俺様殿下はお呼びでない。 〜「殿下に食べていただけるなんて光栄です!」なんて、言うわけないでしょ!〜

野菜ばたけ@『祝・聖なれ』二巻制作決定✨

第1話 そのクッキー、貰ってやろう



「そのクッキー、貰ってやろう。ありがたく思うんだな」


 そう言ってこちらに向かって不躾に出されたその右手に、手元の本から顔を上げた私は思わず「はぁー?」と声を上げそうになった。




 天気の良さと温かな陽気に、思わず口元が綻ぶ様な午後。

 ちょうど授業の合間の昼休憩を、私ナタリー・グランモニカは友人のイアンと2人、いつものように中庭のベンチで過ごしていた。


 貴族が知識や教養を学ぶこの場には、校舎内だけではなく中庭もそれ相応に整えられている。


 綺麗に剪定された木々や芝生、花壇に咲く花々。

 プロの庭師によって管理されているこの場所は、どこだって美しい。



 そんな中、ここが私達の指定席であり特等席でもあるのは、ここがあまり人気の無い場所だからだ。


 校舎の合間に出来たこじんまりとしたスペースだから花壇は無く、芝生はあるが木々も最低限で花も付かなければ紅葉もしない。

 校内の中にはあちらこちらに綺麗なベンチが設置してあり、景観の良い場所は他にもある。

 だからみんな、そちらに行く。



 しかしそれは、私達にとってはとても都合が良い。


 人通りが極めて少ないため、ゆっくり出来る。

 静けさが、心地良い。

 この時間はちょうどベンチが木陰になるし、風だって適度に吹き抜ける。

 その上、人気が無いのでいつも空いてる。


 ゆっくりとご飯を食べて、デザートを摘みながら読書をして。

 たまに、同じように隣に座る友人と、どちらともなく他愛の無い会話をする。


 そんな休憩時間を望む私なんかには、特に嬉しい場所なのだ。



 大切なので、もう一度言おう。


 私は静かで穏やかな休憩時間を過ごしたいのだ。

 なのに、突然やって来たどこぞの誰かが、いきなりデザートとして2人で食べていたクッキーを「寄越せ」と言ってきたのである。



 思わず「はぁー?」と思ってしまったのも無理無いだろう。


 だって「貰って『やろう』」って何だ。

 何故お前にやらねばならない。


 あと「ありがたく思え」って何だ。

 静かな2人の時間を邪魔しておいてその上『堂々強奪宣言』をされて、何故ありがたく思わなければならないのか。

 一体どうやったら、ありがたく思えるのか。


(頭沸いてるのかな、コイツ)


 そんな風に思わず思う。


 


 そんな心の声が現実の音声にならなかった事は、この休憩時間でおそらく1番の幸運だったのだろうと思う。


 だってコイツは、残念な事にこの国の王太子なのだ。

 もし口を滑らせたら、余裕で不敬罪に処されてしまう。


 しかし、そんな風に安堵できたのも、ほんの束の間だけだった。


「いえ、結構です」

「……何?」


 言ってしまって、思わずパシッと自分の口を押さえたくなった。

 貴族令嬢としてよろしくない所作だったし今更なのでそうしなかったが、大失言だ。

 それは機嫌悪そうに声を低くした殿下を見れば一目瞭然。


 さっきはせっかく読み込めたのに、何で本音が出てしまうのか。

 そんな風に自分の口を呪いたくなるが、ちょっと言い訳させて欲しい。

 だって仕方がないじゃ無いか。

 私は早く、静かで平穏な休憩時間に戻りたいのだ。



 しかし、そんな願いは残念ながら天には届かなかったようである。

 横柄な片眉が控えめに見てもピクリと釣り上がっている。

 

(流石にちょっと無礼過ぎたか)


 そんな風に思ったが、口に出した事はともかくとして、そう思った事自体は全く後悔していない。


 そもそも、だ。

 普段何の関わりも無い令嬢に向かって、最初に「俺に食べてもらえるなんて光栄だろう?」と言わんばかりの強奪文句を告げたのは、何を隠そう殿下の方でなのある。

 謝罪なんてするもんか。


「――殿下は今お一人でしょう? 毒味役も置かずに誰が作ったとも分からないものを食すのはお止めになった方が良いかと思います」


 不躾な言動に加え、そもそもこちらは何よりも大切に思っている『穏やかな休憩時間』を邪魔されたのだ。

 素っ気なくなってしまうのは仕方がない事だったろう。


 私は、失礼な言葉遣いにならない様にだけ注意しつつ、ニコリと笑ってそう言った。



 しかしこれで、相手も引き下がるだろう。


 だって、幾ら物腰は失礼の無い様にしていても、結局答えは「拒否」なのだ。

 不躾でも令嬢に断られて食い下がるなんて事、流石に殿下もしないだろう。

 だって階級社会に身を置く者として、そんな風に諦め悪く令嬢に詰め寄る様な真似、とっても恥ずかしい事なのだから。


 だから。


(よし、じゃぁ私はまた読書に戻って――)


 なんて、安心しながら視線を落としかけたのに、だ。


「問題ない。毒見は隣のヤツが既に済ませている様だしな」


 そう言って、あろうことか彼は手を出して「さぁ寄越せ」と要求してきたのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る