厄介な同業者
唐突に現れた者達は、新人機士に配備されるスポーツウェアのような戦闘服を身に着けているが、細部に微妙な差異が見られた。
それは言うなれば、個人的な趣味嗜好に合わせてカスタマイズされた末の仕様であり、少なくとも彼等が全くの素人ではない事の証明となっていた。
恐らくは監理局側から選出された警備人員なのだろう。だが何故か女性の割合が多く、殆どが鷹音と同じか少し年下の少女達でグループが構成されていた。
その先頭に立つ一人の少年がこちらに対して訝し気な視線を向けるのを、鷹音は離れた位置からでも確かに視認していた。
その意図は分からないが、いちいち怪訝の視線を返している暇はない。鷹音は未だ無線で繋がっていた李夏に、追加人員の到着が完了した事を伝え、回線を切る。そうして無造作に右手を挙げて改めてこちらの位置を示せば、それに応じて向こうも軽く手を振り、やがてビルの屋上から軽快に飛び降りた。
十人程度の機士を引き連れて現れた少年は、ゆっくりとした足取りで鷹音の前へとやって来る。その際、その少年だけでなく、彼の背後に立つ少女達も同様に、鷹音の纏う軍服へと無遠慮に視線を注いできた。
「……すまないが」
なので鷹音はこちらから話を切り出した。
「君達が壁の修繕作業と警備に割り当てられた機士と言う認識で大丈夫かな? 餓狼種の掃討を終えたばかりなのに、わざわざ来てくれて助かる。取り敢えず二人ほど、救護要因として借りたいんだけど――」
「ちょっと」
不意に、鷹音の言葉が遮られた。
声の方へと視線を向ける。先頭に立つ少年のすぐ後ろに控えていた一人の少女が、
「なに勝手に仕切ってる訳? こうして
険の強い物言いをしながら、小柄な少女が歩み出てくる。背丈で言えば紗夜と良い勝負と言ったところか。綺麗な髪をツインテールにした少女は、鷹音を侮蔑するような物腰で言葉を続けた。
「何か見た事もない戦闘服を着てるみたいだけど、新人のくせにそんなカスタマイズしまくりの服着て恥ずかしくないの? どれだけ着飾って強がっててもね、光希みたいに謙虚に自分の強さを求めてるような人間じゃないとそう言うのは似合わな――」
「
そこで。
今度はその少女の言葉が遮られた。声の主は集団の先頭に立つ少年だった。
彼は言葉と共に手で少女を抑えると、優しい手つきで後ろに下がらせた。それと同時、柔らかく微笑んで細めた瞳を差し向ければ、栞と呼ばれた少女は僅かに頬を赤らめて大人しく黙り込んでしまった。
「ごめんな、彼女も別に悪気があった訳じゃないんだ」
こちらに向き直った彼が、少しだけ微笑みの色を変えてそう言った。
「あんたの言う通り、俺達が監理局に言われて派遣された追加人員だ。戦闘の可能性も視野に入れておくように言われていたんだが、どうやらその心配はない感じか?」
「どこからどう見てもそうよ、光希!」
と、すぐさま少年の後ろに控えた少女、栞が割り込んできた。
「こんな奴がたった一人でいたんだもん。もし本当に神屍の第二波が来てたんなら、今頃大惨事じゃない。心配して急いだのに損しちゃったわね」
そう言って栞が何故か鷹音に見下すような視線を向けてきた。
何か彼女の神経に触れるような事でもしただろうか、と鷹音は意識の片隅で考えるが、当然思い当たる節など無い。
だがまぁ、このように理由も無く突っ掛かって来る輩が機士の中に少なくない事を鷹音も知っているので、特に気にすることも無く視線を外した。
そこで先程、李夏から支機官達に対して連絡をするように言われていた旨を思い出し、左手首のラスタを起動させ、ウインドウを展開させる。
だがそこで不意に、彼に向けて差し出される手があった。
「取り敢えず、俺がこの部隊の指揮を担っている一条光希だ。あんたは?」
「……筱川鷹音だ」
爽やかな笑顔と、それと共に向けられた右手を交互に見やった後、鷹音は大人しく名乗り返し、少年の手を握った。
「さっき栞も言っていたが、確かにあまり見慣れない戦闘服だな。全部自分でカスタマイズの発注をかけたのか?」
「……いいや」
「見たところ俺と同い年か、一つ二つ年下って感じだな。俺は今年で一九になったんだが、あんたは?」
「……一八だけど」
「おっ、それなら俺の方が一つ年上だ。同年代の機士とこんなところで会えるなんて嬉しいな」
「……それは良かった」
「俺いま、年齢の近い機士を集めて新しい部隊を作ろうとしててさ。新人機士だろうが何だろうが関係なく、皆が仲良く助け合ってやっていける、そんな部隊だ。まぁ何故か見ての通り、今の段階じゃ部隊員もそこまで多くなくて、しかも女の子が多いんだけど、良かったらあんたも俺のところに――」
「その前に」
放っておけば何処までも話が続きそうだったので、鷹音は強引に言葉を遮った。
その瞬間、光希の背後に控える少女達から非難の目が発せられたが、それにわざわざ構っている暇はない。
鷹音はホロキーボードに指を走らせ、葛山に対するメッセージを打ち込みながら、少し離れた位置にある半壊した建物の辺りへ視線を向けた。
「あそこで俺の仲間が身体を休めている。すまないけれど、そちらで何人か彼女の救護を頼みたい。俺はこの場に残るよう言われているから、代わりに彼女を監理局まで安全に帰還させてやりたいんだ」
「……彼女、と言う事は、あんたの仲間は女なのか?」
「あぁ」
「そうか。そう言う事なら任せてくれ!」
光希は一つ頷いた後、すぐさま背後の少女達に指示を飛ばして二名の機士を紗夜の許へ向かわせた。
決して少なくない数で構成された部隊であるのに、その指揮系統には揺らぎが無い。その年で大したものだと、鷹音はその点に於いてのみ、ほんの少しだけ感心の色を見せた。
光希の指示を受けた二人の機士が、紗夜のいる路地へと入ってゆくのが見える。本来であれば鷹音自身で局まで帰還させてやりたかったが、全てを差し置いてこの場を離れるのは流石に気が引ける。
まぁ、何はともかく監理局へ戻れば然るべき処置を施されるだろうし、その点については心配する事もないだろう、と。
そう判じた鷹音は、やがて帰還の旨を伝えるメッセージを打ち終え、それを葛山へと送信した。
ホロブラウザを収める彼の傍らで、光希が悩むような声を上げた。
「それで、監理局側からは壁の修繕と周辺区域の警備を言い渡されたんだが、この状況……一体何から始めるべきなんだろうな」
そんな台詞を聞いて、少しだけ、鷹音は眉を顰めざるを得なかった。
光希は明らかに鷹音へ助言を求めている。だが先程の栞と言う少女の態度から察するに、彼女を始めとする部隊の少女達は鷹音が指揮を執る事を良しとしないだろう。それが仮に、彼女達が付き従う光希の意思であってもだ。
厄介な心の絡み合いを、先の一連のやり取りの中で鷹音は既に察知していた。そして同時に、何て厄介な連中を寄越してくれたんだと、監理局に対して内心で愚痴も零していた。
光希の背後に並ぶ少女達をちらりと盗み見る。彼女達はこの場に居ても緊張感のない様子で雑談を交わしていた。餓狼種の掃討を済ませ、監理局から直接の通達を受けたところを踏まえれば、全くの新人ではないのだろうが……、
鷹音は眼前の光希にさえ気付かれないよう、小さく溜息を吐いた。
「……監理局から言われたのは、追加の人員が到着し次第、バリケードの補修を最優先に行えと言うものだった。だから君達が到着するまで、俺は手持ち無沙汰なまま突っ立っておくしかなかった訳だけど」
「何だ、そうだったのか。それは悪い事をしたな。少しでも急いだ甲斐があったってもんだ」
余計な棘を立たせないよう嘘を交えて告げられた鷹音の言葉に、光希は再び爽やかな笑みを浮かべると、まずは近くに無残な形で転がる鉄網の残骸を見やった。
「となると、真っ先にやるべきはバリケードの修繕だろうが……どれも見事にひしゃげてしまってるな。取り敢えずあれらをちゃんと使えるよう元通りにする作業からしなくちゃか」
肩を竦めながら光希がそう呟けば、途端に背後の少女達から文句の声が上がった。
「何でそんな事までしなくちゃいけないの⁉ 私達は神屍を斃す機士なのよ! 光希ってば、そんな泥臭い力仕事を私達にやらせるつもりなの⁉」
中でも特に栞が強い反発の姿勢を見せた。
端からすれば充分に整って見える顔を険しく染めて、傍らの少年へと詰め寄る。その様に流石の光希もたじろぐように頬を引き攣らせた。
困った様子を見せる彼に構う事なく、栞が鷹音に指を突き付けて言葉を続けた。
「そんな誰でも出来る仕事なんか、こいつにやらせとけばいいじゃない! 光希や私達は餓狼種の群れから街の人を守った機士なのよ? こいつは招集を受けた機士の中には居なかったみたいだし、きっと最初からここでボーっと突っ立ってただけに決まってるわ! だから一人でせっせと汚らしい仕事でもさせときゃいいのよ! 少なくとも光希は監理局から期待されてる機士なんだから、自分の仕事はちゃんと選んで――」
「栞ッ‼」
と。
そこで、彼女の言葉を再び光希が遮った。
強い語気で呼ばれ、栞が華奢な体躯をびくりと震わせる。少女の名を呼んだ瞬間、光希の瞳は鷹音でさえも少し驚くほどに強靭で真摯な色を宿していた。
栞が光希をほんの少しだけ怯えを含んだ目で見上げる。
そんな彼女に端麗な顔付きの少年は一つ息を吐き出すと、栞に対して真正面に向き直り、その両肩を優しく掴んで口を開いた。
「ごめんな、急に叫んで。でも別に怒った訳じゃないんだよ。俺はただ、栞に勘違いしてほしくなかっただけだ」
「……勘違い?」
「あぁ」
光希はその貌に爽やか且つ自然な笑みを浮かべて、栞の瞳を真正面から覗き込む。
「そもそも俺は実力のある機士なんかじゃないし、もし仮に沢山の人を救う事が出来る力を持っていたとしても、それが『自分にとって都合の良い事しか選ばない行為』の免罪符にはなっちゃいけないんだ。俺達は確かに街に侵入した餓狼種から住民を救ったけど、それだけが課せられた責務じゃない。汗水を流して、ここにバリケードを作る事だって人助けの範疇なんだ」
正義感に溢れた表情を見せ、強く拳を握り締めながら、光希は続けた。
「だから俺はどんな些細な任務であっても、それが人々を救う事に繋がるのなら、全身全霊を傾ける! そうでなくちゃ、俺が機士になった意味なんてないんだからな! だから頼む。俺の勝手かも知れないが、皆で力を合わせて壁の修繕作業に取り掛かろう‼」
そんな風に光希が高らかに告げれば、彼の宣言を聞いていた少女達が感極まったかのように黄色い歓声を上げた。反発していた栞でさえも従順な姿勢を見せている。どうやらこの部隊内に於ける光希と言う少年の求心力は相当なものなのだと、鷹音は蚊帳の外にいながら改めて認識を得た。
「……お?」
光希が小さく声を上げた。彼の視線が向く方向を見れば、数名の人影が
遠ざかる人影を見送っていた光希がおもむろに口を開く。
「なんだ、筱川くんの仲間ってのは随分と若い子なんだな。身体つきも小柄だったし、もしかしたらうちで最年少の栞の方が年上なんじゃないか? それに、体を休めていると言っていたがどこか身体を悪くしてるのか? だとしたら心配だな。俺が直接連れて行ってやれば良かった……」
紗夜の身を心底案じているような声音で光希は呟いた。形の良い眉が小さく顰められている。
そんな彼の言葉に他の少女達が何か焦るような
「よし! それじゃあ俺達は一先ずバリケードの構築作業をしよう! このひしゃげたフェンスだけじゃ使い物にならないから、適当な瓦礫なんかも使って出来るだけ頑丈なものにしなきゃな。ならまずは鉄網の補修からか」
そう言って光希は率先した姿勢を見せ、最も近くに転がっていた鉄網の残骸に駆け寄った。
一辺二メートルの正方形を成すフェンスは、
それを光希は機士の膂力によって素手で持ち上げながら、軽く訝るような視線を注いだ。
「結構硬い材質で出来てるのに、何があったらこんな見事に凹んじまうんだよ。爆発の直撃でも食らったのか?」
そんな彼に倣って、他の少女達も数名ずつ分かれて他に散乱するフェンスの補修に取り掛かる。けれどやはり光希の二の舞であり、誰も作業を遂行する事が出来ない。
「ちょっと! あんたも突っ立てないで動きなさいよ!」
そんな彼等の様子を眺めていた鷹音に、栞が鋭い声を飛ばした。
鷹音は一つ溜息を吐き、重い足を地面から離して彼等の許へと歩み始める。光希の傍へ寄った後、おもむろに腰から青鉄・水脈を抜き放った。
「?」
それを見た光希が不思議そうな顔をする。だが彼に説明はしないまま、鷹音は地面に転がる鉄網へと無言で刃を振り下ろした。
量子の塊でしかない刀身は、けれど鉄製のフェンスを難無く斬り裂く。ひしゃげて折れ曲がった部分を中心にして、それは綺麗に真っ二つに両断された。
「……下手に苦労して形を直すより、こうして一度分解してから使った方が簡単な訳だけど。別に凄く頑丈なバリケードを作る必要はないんだ。あくまで簡易的なもので、取り敢えず形だけそれっぽいものを作れたら充分だよ。寧ろ大事なのは警備人員の配置の方。だからこんなものは早く終わらせて、きちんと人の振り分けを考えた方が賢明だよ」
鷹音が落ち着いた声で光希に説明をしてやると、再び栞が突っ掛かって来そうな素振りを見せた。
だがさすがに今回は周囲の少女達に制止させられた。光希が鷹音に対して感心するような表情を向けたからだ。
「なるほど、確かにその通りかも知れないな! 筱川くんは頭いいんだな!」
そう言って屈託のない笑みを見せてくる。非常に女性受けのする顔を向けられたところで鷹音が感じるものは何もないが、何故か光希の背後に並ぶ少女達が見惚れたような表情を浮かべていた。
「みんな! 複雑に変形しているフェンスは彼に倣って分解する事にしよう! くれぐれも武器の扱いには気を付けてな! もしも難しいようなら俺がやるから遠慮なく呼んでくれ!」
その指示に、各方面から統率された返事の声が上がった。
周囲の少女達が続々と腰から剣を抜く。露わになった刀身は先程まで鷹音も使用していた『
質素な装いのブラッド・ギアが、次々に容赦なく振り下ろされてゆく。そうして真っ二つになった鉄網を見て、少女達は上手く切断出来た事に喜びの表情を浮かべていた。
「……、」
何とはなしに、鷹音は射葉の言葉を思い出した。長年に渡って多くの戦闘者を見てきたであろう彼は、近年の機士の在り様に不満を抱いているようだった。
その内情を少しだけ知れた気分になり、鷹音としては僅かな同情の念を抱いてしまった。
「……近くの建物に、支機官の人達が残していった固定具と縄がある。俺はそれを取って来るから、周辺の見張りを頼んでもいいかな?」
嘆息を呑み込んで鷹音がそう告げれば、光希が自信に満ちた表情と共にサムズアップして見せた。
少女達の
(まったく、これなら自分で紗夜を連れて帰らせてば良かった……数キロ圏内の死廃領域にはもう神屍の姿は無いと言う話だし、これでは余計に厄介な面倒事を被っただけではないか……)
自分の知る三年前にはいなかったタイプの者達だなと、鷹音は光希や栞の姿を思い浮かべながらそんな感想を抱いた。
いや、いたかも知れないが、当時の鷹音は所属していた部隊の隊員以外とは滅多な事が無ければ行動を共にはしなかった。その過去が祟ってか、未だに初対面の人間と接する際はどのような態度を取ればいいのか迷う事がある上に、そもそも、余計な関係性を築こうとさえ思わない。
だから彼等との付き合いもこの場限りのものだ。そう判じて、自らの裡に蟠るもやもやとした感情を強引に消し去ろうと考えた。
――そのタイミングで。
耳元の無線端末に何処からか通信が届いたのか、小さなノイズを走らせた。
即座に声が飛び込んでくる。
『鷹音くん、聞こえますか⁉』
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