですね、僕はジークです。では色々と説明するので、メニューウインドウを開いてもらえますか?」


 タカシは「ああ」と答えながら、人差し指と中指を揃えて下に振った。

 半透明のパネルが目の前に現れる。


(よかった、チュートリアルはしっかりと聞いているみたいだな)


 さすがはだいの大人だけあって、スキップせずに説明を聞いたようだ。


「それで、スキルポイントってもう振りました?」

「いや、そのスキルとかいうのがよくわからなくてね。チュートリアルでも似たようなことを言われたんだが」


 タカシは先ほど、ほとんどゲームをしないと言っていた。

 その状態であのチュートリアルは、確かに少し難しいかもしれない。


「えっと、スキルというのは――」


 そう考えた勇は、わかりやすく説明を始めた。

 タカシはうんうんと頷きながら、真剣に聞く。


「ふむ、なるほど。色々とあるんだね。しかし、一体どれを選べばいいのやら……」

「あの、息子さんは何を選ぶか予想つきますか?」

「そうだね、多分剣を選ぶと思う」

「そうですか。なら、タカシさんは光魔法とかいいかもしれないですね。息子さんを回復してあげられるので」

「そうなのか! それなら、その光魔法っていうのにしてみよう!」


 いつにもなく親切な勇のアドバイスを聞いて、タカシは光魔法にポイントを割り振った。


 その後、装備の仕方を伝えた後、エミに教えたのと同じように回復魔法――ヒールの発動方法についてレクチャー。

 加えて転移の魔法陣の在処ありかとレベルの概要など、ゲームに関する様々なことについて説明した。


「まあ、こんなところですかね。後は遊んでいれば、そのうちわかると思います」

「そうか! いやぁ、色々とすまないな。おかげでだいぶ理解できたよ。感謝する!」

「いえ、どういたしまして!」

「ジーク君、本当にありがとう! それで約束の謝礼についてだが、どうしよう。銀行の口座番号を教えてくれれば、そちらに振り込ませてもらうが」

「はい! 口座番号は――」


 暗記していた口座番号を伝えようとしたところで、勇はあることに気付いた。


(あれ。これって規約的に大丈夫なのか?)


 ドリームファンタジーでは、利用規約でRMTリアルマネートレードが禁止されている。

 ここで謝礼として金銭を受け取るのは、たとえそれが単なる情報であってもマズいのではないか。

 そんな疑問が頭をよぎった。


 もしアウトの場合、当然アカウントがBANされてしまう。

 自分がBANされるのはとにかく、タカシがされてしまったらせっかくの息子との時間が台無しになる。


 勇は一度顔を背けて小さく溜め息を吐いてから、タカシにこう告げた。


「タカシさん、謝礼は結構です。このゲームはRMT、現金と何かを取引することが禁止されているので」

「そ、そうだったのか。しかし、それでは君がタダ働きに……」

「ああ、それは全然大丈夫ですよ。僕はただチュートリアルの内容を言い換えて伝えただけなので」

「……そうか。ジーク君、この度は本当にありがとう。では、何かこのゲームの中で特別な物が手に入ったら、それを君に譲らせてもらおう」


 それならば、何の問題もない。

 正直、タカシがレアアイテムを入手できるとは思えないが、そういうことにしておけば彼も気を遣わずに済むだろう。


「わかりました、ならそれでお願いします!」

「うむ、約束する。では、私はここらで一度離脱して、息子の帰りを待つことにするよ」

「そうですか。お疲れ様でした」

「ジーク君もな。今日は本当にありがとう。では、また」


 そう言い残して、タカシはドリームファンタジーの世界から現実へ帰っていった。


(今日はなんか大幅に予定が狂ったなぁ。……ま、でもこういうのもたまには悪くないか)


 らしくもない人助けをして、晴れやかな気持ちになった勇。

 今だけはその余韻に浸っていたい。


 そんな思いから、今日のところはリア充狩りは諦め、クエストの依頼を数個クリアしたところでゲームを終えたのだった。

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