第3話 素朴な疑問、からの勘違い。

 


 長い前髪の隙間から深海のような瞳を覗かせて、イアンはまるで観察するかの様に殿下を見据える。

 そしてしれっとこう言い放った。


「ナタリーから『食べて良いよ』と許可を貰っていたもので」

「それでも俺が所望したのだっ、普通は残しておくだろう!」

「それはそれは、気が回らず申し訳ありません」


 殿下の言葉に、イアンは平坦な声で謝罪する。

 しかしそこに謝意なんてものは感じない。



 だから更に殿下が声を荒げる事は最早必然だっただろう。

 更に頭に血が上ったというのが顕著に分かる様な顔で、殿下は大きく息を吸った。


 しかし。


「ところで殿下――何故わざわざこんな所に?」


 吐き出す直前に先にそう言われ、殿下の息がグッと留まる。


 何だろう、何か後ろめたい事でもあるのだろうか。

 反射的に与えられた問いに答えようとして言葉を止めた殿下の目が、今は何だか所在無さげに泳いでいる気がする。

 

「私達以外には誰も居ないし何も無い中庭ですよ? ここは」


 イアンがそう続ければ、「そっ、それは……」と言いながら殿下はまるで囲い込まれた後で何とか逃げ道を探そうとしている羊の様な感じになっている。



 そんな彼に、イアンが「あぁ」と呟いた。


「もしかして、何かご用事があってたまたま通りかかったとか……?」

「っ! そ、そうだ! 偶々だ!」


 現れた逃げ道に、殿下は素早く頭を突っ込む。

 すると、イアンは「ふむ」と考えるてこう言った。


「では、早く用事を済まされた方が良いと思いますよ。この通り残念ながらクッキーはもうありませんし、急がなければ用事が済む前に休憩時間が終わってしまうかもしれません」


 ここで得られるものはもう無い。

 イアンが親切にもそう教えてあげると、殿下は口早で「あ、あぁまぁそうだなっ」と言い、何故か私の方を向く。


「ナタリー・グランモニカ、次はすぐに寄越すんだ! 俺だって暇じゃ無いんだからなっ!」


 嫌である、絶対に。

 と、いうか。


「またここに来る予定があるのですか……?」


 そんな言葉が口から出たのは、ただの反射からだった。


 さして相手に興味があったという訳ではなく、知りたかった訳でもなく。

 所謂「売り言葉に買い言葉」……ではないが、ただ疑問に思った事を聞き返しただけである。


 

 しかし、流石に自分から聞いておいて全く興味が無い事を大っぴらに示すのも、初対面の相手に対して失礼である。

 だから一応考えて、彼が度々ここを通る理由について一つだけ思い当たった。


 そして、出した答えに苦言……というか「もう来ないでください」という気持ちを引っ付けて、そんな風に言葉を返した。


「そんなに頻繁に補修プリントを取りに来なければならないのなら、どうぞ一子爵家令嬢の私になどは構わず、殿下のお勉強をなさってください」


 そしてついでに、ニッコリと微笑んでおく。


  


 そう、私はすぐにピンと来たのだ。


 生徒達が勉強をする教室棟から、職員室などがある教師棟に繋がる渡り廊下。

 この中庭は、ソレに面した場所である。


 昼休みにここが静かなのは、昼休みに生徒は滅多に教師棟に用事が無いからだ。

 そんな中わざわざ昼休みにここを通る用事があると言うのだから、きっと『そういう理由』なのだろう、と。


「小テストで赤点の方が提出しなければならない補修プリントを受け取るなんて、放課後先生に教えを乞いにやってくる熱心な生徒の前では、恥ずかしくて中々出来ませんものね」


 その点、先ほども言ったがこの時間ならば教師棟に近づく生徒は殆ど居ない。

 午後からもまた授業があるのだ。

 生徒達はこの時間、皆大抵おしゃべりしたり息抜きしたりで忙しい。


 それに、殿下には王太子としての立場もある。

 多少面倒でも、友達付き合いを犠牲にしても、人の目を憚ってこの時間に取りに来るのは仕方がない事だろう。


(そうか。この人、評判に加えて頭も悪いのか……)


 そう思えば、ほんの少し哀れになった。



 もしかしたら同じ用事で来る他の人たちにさえ見られたくなくて、だから食事を取る前にここを通りかかったのかもしれない。


 そうだ。

 ならば私のクッキーに固執したもの、根こそぎ持っていこうとしたのも、十分筋が通る話だ。

 空腹で仕方がなかったのだろう。


(えぇー……可哀想)


 尚更哀れ感が募った。

 すると、その感情が顔に出てしまったのか、殿下は「違う!」と声を荒げる。


「えっ、違うのですか?」


 おかしいな、でも本人が言うんだから違うんだろう。


 ……ぇ、じゃぁ、一体何の用事でこんな所まで?


 そう思って首を傾げれば、彼は慌てた様に言う。


「とっ、とにかく! 分かったな?!」


 彼は何故か慌てた様にそう言い捨てると、まるで逃げるようにしてこの場を去った。

 


 嵐が去った後を眺めながら、「一体何が『分かったな?!』なのだろう。でも指摘した途端に急いで行っちゃったあたり、私の想像はやはり当たっていたんじゃないだろうか」と思い直す。


 そして出た結論が、コレである。


 きっと見栄とか色々あるのだろう。

 王族って窮屈なのね。


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