第26話
放り投げたはずの紙束は自転車カゴの中に戻っていた。
ただ戻ったわけではなく、二通の手紙と一緒に。
『大好きな康平へ』
『笑顔の素敵な親友ちゃんへ』
差出人は言うまでも無い。
手紙の内容を俺は知らなかったし、今後知ることになるだろう二人も、それを現実に起きたことと受け止めるのかどうかは分からない。
一つだけ俺から言えることは、現実だと信じられた方が幸せだということだ。
人は幸せになりたい方へと歩んでいく生き物であるからして、穂乃果の健気なメッセージも彼、彼女らは信じてくれる。きっと。
少なくとも俺の親友たちはそういう人間だ。
それ以前に康平と仲直りが出来るかどうかの方がよっぽど不安ではあるけれど。
それでも多分、大丈夫。
出来るかどうかなんてまだ考えなくていい。
仲直りしたいかどうかで考えれば良い。
俺は仲直りがしたいのだから。
駄目だったら、ちゃんと失敗を噛みしめて再トライだ。
「なあ、磯ヶ谷」
「どうしたの四ノ宮くん」
「あの日のこと憶えてる? ほら、小説ノートを拾った日のこと」
「うん、勿論だけど」
ふと思い出して、ずっと聞いていなかったことを彼女に聞いた。
肌身離さず持っていたノートのことを。
「どこで拾ったんだ?」
「あれ言ってなかったっけ?」
――堤防の上のベンチだよ。
「え……?」
間の抜けた声が漏れてしまった。
穂乃果と出会った日のことが頭の中を駆け巡り、ようやく違和感へと辿り着いた。
彼女は知っていた。
まだ誰にも見せていなかった新作、幸せとはについて。
どうして知っていたんだ。
「大丈夫、四ノ宮くん?」
「ああ、そういうことだったんだ」
記憶喪失になったのは俺じゃなかったな、穂乃果。
お前は本当に本の世界からやってきたのかもしれない。
もしもそうだったら、世界で誰も体験したことのない素敵な物語だ。
そうして素敵な彼女は教えてくれた。
――幸せとは、なろうと望まなければなれないもの。
心の何処かで俺は幸せになりたかったんだ。だから奇跡が起きたのかもしれない。
明日が楽しみになってしまうような。
誰かと寄り添いたいと思えるような。
他人の幸せを望むような。
特別で、誰よりも独りよがりな少年は強烈に青い体験をしたのだった。
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