第4話 予想外の展開

 転移の魔法陣を使って、勇とリオンは【駆け出しの森】へとやってきた。


 わざわざ森へ来たのは、【始まりの街】ではプレイヤーキルができない仕様になっているためである。

 仮にできたとしても、勇には人前で実行する度胸もないのだが。


「へえ、こうやって移動するんですね」

「う、うん。あ、この辺りは人が多いから奥のほうへ行こうか」

「はい!」



(よし、ここなら!)


 少し歩いて人目がなくなったところで、勇は唐突に剣を抜いた。


「ほら、リオン君も武器装備して」


 さすがに丸裸の相手をいきなりキルするほど、勇も腐りきってはいない。


 故に武器を構えるように言ったのだが――


「あの、僕まだ武器持ってないですよ?」

「……えっ?」


 そんなはずはない。

 どのスキルを上げてもすぐに使えるよう、武器一式は最初からアイテム欄に用意されている。


「い、いや、持ってるはずだよ。アイテム一覧のとこ、しっかりと見てみて」

「アイテム一覧……ですか?」

「ほら、メニューウインドウの」


 リオンは訳がわからないと言いたげな困り顔を浮かべる。


(もしかして……)


「……あのさ、リオン君。まさかとは思うけど、チュートリアル飛ばしちゃった?」

「はい! なんか面倒くさいじゃないですか!」


 勇は驚愕した。

 VRMMOの経験者で基本を知っている自分ですら、βテストの時にしっかりとチュートリアルを見聞きした。


 それなのに、この少年は初のVRMMOであるにも関わらず、めんどくさいという理由だけでスキップしたのだ。

 最近の若者は説明を読むのを嫌うと聞いたことがあるが、まさかこれほどまでとは思ってもいなかった。



 この初心者ですらない少年をキルしたところで、得られるものは全くない。

 ただただ虚しさを感じるだけだ。

 かといって、ここまで連れて来ておいて、すぐに帰らせるのも何だか気が引ける。


 そんな考えから、勇は大きく溜め息を吐いた後、仕方なくリオンにこのゲームを簡単に教えてやることにした。


「リオン君。人差し指と中指を揃えて、こう下に振り下ろしてみて」


 勇がやってみせると、目の前にメニューウインドウが表示される。

 リオンもそれを真似ると、無事にパネルが現れた。


「おお、なんか出ました!」

「それがメニューウインドウだよ。アイテムの使用とかスキルの割り振りとかは、ここからできるから」

「なるほどー!」


 メニューウインドウが表示されただけで喜ぶリオンの様子に苦笑いしながらも、勇は説明を続ける。


「それで、最初はスキルポイントの割り振りをしといたほうがいいね。ほら、ここを――」


 その後、勇はリオンに各スキルの特徴について簡単に解説。

 すると、リオンは『好きなアニメのキャラが弓を使っているから』という理由で、最初のポイントを全て弓に割り振った。

 

 続いて、装備の仕方を教えると――


「おお、弓だ!」


 リオンの目の前に木製の弓――【ショートボウ】が出現。


「よし。じゃあそれを使って……お、ちょうどいいところに」


 話していると、タイミングよくジャイアントラットが現れた。


「ほら、攻撃してみて!」

「はい!」


 リオンは言われるがまま、弓を構えて矢を放つ。

 ある程度、自動でターゲットに照準を合わせてくれる【エイムアシスト機能】のおかげもあり、矢は見事に命中した。


 しかし、ダメージ量が少ないことで倒しきれず、ネズミはそのままリオンに襲い掛かった。


「――せいっ!」


 リオンを守るように勇が飛び出し、右手に握った剣で一閃。

 ジャイアントラットは光の粒子となって消え去った。


「あ、ありがとうございます!」

「うん。じゃあせっかくだし、次は特技を使ってみようか。さっき【パワーショット】って技を覚えたでしょ?」

「はい、なんかそんな感じのことが書かれてましたね」

「パワーショットって言えば、自動的に発動されるから。またモンスターが出てきたら試してみて」

「わかりました!」


 それから勇がHPやMPについての説明を行っていたところ、新たなネズミが姿を現した。


「ほら、リオン君!」

「はい! パワーショット! ――うわっ?!」


 リオンは矢を放った。

 さっきはただ身体に突き刺さっただけなのが、今度は身体を貫通する。


 しかし、それでもネズミは倒れない。

 まだダメージが足りていないのだ。


(やっぱりな)


 パワーショット一発では倒せないことを勇は知っていた。

 なぜならβ版で自身が一度試しているからである。


「ほいっと」


 倒し損ねたネズミを勇が斬ることで今回も勝利。


「あの、ジークさん! さっき身体が勝手に動いたんですけど!」

「ああ、それはね――」


 技名を口にすると、システムによる自動操縦が働いて、自動で技が繰り出される。

 そうして放った技は、普通に攻撃するよりも威力が高めに設定されているのだ。

 その分、MPを消費してしまうというデメリットがある。


 その旨を伝えた後、二人は次々に現れるネズミとバッタを協力しながら倒した。



 ☆



 30分ほど経った頃。


「――ふう、色々とありがとうございました! すみません、僕は宿題があるのでそろそろ落ちようと思います」

「そっか。お疲れ」

「はい、お疲れ様です! あの、ジークさん」

「ん?」

「さっきお金を手に入れましたけど、これって他の人に渡せたりするんですか?」

「うん、できるよ。このお金のところを押せば」


 勇はメニューウインドウを開き、右上部分に表示されているコインの部分を指で差しつつ答えた。


 NPCから武器やアイテムを購入する場合は自動的に処理してくれるが、プレイヤー間で受け渡しする場合はこの方法を取らなければならない。


「そっか、よかった! じゃあ、ジークさん。このお金全部もらってください!」

「えっ、何で?」

「色々と教えてもらったので、そのお礼です! それにそもそもモンスターを倒してたの、ほとんどジークさんですし」


 リオンは満面の笑みを浮かべてそう言った。

 その言葉に勇は思わず頬を緩ませつつ、言葉を返す。


「いや、そんなのいいよ。俺も稼がせてもらったし。街で道具とか買えるからそれに使いな」

「ジークさんがそう言うなら……。ありがとうございます! あ、それとジークさん、よければ僕とフレンド登録してくれませんか?」

「フレンド……?」


 予想だにしない申し出に、勇は思わず聞き返した。


「はい! メニューウインドウを見てる時にフレンドってあったので、そういう機能があるのかと思って」


 リオンが言う通り、ドリームファンタジーにはフレンド機能が用意されている。

 現時点では、マップに互いの位置が表示される程度の使い道しかないが。


「あるけど……。俺と?」


 これまで様々なVRMMOをプレイしてきたが、フレンドなんてものはほとんどできたことがない。

 あるのは、実況動画の宣伝目的で無作為にフレンド申請が送られてきたのを、そうとは知らずに承諾した時だけだ。


「はい、ぜひフレンドになってください!」

「……わかった。じゃあ俺から申請を送るから」


 勇は内心ドキドキしつつ、リオンに申請を飛ばした。

 それが承諾されたことで、フレンドリストにリオンの名が並ぶ。


「ありがとうございます! それじゃあ、また今度!」


 リオンは言いながら、目の前からスッと消え去っていった。


「……フレンド、か」


 初となるフレンドができたことに加え、『ありがとう』という言葉。

 勇はこれまでに感じたことのない充実感を覚え、ニヤニヤとした表情を浮かべた。


「って、俺は一体何してんだ……」


 その直後、勇は本来の目的を思い出す。

 勇は初心者狩りをするつもりでこのゲームを始めたのだ。


 つい良心が働いて、懇切丁寧こんせつていねいにアドバイスしてしまったが、それでは溜まりに溜まった鬱憤うっぷんを晴らせないではないか。


 そう考えた勇は、今度こそリア充を狩ろうと再び【始まりの街】へと戻るのだった。

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