第9話 目覚めた兄貴

そう、それは1週間ほど前の満月の日だった。

俺は、大学のグループ課題をやるために、講義棟の教室で最強のウイルスについて討論していた時だった。

俺の携帯に一通のメールが届いたんだ。

『護が目覚めた。早く帰宅して。母』



俺にとって『ウイルス』ってwordは、トラウマにも似ている。

何にでも効果がある抗ウイルス薬があれば、俺の兄貴の眠りを覚ますことが出来るんじゃないかって思っていたから…。

俺の双子の兄貴は、原因不明のウイルスのせいで、16歳から意識が無い状態で眠ったままでいる。

正確には、眠ったままだった…。

俺たちの出生に関しては、親父があんまり詳しく話してくれないから、よくわからない部分が多いけど、何でも親父が原因での不妊治療を経た上で授かった貴重な子どもであるらしい。


親父は代々続く財閥の跡取り息子で、今は大病院の経営者だ。

病院で事務をやっていたお袋のことを見初め、周囲の大反対を押し切って結婚をするほどお袋のことが大好きで、お袋の望むことを何でもしてやりたいというちょっと情けない男だ。

お袋は、そんな親父を愛していたし、愛する人の子どもが欲しいと願う普通の女性で…。

問題があったとすれば、無精子症だった親父の方だろう。

中々妊娠しないことで二人の身体を調べた結果分かったことだけど、親父は金にモノを言わせ、無精子症でも子どもが作れる方法を探し出し、何とか俺たちを生みだすことだ出来たんだ。

ちょっといかれた親父と違ってお袋は人としても愛情が深い優しい人だけど、いやだからこそ護が16歳になって突然意識を失って倒れ、深い眠りについてしまったことを自分のせいだと思い悩んだんだ。

自分が無理に子どもを欲しがったから、そのつけが息子である護に向かってしまったのだと…。

護が眠りについてしまってからは、家中が暗くなり、お袋は心労のあまり倒れてしまった。

俺たちを生み出すために助力した科学者は、親父に呼び出されいろいろ難癖をつけられたあげく、殴られ家から追い出された…までは知っている。

でも、その後は連絡が取れなくなってしまったらしい…。

何故か、夫婦ともども、そう、家ごと爆破されたらしい…。

その科学者は、何でも生物学の権威だったらしく、護の眠りには今は特定出来ていない新種のウイルスが関係していて、それが特定できない限り治療は望めないって言っていたらしい。

らしい…ばかりだけど、切れ切れの情報しかない上に、ここには俺の憶測も入っている。

まぁ、万能抗ウイルス薬でもあれば、護のことは解決するんだろうけど、それは今の科学力じゃあ難しいらしい…。


だから、田中零っていう女の子が、俺の持論に難癖をつけてきたときは、腹が立って根拠もなく否定的な言葉で応酬してしまっていた。

彼女は何も知らないのに、きっと困惑しただろうな…。


そして、目覚めるはずのない護が目を覚ましたのだ。

何の前触れもなく、突然…。


目覚めた護は、俺が知っていた護と少し違っていた。

16歳で眠りについたはずなのに、4年前の大人しい雰囲気が全くなくなり、そう大人びた男の顔になっていた。

俺もそんな風に見えているのだろうか。

双子なのだから、きっと同じ顔なのだろうけど、鏡の中で見る自分とは違う違和感があるのを拭えなかった。

一緒に育ってきた16年間の中では、鏡を見るのと同じくらい何もかも似ていたのに…。


護が眠っている間は、親父が腕のいい理学療法士を数人雇い、身体全体の筋肉の衰えがないように訓練は受けていた。

だから、起き上がってもすぐに身体を動かすことが出来たわけだけど、その夜に護は俺のバイクを無断借用して、どこかに出掛けてしまった。

服だって俺のものを勝手に着て…。


帰宅した護を責めることなく、優しく抱きしめるお袋を見ながら、ちょっと苦い想いもしたけど、ジーンズの裾にほんの少し土が付いていたのを俺は見逃さなかった。

一体どこに出掛けていたのか…。


護は、次の日から精密な身体検査を受けた。

親父もお袋も護が心配でしょうがないらしく、異常を見つけたくて仕方ないって感じで…。

脳波やMRI、血液検査・尿検査、知能検査や学力検査、精神鑑定まで、ありとあらゆる検査の結果は、異常なし。

知能や学力の結果からは、どちらかというと普通の同じ年代の野郎どもより優秀であることも分かった。

4年間眠っていたにも関わらず、俺と同じか俺以上の知識があることも判明した。


どういうことなのだろう…。


経験するはずだった勉強も運動も全くない状態なのに、眠っていた時間に俺よりも優秀になっていたなんて…。


極めつけの一言が俺を震撼させた…。


「田中零ちゃんってとっても可愛い子だね?

翔?好きな子には優しくしないと、嫌われちゃうよ?」


何故お前が田中零を知っているんだ?

でもって、俺も知らなかった気持ちを探りてて…。

護…。お前は俺をどうしたいんだ?



この一言を聞いた俺は、自分の気持ちに気付いてしまって…グループ課題の集まりに出席することが出来ず、欠席の連絡を入れたんだ。


ヘタレだな、俺は…。





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