第16話

俺の部屋の隣、そこが妹の部屋だ。

 照明の灯っていない廊下のひんやりとしたフローリングに正座して、俺は扉を数回ノックした。するとゲームの音が止んで扉は閉じられたままだったが返事をしてくれた。

 けれど、言葉に詰まって黙り込んでしまう。

 そしてもう一度。

「なに?」

「あ、あのな、お前に謝りたいことがあって」

「謝りたいこと?」

 先程までの勇気は何処に行ったんだと自分を問い質したい。

 けれど、それは後回しだ。

「今まで学校に行けって言ってしまったこと」

「…………」

「俺、羨ましかったんだよ。嫌がらせとかいじめに遭っても俺は我慢したのに、堂々と学校休んで家にいられるお前が羨ましかったんだ」

「だからなに?」

 明らかに機嫌の悪くなった妹の声に気圧されそうになったが、今日だけは踏み込むことにした。

「なんていうか、自分が間違ってたことに今日偶然気付けてさ。よく考えたらお前だって苦しんでるのかなって」

 やべえ、俺何言ってんだろ。

「堂々と休んでても、学校に行かなきゃならないっていう罪悪感と自分の中で戦ってるもんな。俺もどうしてこんなに苦しい思いして学校に行かなきゃ駄目なんだろうって、いつも自分の中で戦ってたから、その気持ち分かる」

「…………」

「要するに戦い方が違ったんだ。俺は泥沼の試合で、お前は勝てるときにしか試合しない賢いやり方」

「…………」

「不器用であんまし上手には言えないけど、俺はお前の味方になれるかもしれないって思うんだよ」

 あいつが今、俺の言葉をどう受け止めているのかは分からない。

 顔も見えないし。

 声も発さないから。

 でも、どう思っているかなんて全部伝えた後で考えればいい。

「父さんと母さんは学校へ行けって言うかもしれないけど、勿論あの二人も味方だ。味方だけど自分の戦い方しか知らないんだ。でもな、二人ともお前のために精神を削って悩んでくれていることは同じ。だから味方だって信じてあげて欲しい」

「…………」

「……俺は信じてる」

 いつかは自分の足で、意思で学校へ行ってくれることを。

 俺がそう願うように、母さんや父さんも同様だってことを。

 そして穂乃果や康平や磯ヶ谷のような大切な人と出会って生きて行くことを。

 幸せになれることを――信じてる。

 そうやって、自分の幸せを見つけてお兄ちゃんに教えてくれ。

「最初は明日の楽しみを見つけることから始めよう」

 横たわった沈黙は普段以上に存在感を強くしていた。

 それは妹のすすり泣く声が聞こえたからだ。

 幸せとは、誰かの幸せを願うことだ。


――その日の夜、眠ろうとしてスマホが鳴った。


 被っていた毛布を蹴飛ばして俺は堤防へと向ったのだった。

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