第6話 またしても

 勇とチャラいカップルの三人は【駆け出しの森】に移動した。


 周囲には複数のプレイヤーの姿がある。

 ここでこのカップルをキルすると、正義ぶったプレイヤーが攻撃してくるかもしれない。


 そんな考えから勇はリオンの時と同様、彼らを人目につかないところへ連れていくことにした。


「じゃ、じゃあ俺についてきて」

「おう!」

「はぁい」


 しばらく歩いて人の姿が見えなくなったところで立ち止まり、勇は剣を構える。


(よぉし! やってやる、やってやるぞ!)


 気合い十分だ。


「ん? おっさんどうした?」


 チャラ男が声を掛けてくるものの、勇はそれを無視して地面を蹴る。

 そして斬り掛かろうとした瞬間――


「あ! ど、どいて!」


 木陰からコウテイバッタが現れ、チャラ男に襲い掛かろうとしているのが見て取れた。


 勇は反射的にチャラ男を押し退け、でかいバッタに剣を振り下ろす。

 すると、通常攻撃ではまだダメージが足りていないのか仕留められず、バッタから攻撃を喰らってしまう。


 だが、HPは80から79になっただけ。

 鉄の鎧のおかげか、たったの1しか減少していない。


(ふっ、雑魚がっ!)


 勇はもう一度剣を振るい、コウテイバッタを撃退した。


「お、おっさん……」

「ん?」


 声に反応してチャラ男のほうに視線をやると、彼は尻餅をついていた。

 思いのほか、強く押しすぎたようだ。


 これはマズい。キレられるかもしれない。


「ご、ごめん! モンスターが――」

「助けてくれてマジサンキューな! 全然気付かなかったぜ」


 チャラ男は勇の言葉を遮って、礼を述べてきた。

 予想外の言葉に驚きつつも、勇も言葉を返す。


「えっと、あの、ど、どういたしまして。その、大丈夫だった?」

「おう! つーか、おっさんマジつえーんだな!」

「ねー、ちょーカッコよかったんだけど!」

「なっ! おっさん、俺らにも色々と教えてくれよ!」


 チャラ男は興奮した様子で勇に迫った。


「わ、わかったよ。えっと、じゃあまずはメニューウインドウを開いて」


 勇はその勢いについ流されてしまい、二人にレクチャーすることになってしまった。


「メニューウインドウって?」


 すると、チャラ男は聞き返してくる。


 武器を持っていないことからして、恐らく装備の仕方がわからないのだろう。

 そう考えて、勇はメニューウインドウを開くように言ったのだが――


(まさかこのカップルも……)


「ねえ、君。チュートリアルって聞いた?」

「ああ、最初のやつ? もちろん飛ばしたけど」

「あたしもー。説明書とかダルくて読めんタイプだし」


 勇の予想は的中した。

 このカップルもリオンと同様、チュートリアルをスキップしていたようだ。


「はぁ……」


 どうしてチュートリアルを聞かないのか。

 だから何もわからないんじゃないのか。


 そんな言葉が喉まで出掛かったところで、勇はグッとこらえる。

 小心者であるが故、キレられると怖いからだ。


「えっと、メニューウインドウっていうのは――」


 その後、勇はリオンにした時と同じようにメニューウインドウの開き方について教えた。


 そのままスキルポイントについての説明を終えたところで――


「おし、じゃあ俺はこの大剣ってやつにすっか! やっぱ、でけー剣ってかっけーしな!」

「ならあたしは光の魔法にしよーっと。なんか味方を回復してあげられるみたいだし、かーくんを治してあげる!」

「お、じゃあ俺はエミのことしっかりと守らねえとな!」


 二人はイチャイチャしながら、上げるスキルを決めた。

 勇は腹わたが煮えくり返りそうな思いを抱くも、何とかそれを鎮める。


 引き続き、装備の仕方を教えたことでチャラ男は大剣、チャラ女は杖を手に持った。


「よし。じゃあ早速モンスターと……っと、その前に。彼女さんに魔法の使い方を伝えておかないと」

「あはは、彼女さんって。エミでいいよお」

「俺はカイトだ! おっさんならエミと同じように、かーくんって呼んでくれていいぜ」

「そ、そう。俺はジーク……いや、おっさんでいいけど。それじゃあ、エミさん。こう、手をカイト君のほうに伸ばして」


 勇はチャラ男改め、カイトに向かって手を伸ばす。

 こうして魔法を掛ける対象を選択するのだ。


「こう?」

「うん。それで癒しの光よ、の者に宿れって言ってみて」

「はーい。癒しの光よ、彼の者に宿れ! ……わっ!」


 詠唱により、手の先に魔法陣が描かれる。


「で、ヒール。って」

「ヒール!」


 術名を口にしたことで、それがトリガーとなり回復魔法が発動。

 カイトの身体が光に包まれた。


「すげー!」

「なんかできたー!」

「それでHPを30回復できるから。攻撃を喰らったら使うといいよ」

「そうなんだ! あ、じゃあ。癒しの光よ、彼の者に宿れ! ヒール!」


 エミは勇に向かって、回復魔法――ヒールを発動した。

 勇は彼女の行動に驚きつつ口を開く。


「……ん? なんで俺に?」

「さっき、かーくんの代わりに攻撃喰らってたから!」

「そ、そっか、ありがとう!」

「いいえー!」


(何だ。見た目によらず、結構良いやつらじゃん。こいつらをキルするのは、まあ辞めておいてやるか)


 もうそんな気はさらさらなかったものの、勇は改めてそう考えた。


 その後、カイトに戦い方を教え、共にモンスターを倒すこと数十分。


「あ、おっさん。今、何時かわかる?」

「んー、ちょい待ってて……16時前だね」

「もうそんな時間か。じゃあ、そろそろあいつら来るんじゃね?」

「だねー。街に戻っといたほうがいいかも」

「あ、じゃあ俺が街まで送るよ」

「え? いいのかよ、おっさん」

「うん。だいぶ奥まで来ちゃったから、二人だけだと迷うかもしれないし」


 それに、つい調子が狂ってしまったが、勇の本来の目的はPK。

 ターゲットを見つけるためにも、一度街に戻らなければならない。


(まあ、そのついでだし)


 素直になれない勇はそう考えることにした。


「マジ助かる! ほんと、色々ありがとな」

「おっさん、マジいい人! 声かけてよかった!」

「ど、どういたしまして! じゃあ行こうか」


 人から感謝を言われることなんて、もうしばらく経験していない。

 故に気恥ずかしさやむず痒さを覚えながら、勇は先導して歩みを進めた。


「――そうだ、おっさん。こういうのってSNSみたいに友達になれたりするんだろ? 友達なろうぜ!」

「なろなろー!」

「えっ? 俺と?」

「おう! せっかくだしさ!」

「……わかった。じゃあ俺から申請飛ばすね」


 彼らがフレンド申請を受諾したことで、勇のフレンドリストにカイトとエミの名が追加された。

 これで3人。

 今までフレンドなんて居なかった勇には、夢のように思えた。



 ☆



「おっさん、今日はマジでありがとな! じゃあ、またな!」

「ありがとうねー! ばいばーい!」


【始まりの街】に着いた後、チャラいカップルはそう言って去っていった。


「ありがとう、ね……」


 彼らの背中を見つつ、勇はポツリと呟く。


 これまでに感じたことのない幸福感。

 普段は黒く濁った心が、今だけは透明になったかのような気分を覚えた。


(いや、ダメだダメだ! 俺は初心者狩りをするためにこのゲームを始めたんだ!)


「よし!」


 勇は新たなターゲットを探すべく、噴水前の広場へ向かって歩いていった。

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