第12話 山代教授の行方

「じゃ、山代教授の奥様も…・・」


「ねぇ聞いてる?」

急に腕を掴まれて、植物からの声が途切れてしまった。

一番聞かなきゃいけない会話が聞こえなかった…。

私の思考の混乱など気づかない舞ちゃんが、少し膨らました頬で怒ったような顔を作り、それからニコニコ笑顔に変えて尚も問いかけてくる。

「ねぇ…。今からご飯食べに行こうって言ってんだけど…。

大学の近くにインド料理専門のお店が出来たんだって!

あそこのナンがすっごく美味しいらしいよ?ね?皆で行こう?」


最近の舞ちゃんは瑛太君とべったりで、一緒にランチも取っていなかったことをちょっとだけ申し訳なく感じていたらしい。

たぶんちょこっとだけだと思うけど…。


私と交信していた植物からは人の声は全く聞こえない。

もしかすると移動してしまったのかも…。


「そうだね。たまには皆でご飯食べよっか?」

出来るだけ明るい声になるように返答してから、心の中で考える。

山代教授とその奥さんはどこに連れていかれたのだろうか…。


◇◇◇


「山代教授、なんでこんな時期にあんな課題を学生に提示したんです?

少なくとも今回のプロジェクトは山代教授も納得されてましたでしょう?」


赤い口紅を薄い唇に綺麗になぞり、笑えば優しい顔になるだろう西条副事務長が、笑みを浮かべることもなく、早口にまくし立てていた。


二人が居る部屋は、一見すると、どこかのクリニックの診察室のようであるが、窓が全くない。蛍光灯の灯りが無機質な部屋を照らしているだけだった。

スチール製のデスクとイス、カーテンの無い診察台。

部屋の入口は二つで、鋼鉄で出来たドアは部屋の片側半分を覆う横開きとなっており、そこにはのぞき窓がついていた。

空調の音はしないが、空気は部屋の奥へと流れていっている。


医師が座るだろう肘掛付のイスには西条副事務長が、綺麗な足を組んで座っている。

向かいの患者が座るだろう丸イスには後ろで両手を縛り上げられた山代教授が座っていた。

部屋の天井の隅には監視カメラが赤い点滅で作動中であることを無音で主張している。


「そもそも、分子生物学の権威である教授は、今回のウイルスの開発では一番の功労者とも言うべき立場でしょう?今更良心が痛むなんてことはないと思っておりましたわ。

こんなこと申してもいけませんが、お金だって教授のご希望通りお支払いしておりますし…。」


「いや、しかし…。

このウイルスを使用すれば、地球全体の人口だって半分以下になり、その先の未来が…。」


「原因は、奥様のご懐妊でしょうか?」


四角い白黒のエコー画像を山代教授の目の前に置いた。

画像には、妊娠初期に見られる胎胞が写っている。


「何故こんなものを持っているんだ。」


「これまで不妊治療をしても授からなかったからこそ、未来がどうなってもいいと考えておられた。

けど、ご自身のお子様が授かったら、やっぱり未来は大切…とか思い直してしまったということでしょうか?」


「そう、そうなんだ。来年の春には私達の子どもが生まれるんだ。

今更とは思うが、子どものために明るい未来を残しておきたくて…。」


「それこそ今更ですわ。

このプロジェクトは日本だけでなく、各国の首脳の同意を得て開始されことはご承知の通りです。言わば世界機密事項…。

増えすぎた人口を世界的に統制し、IT化を計画的に進め、これからの食糧問題や環境問題に対応していくための、やむなき対応と考えての処置。

ですから、各国の科学者たちが試行錯誤して、知識を持ちよりどの国の人口をどこまで減少させるかまで織り込んで生物兵器ウイルス計画を立てているんでしたよね?

それを…。

教授の軽率な行動によっての情報漏洩…。

何が起きるか分からない状況…。

こちらとしてはあらゆることを考慮して対応していかなくてはならない…。

この後始末、責任をとって頂きませんと…。」


「学生なんて、どうせ深く考えることなんてしないんだから…。

あんな課題から今回のプロジェクトに考えが行き着く学生なんていやしないさ…。」


「火のない所に煙は立ちませんのよ?

教授と奥様には、今回の責任を取って頂くため…。

そう、被験者になって頂こうと思っておりますの。」


「一体どういうことだ…。」


「実際のウイルス感染による症状をみるための被験者…ですわ。

マウスだけでは分からない事って沢山ございますし…。

そう、奥様はご懐妊ということで、妊娠中の感染状況も分かりますしね。

ワクチン作成にもご協力頂きたいですし…。」


「やめろ、妻には手を出すな…。」


「教授がいけませんのよ。

変な行動をしなければ、奥様だけでも助かったかもしれませんのに…。

高い代償になりましたわね?」


「止めろ!止めてくれ!」


「あー、煩い…。

誰か薬でもやって眠らせて頂戴。

奥様はもう眠っているようだし…。

さっさと治験を始めて!」


そう言い捨てるとヒールの音を響かせて、のろのろと動く鋼鉄製のドアから西条副事務長は出て行ってしまった。

そして、彼女が出たあと、ドアが閉まるの待つかのように反対側の鋼鉄製のドアが開いた。

ドアが開くと空気が内側に強く引かれていく…。

中からは、頭から足先までを白い防護服に包み、顔全体を覆う酸素吸入がついた防護マスクを装着した二人の男性が入って来た。

手には注射器を持っている。


くぐもった声で山代教授に話しかける。


「お久しぶりです。山代教授。大人しくして下さい。

ま、暴れてもこの薬には勝てませんけどね…。」


「嫌だ、止めてくれ。

お願いだ。止めてくれ。」


泣き叫び暴れる男の身体を押さえつけ、持っていた注射器の針を男の大腿部に直角に刺す。


「あー、消毒しなかった。

ま、いっか…。」


くぐもった声は乾いた声で笑った。


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