あるお客様
私誰 待文
あるお客様
「それでは、私の番ですね」
しんと静まり返った夏の夜。とある
その内の一人、黒いひげを
「マスター。とっておきのやつ、頼みますよ?」
別の男。長い髪を後ろで結んだ中年が、
「あれは、つい先月の出来事でした」
○ ○ ○
私は仕事柄、多種多様なお客様の接客を担当します。通勤時刻に
その日は夕暮れも
店の入り口に立てかけたプレートを「CLOSE」に返し、後は店内清掃、在り高の集計、明日のモーニングの仕込み等々、ルーティンに取り掛かります。そうです、
私は裏方の厨房に入り、カレーの仕込みを始めました。
おぉ、流石は
本題から
鳴ったんです。
入退店を知らせる入口のベルがリンと鳴りました。
ですが、それ自体ではあまり
とにかく、そのまま接客するわけにはいきません。時間外労働は
いませんでした。
誰もいなかったのです。ただ私が店の中を見に向かった時、開かれていたであろうドアがゆっくりと
それとほぼ同時に、カウンターの一席からパタと何かを開く音。見ると、カウンターに取り付けられたテーブルの上に、何故かメニュー表が開かれた状態で
裏へ向かう前に店内清掃をしますが、その段階でお客様がメニュー表などを放っておかれた物は元の位置に必ず
しばし、この状況をどう対処すべきか考えあぐねていました。
私は数分、思考のために足を止めました。
これはつまり、そういうことかと。
それからカウンター席へ静かに歩くと、メニュー表が開いた席に向けて
「ご注文はお決まりでしょうか?」
〇 ○ ○
そこまで話し、男は一呼吸をおく。
夏には似つかわしくない店内の涼やかさ。
「その時なぜ私が
やや自嘲気味な
○ ○ 〇
注文を聞くと、不思議なことにナプキンホルダーに立てかけてあったボールペンが超能力でも使われたかのように、勝手に動き始めました。
それから風に
ボールペンの先は"オリジナルブレンド"。常連である皆様方は必ず
果たして当店の味はお客様の口に合うのでしょうか。そもそも、合う口をお客様は持ち合わせているのでしょうか。そんな疑問を持つ
「かしこました。少々お待ちください」
厨房に戻り、ミルに入れたままにしていた豆を新たに取り換えた上で、細心の注意を
ですが、一度
「当店オリジナルブレンドでございます。冷めないうちにお召し上がりください」
その後、つい
それから私は足元に注意しつつ、
最初はただ姿の見えないお客様がコーヒーを
ですがよくよく注視した上で見ると、その異端さ加減にようやく納得がいったのです。
湯気が
私が提供から席を外したのはわずか三分ばかり。その間、店内からは静寂を
状況を飲み込めないままに、私は例の席へ足を運び、さらなる不可解な出来事の事後を見つけました。
コーヒーカップに入っているはずの飲み物は
数分、私は椅子の側で立ち尽くしていました。
初めての体験でしたが、如何せん事の起こりが
不思議なこともあるものだ。その言葉を結論にしてお客様が
何だろうとナプキンを広げ確認しますと、線は文字になっており、簡潔な文でこう書かれていました。
「ま たき ま す 」
○ ○ ○
「以上で、私が実際に体験した話はおしまいになります。印象が
「それで、以降その"お客様"はここへいらっしゃっるのですか?」
集まった男の一人、眼鏡に
「えぇ、閉店後に何度か」
一言でざわつくテーブルの男たち。
「ただ、あの日以降固定のメニューを注文されることはないですが。いつかあのお客様がお食事なさる
八の字に
「では、お次はあなたの番です。どうぞ」
そうしてマスターが五線譜のように指を
誰もいなかった。
〈了〉
あるお客様 私誰 待文 @Tsugomori3-0
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