第2話 もう無いけど
彼の様子を見る限り、どうやら私のお断りは全く相手に響かなかったらしかった。
しかしそんな事よりも、私は別の所にムッとする。
「――彼は、毒見役ではなく子爵家の子息で私の友人なのですが」
私個人の心情的にも、そして公の立場的にも、その言葉はとても不快で不適切だ。
そういう意味を込めて、私は彼に言葉を紡いだ。
しかしやはりと言うべきか、それも彼には届かない。
「貴族家の子息ならば、俺の下僕で合ってるじゃないか。毒見役としての機能くらいは果たせるだろう」
おそらく気付いていないのだろう。
そんな風に私の心を逆撫でる。
その言葉に、私は思わずカチンと来た。
コイツは今、私の友人を「下僕」と言い表し、尚且つ彼を「いざとなれば簡単に切り捨てていい使い捨てだ」と言ったのだ。
だって、毒見役とはそもそもそういう側面がある仕事なのだから。
勿論「本物の毒見役は皆、簡単にポイしていい人間だ」なんて、これっぽっちも思っていない。
しかし、いくら立場が上だと言っても王族がその下で仕える貴族家の子息に対してに対して「捨て駒」発言する事は、私自身の感情面を無視してもいただけない事ではないのか。
そんな風に思わずにはいられない。
もし100歩譲って彼が『臣下』という言葉を知らずに『下僕』なんて言葉を使ってしまったのだとしても、彼はまだ殿下の臣下ではない。
将来は国や王に仕える『臣下』になるかもしれないが、殿下はまだこの国の王ではないのだ。
道理が通らない。
これは尚更、断固拒否だ。
「これは、私達2人が食べる量なのです」
「お前達はもう食べただろう。後は全て俺が引き取ってやる」
「……実はこれ、私が作った物なのです。ですからきっとそんなに美味しくありません」
「今は腹が減っているからな、どんなに不味い物でも美味しく思えるだろう」
あぁ言えばこう言う、とはきっと正にこの事だろう。
しつこい。
凄くしつこい。
それに失礼だ。
普通、「美味しく無いかも」と言ったら嘘でも「そんな事ないよ、美味しいに決まってる」とか言うでしょう。
その上、だ。
せっかくこちらが頭を使って後回しに拒否しているのに、まるで気付く気配がない。
そもそも、だ。
何で私がこんな奴に言葉の配慮をしなければならないんだろう。
いやまぁそれは相手がこの国の王子だからなんだけど、そんなただ地位があるだけのヤツに私はわざわざ気を回して、敬わねばならないのか。
そう思うと、何だかもう面倒になってしまった。
「わざわざこの様な所まで来て物乞い来ずとも、空腹ならば食堂へと向かわれたら良いではないですか」
とうとう溜息混じりにそう言えば、一応自覚はあったのだろう。
「お前に指図される謂れはない! 良いから早くソレを寄越せ!」
焦りと苛立ちを込めた言葉が、再度私に要求してくる。
そんな殿下に、私はもつ怒りを通り越して呆れてしまう。
(コイツは本当に、私のひとつ年上なのだろうか)
これじゃぁまるでら癇癪持ちな駄々っ子だ。
そもそも、この終始偉そうな感じは一体何なのだろう。
もしかしたら彼は、全てが自分の思い通りにならないと気がすまないのだろうか。
……あぁ、すまないんだろうな。
そう思えば、不意に周りからの彼の評価を思い出した。
王太子という地位にありながら、彼には良くない評価が為されている。
曰く、我儘暴君。
一部令嬢の間では「俺様な所もカッコいい」とか言われているが、特に肩書きに固執しない同性からの評判は悪い。
なるほど。
今まで私は、彼と直接話した事が一度も無かった。
それに騒々しい事は避けて通ってきたから、彼が起こしたのかもしれない数々の騒ぎもよく知らない。
しかしきっと、こういう事なのだ。
だから評判があんなにも低い。
まぁ、なまじ振り翳せる権力があるから、それが尚更彼を増長させているのかもしれないけれど。
なんて思っていると、また例のアイツが「キャン」と吠える。
「せっかくこの俺が声をかけてやったのだから、喜んで貢物を差し出すのが礼儀だろうが!」
少し頭が冷えてきた私は「一体どの口が『礼儀』などとほざいたのか」と思わず思った。
きっとコイツ、礼儀の言葉の意味を知らない。
でなければお願いの仕方だって、もう少し考えられた筈だ。
何故か1人で怒り心頭な彼に、「いい加減相手にするのも疲れたな」なんて思い始める。
(もう「お前にはやらん、とっとと帰れ」とか言ってやろうか)
そんな風に思った、その時だった。
「クッキーならもう無いけど」
言葉が声になる前に、ずっと会話に参加していなかった隣の友人がそう言った。
基本的に、彼は人との不毛な会話を嫌う人だ。
だから少し驚いて、心の中で「イアンがこういう話に入ってくるなんて、珍しい」なんて思ってしまう。
そんなだから、彼の言葉の意味を理解するまでに、少し時間が掛かってしまった。
数拍遅れて2人の間のベンチを見れば、クッキーが入っていたバスケットの中身は確かに空になっている。
邪魔者が来た時にはまだそれなりに残っていたし、その襲来以降、私が食べる暇は無かった。
という事は、おそらくイアンが1人で残りを全部食べてしまったのだろう。
「なっ?! 何故全部食べたんだっ!」
私とほぼ同じタイミングで状況を把握した殿下は、カッとなって声を荒げた。
しかし、そんな殿下を前にしても彼は至っていつも通り、冷静でマイペースである。
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