第12話

涼し気な白いレースの入ったワンピースの裾がふわりと揺れる。燦々と降り注ぐ陽光と鈍く輝くマンホール、俺の少し先を歩く磯ヶ谷が突然声を出して左に逸れていった。

 「さるぼぼ」とかいう赤い幼子が黒い頭巾を被ったような見た目のマスコット、視線をどこに向けてもそれがいる。道路脇には買い歩き出来る食べ物屋が軒並び、みたらし団子やら地元の牛肉を使ったコロッケなんかが多く見えた。

人通りあるこの場所は観光地なのかもしれない。混み過ぎず、とは言え、閑散としているわけでもないこの場所を俺は気に入った。

「四ノ宮くん、はい、これ」

 風景の脳内描写が捗っていたのだけれど、気が付くと磯ヶ谷の手がこちらに差し出されていて少し驚いた。こんがりと焼き色のついた団子の串を彼女は握っていた。

「さっきおにぎり食べたけど、みたらし団子食べられるよね?」

 女の子はこういうとき上目遣いでこちらを見るものだと思っていたけれど、磯ヶ谷は無表情で真っ直ぐにこちらを見ていた。無表情というか脱力感があるというべきだろうか。

 普通に考えればもっと早くに気付くべきだったのだけれど、人は常に何かしらの表情を見せている。だからこれまでの磯ヶ谷は無表情だったわけじゃない。

 疲れ切っていて表情にめりはりがないという感じだった。

 まあ、彼女の場合元から疲れ切ったような顔なのだ。

 黒髪のショートボブに整った目鼻立ちは美麗でありながら、失礼な表現が許されるのならば幸が薄そうな顔をしているとでも言おうか。

「ありがとう、うまいな」

 一口食べて端的な感想を言った。

 素人の下手な食レポをしたって仕方ないだろうから後は黙って食べた。

「何か俺の顔についてるか?」

 食べ終わって、食べている最中も磯ヶ谷はこちらの顔をずっと観察するように眺めていた。俺は思わず聞いてしまった。

磯ヶ谷は「うーん」と唸り不思議そうな顔で言った。

「何でもないよ……やっぱりそう簡単にはいかないよね」

「何か企んでるフラグ立ちまくりだけど?」

「何でもないよ、本当だよ? フラグって何のこと?」

 とぼけられてしまった。

 磯ヶ谷の目があまりに冷たいものになってしまったので、俺は追及するのをやめた。

 それからの彼女はもう何というか観光バスのガイドさんみたいだった。

「私、初めて飛騨高山へきたときにここの団子食べたんだけどおいしかったなー」

「また食べるのかよ」

 これはまだ序の口で、

「あ、ここの喫茶店は抹茶とわらび餅がとっても甘くておいしいんだよ。四ノ宮くんも食べよ?」

「ちょっと甘い物は苦手でさ」

「食べよ、四ノ宮くん?」

「は、はい……」

 木造の和風喫茶店に連れられた俺は両隣をカップルが座るカウンター席についた。カウンター席と言っても目の前には厨房に立つお姉さんではなく、外の歩行者が見える大きな窓の席だ。

 店内は冷房が効いていて涼しく、窓から入り込む陽光がぽかぽかと温かい。

 深みある土色の焼き物に運ばれてきた一つのわらび餅を両隣のカップルは分け合って食べていたけれど、当然俺たちは別々に注文した。

 意味も無く分け合った彼らはそれを思い出として一生背負っていくのだろうか。

 可哀想に、なんて思いながらきな粉のかかったわらび餅を頬張っていたのだけれど、磯ヶ谷はその間もずっとこちらを見ていた。

「美味しい?」

「まあ、美味しいかな」

 康平も連れていつかは三人で来たいと思えるくらいに美味しかった。

「甘い物嫌いでも?」

「えっと、きな粉が甘さ控えめでおいしいよな」

「良かった」

 本当は甘い物は好きだけど、格好つけていたこと嘘をついた。そのことがバレそうになって俺は慌ててフォローを入れたのだった。

 きな粉は勿論、甘い。


 三人で、康平と穂乃果と来られたら良かった。


「…………」

 本当に俺は何を考えているのだろう。

 こんなときくらい何も考えず楽しめばいいのに。

「……ねえ、四ノ宮くん」

 何も考えないなんて俺には無理だった。

 自分のしていることが時々無意味に思える瞬間がある。今も一瞬、そんな風に考えてしまった。穂乃果がいないこの世界で、自分なんかよりもよっぽど苦しんでいるはずの康平がいるというのに俺は何をしているんだと。穂乃果がいないのに俺は楽しんでいいのか、彼女の死をなかったことのようにして、笑って一日を過ごしていいのだろうか。

 穂乃果は今も死んでいることに気が付いていないのに、何も解決していないのに。

 罪悪感と焦燥が俺を苛む。

「え?」

 黒闇の中から、すうっと吸い寄せられるように意識が戻った。

 光が、音が、失われたそれらが再び流れ出した。そういう感覚だ。

 だけれど現実は、俺の思った通りに時間が止まってくれるわけではない。

 その事実に気付かせてくれたのは、磯ヶ谷の手の温もりだった。

「もう少し歩いたらお昼にしよっか」

 彼女は平然として言った。

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