第7話 真夜中の森

叔父さん達が住んでいた家があった場所は、寮からそう離れていない。

だから、私は時々寮を抜け出して、叔父さんが住んでいた家の近くの森の奥深くにまで散歩をしに行っている。

叔父さんが亡くなった後すぐの時は、この付近に近寄ることさえ出来なかったのに…。

何故か森に呼ばれているような気がして…。


森の奥深くへの道は、いつも通り道らしい道もないのに、私は迷うことなく奥にどんどん行くことが出来た。

まるで、誰かに手を引かれて歩いているかのようで、それが叔父さんだったらいいのに…とか考えながら歩いていると少しも怖くなかった。


散歩は満月の夜と決めている。

明かりが必要ないからだ。

森の奥深くには、光が入ったらいけないような気がする。

ほんの少しだけ、足元が照らされていれば歩けるしね。


森の奥には、一か所だけ光が漏れている場所があって、寝ころぶにも都合がいい感じの草も生えている。

小さい頃から何故か蚊とかに無縁な私だからこそ出来るのだろうけど、舞ちゃんがこの森に入ってきたら、きっとあっちこっち蚊に噛まれて痒いって言うんだろうな…。


舞ちゃんの痒がる姿を想像して、少し笑ってしまった。

その時だった。

誰かが、この森に入って来て、真っ直ぐに私の居る場所に向かって歩いてくる音が聞こえてきた。

その足音は、ゆっくりと踏みしめるように、それでいて迷うことなく私の居るこの場所に向かって歩いて来ているようだった。


暗い森の道ならぬ道を進んできた人は、背の高い男性だった。

寝転がっている私の姿は、あちらからはよく見えているのだろう。


勢いをつけて立ち上がると、私は無意識に戦いの構えを取っていた。

誰だろう。

痴漢?いや、こんな森の奥まで来るような、もの好きもいないだろう…。


「ごめんね?嚇かしちゃったかな?

誰も居ないと思っていたから…。

お邪魔しちゃったね…。

僕は、何だか誰かに呼ばれたような気がして…。

ごめんね?」


なんだろう…。

声を聞いただけで、最初に感じた闘争本能は直ぐに無くなっていた。

全然嫌じゃない…。

寧ろ、もっと声が聴きたい…。


「君はどうしてここに居るの?

君も誰かに呼ばれたの?」


優しく話しかける声は、聞き覚えがあった。

そう、昼間にイライラした吉田翔君の声だ。


歩いて来た男性は、少年と青年の狭間にあると言ってもいい年齢…。

多分私と同い年位の…男の子だった。

髪の毛が全体的に長くて、顔が上手く見えない。

私の心の声が聞こえたのだろうか、彼は片手でサッと髪を掻き上げると、笑って見せた。

「僕、吉田護って言うんだ。

ここに座ってもいいかな?」


私から1m位離れたところを指差し、座るというよりも仰向けに転がってしまった。

何も話さないでいることが、無性に申し訳ない気がしてきて私は名乗った。


「私は、田中零。ここは私のものってわけじゃないから、そんなに気を使わなくてもいいよ…。」


「うん。でも、一人でここに居たかったんじゃないかって感じがしてね。

迷惑じゃなかったらいいんだけど…。

あー、でも疲れた…。

久し振りに歩いたよ…。」


「運動しないの?

っていうか、どこから来たの?

ここって民家は近くに無いよね?」


「ちょっと遠いかな…。

弟のバイクを無断で借りてきちゃった。

なんだか、どうしても今夜ここに来なくちゃいけない気がしてさ。」


私は自分だけが立っているのも、変な気がしてその場に座り込んだ。

彼のように寝ころぶほどに警戒心を無くすのもどうかと思うし…。


吉田護と名乗った彼は、思いっきり伸びをすると、ゴロンと転がり私の方に向いて自分の腕で頭を支えると、ちょいちょいっと私に手招きをした。

「一緒に横になって?でもって星を見よう?」

そう言うと、仰向けになって真っ直ぐ空を見上げた。


あんまりにも気持ちよさそうだったので、私も彼のように仰向けになって寝ころんでみた。

そこには、木々に囲まれた星空があった。


「綺麗…。いつも見ているはずなのに、こんなに綺麗に見えるなんて…。

吸い込まれそう…。」


「うん、綺麗だね。

でも、君の方がもっと綺麗だと思う…。

何だか言葉にすると恥ずかしいね。

本当はこんな気障なこと言いたくないんだけど…。

僕はね…。

僕は今夜、きっと君に会うためにここに呼ばれたんじゃないかな…。」


彼はそっと近づいて、私の手を握りしめた。

そして、私の方に向き直り、握っていた私の手を自分の唇に持っていくと、そっとキスをした。


「また、会えるかな?

ううん違うな…。また会いたい…。

この森で…。今度、いつ来るの?」


「多分、次の満月の夜…。」


「じゃ、僕ここで待ってるね。

また、この時間に会おうね…。」


もう一度私の手にキスをすると、手を離し、私の髪に優しく触れると、そっと立ち上がり、彼は立ち去ってしまった。


これは、夢なのかな…。

彼の足音が離れていく間、何度も頬をつねってみたけど、痛いだけだった。


えー。でもー。

今時、連絡先も教えないってあるのかな…。

自分から聞けばよかったのに、何だかあっという間の出来事で…。

現実感が全く無くて…。


狐に化かされたような気がして、その夜は寮に帰っても寝付けなかった。


でも、キスをされた手には熱い火照りが残っているようで…。

落ち着かない…。


そんな感じだったから…舞ちゃんに報告できたのは、それから1週間後だったのも仕方ないよね?

舞ちゃんからは、報告が遅いってこっぴどく怒られちゃったけど…。


何となく、自分の心の中にだけちょっとしまっておきたかったんだもん。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る