第2話 正式リリース当日

 ヘルメット型のゲームハード――ヘッドギアを被ったいさむはそわそわとした気持ちでベッドに横たわっていた。


 そう、残り数分で待ちに待ったドリームファンタジーの正式版がプレイできるのだ。


 βテストに当選して以降、勇はバイト以外の時間ほとんどをゲームに費やした。

 純粋に内容が面白かったのもあるが、何より最大の目的である初心者狩りを成すために。



 その甲斐あって、ゲームの概要や序盤の攻略法はバッチリ頭に入っている。

 計画通りに事が運べば、自分を虐げてきたリア充達の泣きっ面を拝めるだろう。


(よし、やってやるぞ!)


 何とも哀れで道徳心に欠ける計画だが、勇の心は晴れやかだ。



 スマホで時間を見ると、時刻は12時丁度。

 正式版のプレイが可能となった。


 勇は大きく深呼吸してから目を閉じ、ヘッドギアの側面にあるボタンに触れる。

 意識が切り替わったかのような感覚を経てから、勇は再び目を開いた。


 そこは宇宙のように何も物体が存在しない空間。


 辺りを見渡していると、突然目の前に<名前を入力してください>と書かれた半透明のパネルが現れた。

 VRMMOでお馴染みの初期設定だ。


 勇は考える間もなく指を動かし、『ジーク』と入力した。

 これは勇が小学生の頃から使っている、お気に入りのハンドルネームだ。


 なお、ジークフリートから取った訳ではない。

 単純に『響きがカッコいい』という理由によるものである。


『決定』のボタンを押すと、次に表示されたのはチュートリアルを聞くかどうか。

 勇の答えはもちろん『いいえ』だ。

 β版でこのゲームのことは既に熟知している。


 本当にスキップしていいかとの表示に迷わず『はい』と選択すると、<では、いってらっしゃいませ!>と見送りの言葉が表示された。


 再度、意識が切り替わるような感覚を覚えた勇は、ゆっくりと目を開く。



 目の前に広がったのは、アニメや漫画でよく目にするようなファンタジーな街並み。

 中央には大きな噴水があり、それを取り囲むように木製のベンチがいくつか設置されている。


 ここは買い物をしたり、各エリアに移動できたりするマップ【始まりの街】だ。


 リリース直後かつ皆チュートリアルを聞いているからなのか、プレイヤーはまだ数えるほどしかいない。


 そのことに特に感想を抱くこともなく、勇は人差し指と中指を揃えて下に振り下ろした。

 直後、フォンという音と共にパネルが浮かび上がる。

 ゲームのメニューウインドウだ。

 大半のVRMMOでは、このジェスチャーでメニュー画面が開くように統一されている。


 勇は慣れた手つきで何度か指を動かすことで、メニューから【スキルポイント割り振り】のタブに触れる。

 すると、片手剣・両手剣・短刀・弓・槍・斧・炎魔法・水魔法――と、無数に項目が並んだページが開かれた。

 ページの右上には【残りポイント:5】との表記がある。



 このドリームファンタジーはスキルシステム制。

 好きな項目にポイントを割り振っていくことで、その武器や魔法を扱うのに必要なステータスが自動で付与される仕組みになっている。


 故に筋力や素早さといった、RPGでお馴染みのステータス表示は省略されている。

 あるのは現在のレベルと残り体力を示すHPヒットポイントと、術技を使う際に消費するMPマジックポイントだけだ。


(これでよしっと)


 勇は最初から保有している5ポイントのうち、3ポイントを片手剣、残りの2ポイントを炎魔法に割り振った。

 その瞬間――


<片手剣を装備できるようになりました>

<片手剣特技【ダブルスラッシュ】を習得しました>

<炎魔法【ファイアボール】を習得しました>

<最大MP5増加>


 目の前にシステムメッセージが表示される。


 その後、勇は【アイテム一覧】のページを開き、多岐にわたる項目の中から片手剣のタブを選択。

 最初から保有している【アイアンソード】を選んで装備のボタンを押すと、目の前に鉄製の剣が出現した。


 それを右手に取ると、勇はすぐさま【始まりの街】を後にした。



 ☆



 数分後。

 転移の魔法陣を経由し、勇は木々が生い茂る森――【駆け出しの森】へとやってきた。

 ここは二種類の弱いモンスターが出没する場所で、初心者のレベル上げにはまさに打ってつけのエリアだ。


 森には既に数人のプレイヤーの姿がある。

 リリースされて間もないのに、もうここにいるということは恐らくβ版経験者であろう。


 彼らと獲物を奪い合うなんて無駄な行動を避けるためにも、勇は森の奥へと進んだ。


「さて、やるか」


 ようやく人の姿がなくなったところで、勇は立ち止まった。

 その直後、木の影から巨大なバッタが現れ、そのままこちらに向かってきた。


 勇は落ち着いた様子でバッタに向けて手を伸ばし、口を動かす。


「出でよ炎弾、燃えろ!」


 詠唱により、手の先に瞬時に魔法陣が描かれる。


「ファイアボール!」


 続いて魔法の名前を発すると、魔法陣から火球が現れ、バッタに向かっていく。

 見事直撃すると、バッタはキラキラとした粒子となり、その場から消え去った。


 同時にチャリン! と、硬貨同士をぶつけたような音が頭に響く。

 金を獲得したようだ。

 ドリームファンタジーではモンスターを倒すことで金を入手でき、それを用いることで武器やら道具やらを購入できる。


(MP消費は3か。β版と変わってないみたいだな)


 視界の端に映るMPが13から10に減っていることを確認し、勇はホッと胸を撫で下ろした。

 消費MPにもしも変更がなされていれば、この計画は破綻はたんしてしまうところだったが、その心配は杞憂きゆうだったようだ。


 そんなことを考えていると、今度はこれまた巨大な二足歩行のネズミが近づいてくる。


「――ダブルスラッシュ!」


 勇はそう叫ぶと身体が勝手に動きだし、ネズミを剣で二回斬りつけた。

 直後、ネズミは先ほどのバッタと同様に、キラキラとしたエフェクトと共に消失した。


<レベルが2に上がりました>


 メッセージを見た勇はメニューウインドウを開き、【スキルポイント割り振り】のページを開く。


 そのまま今回のレベルアップで獲得したポイントを片手剣に割り振ると――


<片手剣によるダメージ5%増加>


 さらに強化がなされた。


 その後、再びMPを確認してみるとレベルアップに伴い、最大値が15に増えた上で全回復している。


「よしっ!」


 全てが上手くいっている。


 でかいバッタ――コウテイバッタは炎魔法が弱点なようで、ファイアボールで一撃。

 二足歩行のネズミ――ジャイアントラットはダブルスラッシュで一撃で倒せる。

 

 これはβ版で検証を重ねた結果、判明した事実だ。

 他武器の技や魔法の場合、一撃で倒すことはできない。


 加えて、ドリームファンタジーではレベルが上がると、その度にHPとMPが全回復する。


 それにより、一撃でモンスターを倒し、消費したMPはレベルアップの回復分で補うという無限サイクルが実現できる。

 通用するのはさすがに低レベルの間だけだが、これが現状では最高効率のレベル上げ方法だと勇は確信していた。


(この調子でガンガンレベルを上げて、後で初心者を狩りまくるぞ!)


 そんなことを思いながら、バッタとネズミを倒し続けること2時間弱。

 ジークこと勇のレベルは8まで上がっていた。

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