第19話

 雨が降った穂乃果の命日は、学校の帰りに花屋で白い花束を買いそれから彼女の家へと足を運んだ。インターホンを押して待っている間、康平の表情は見たことがないくらい冷たかったのを憶えている。

 穂乃果の母親に花束を渡した時、彼女は受け取って感謝の言葉と一緒に涙を流した。その涙はきっと嬉し泣きだったのだけれど、それが返って俺の気分を落ち込ませる。

 康平だけが過去の世界に取り残されたように見えたからだ。

 彼の世界は今も、残酷で冷たいまま。

 もう一つの花束を供えに行くのは彼女が亡くなった交差点だ。そこへ向かう途中、俺は何度か穂乃果と過ごした最後の日を思い出していたのだけれど、彼女が教えてくれた言葉には間違いがあったように思う。

 間違いというより、俺の解釈に誤解があったというべきか。

 悲しい出来事をいつか思い出せなくなったとしても、後悔が自然に消えることなどありえないということだ。

 何があっても後悔という感情だけは、自分の意思で乗り越えなければならない。

 乗り越えて、いつかそれが良い思い出になれば万々歳だ。

 だから、前向きに生きろと康平の背中を押す。

 俺にそんなことが出来る保証もなかったし、自信もない。だから道中は穂乃果と磯ヶ谷から勇気をもらおうと必死に二人を思い浮かべていた。

 交差点まで歩いて康平が立ち止まり、俺は決然として彼の背中を見た。それは想像以上に高い壁のように思えて、次に恐れと激しい雨が降りかかってきたのだ。

 滾り始めていた心の炎が徐々に勢いを失っていくのを感じて、俺は消えてしまう前に心許ない勇気を振り絞る。

 康平、と。

 心の中で練習して、そのまま声に出した。けれど、振り向いた彼の顔を見て小さな火種は消えてしまったのだった。

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