第13話 つかの間の安息

分子生物学の山代教授の体調不良の件に関しては、学生の自宅に個別に丁寧な文章でのお詫びが届けられた。

また、大学のHP(ホームページ)にも体調不良による講義中止の告示とそれにに代わる講義取得に関する情報も提示されていた。

あーぁ。来年に単位取り直しとかありえなーい!って学生からブーイングが起きたけど、仕方ないよね?

山代教授が失踪したんじゃないかって疑惑は、全くと言っていいほど噂にもならず…。

決して私の聞き違いじゃないと思うけど、誰にも言えないまま3か月が過ぎようとしていた。


舞ちゃんと井上瑛太君は微笑ましいカップルとして、大学構内では手を繋ぎながらあるいている。

二人は、友達関係から始まったって感じなんだけど、構われたい舞ちゃんと世話好きな瑛太君は、見事にはまってしまった。

舞ちゃんを見ていると、本来ならば『うざい』って称される瑛太君の束縛が嬉しいみたい。

なんと二人はお揃いのピアスにGPS(位置情報管理システム)なんてものまで付けて、お互いの行動を監視し始めているようだ。

二人が嫌じゃなければいいけど、この報告を聞いたときは流石に私も引いたよ…。


「だって、瑛君ってばバイトが忙しくてなかなか会えないだもん…。

家庭教(家庭教師)で個人の御宅に教えに行ってるから、携帯にも出れないし…。

どこで何をしてるかって心配じゃない?

瑛君も私がどこにいるか心配だって言うし…。

私の浮気を疑うってよりも迷子が心配みたい…。」


筑波の片田舎でナビが付いている車に乗って出かけ、おまけに全寮制だから大学内は徒歩だし…外出の許可が緩い大学だけど、泊まりは原則禁止で必要時は自宅のみ可なんていう大学に所属している子が、どこで迷子になる要素があるんだ?って突っ込みは入れないでおこう。

ニコニコ笑いながら話す舞ちゃんは、今までの恋愛とは段違いの表情だし、何よりもすっごく嬉しそうだ。

始まったばかりの恋愛の中で、ベタベタに甘い関係でいたいってのも、まぁ理解しますが、私には無理だな…。


二人の付き合い方に共感は出来ないけど、舞ちゃんが幸せならいっかとも思う。


舞ちゃんの家族は仕事が忙しいお父さんと専業主婦のお母さんだけだけど、聞くところによると、二人は子どもである舞ちゃんにはあまり興味がないらしい。

洋服とかお小遣いとかは、舞ちゃんが求めれば貰えるようだけど、愛情が感じられないっていつだったか嘆いていたっけ…。


何だか無性に吉田護君に会いたくなった。


護君は、月夜の夜にだけ会える男友達だ。

舞ちゃんは『月夜の王子様』なんて勝手なネーミングを付けて冷やかすけど、私の中ではちょっと違ってる。

出会いは突然だったし、ロマンティックな雰囲気もあったけど、やっぱり相手が自分に恋愛的な好意を持っているかどうかって分かるもんじゃない?

護君が私を見る瞳の底にあるもの…、そこには『好き』っている感情というよりも『妹』っていうか『観察している』っていうか…。

違うって感じるんだ。

まるで、そう例えるなら、もう亡くなってしまった叔父さん瞳に似ているような気がするんだ。

傍に居て安心するというか、守られているみたいな…。

同じ年なのに、可笑しいよね。


護君との会話は、植物や星がメインだ。

成り立ちとか構成要素とか、ともすれば大学の講義内容について話し合うことの方が多い。

暗い森の中で、星の発生やブラックホールの理論について熱く語り合うのは、私にとって何よりも代えがたい癒しの時間になっている。

特に植物に関する情報は、有益だった。

私は植物と会話ができる…。

これは誰にも言ってないけど、護君は植物にはテレパシーの能力があるっていう逸話を本気で信じている風で、私自身が精神的に壊れかけているんじゃないかって思う不安を間接的にだけど拭ってくれた。

同じ理論で考えるならば、植物だけでなく生き物全般にテレパシー能力があるはずだって本気で語る護君の表情は怖いぐらいの勢いで…。

ちょっと笑ってしまったけどね。


つらつらと護君のことを考えていたら、舞ちゃんにほっぺをつつかれた。


「誰の事考えてたの?あやし~い…。

そうそう、夏休みはどうするの?

私達はねぇ~。海外旅行に行こうって話しているんだ。

ちょっとイタリアまで…。

うふふ。パパがね旅行券をくれてさ…。

でさ、零と二人で旅行って感じで口裏合わせてくれると有難いんだけど…。」


いたずらっ子のような表情で話す舞ちゃんが可愛かった。

頷くと、パッと笑顔になりはしゃぐ舞ちゃん…。

二人が楽しい旅行をしてくれることを心から祈った。



もうすぐ夏休みということは私の誕生日が近い…。

おじいちゃんがお祝いをしたいから帰ってこいってメールがあったし、私も帰省しなくちゃね。

久し振りにおじいちゃんの元気な生の声が聴きたい。

少しだけ里心が湧き、感傷的な気分になってしまった。





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