第6話 最強のウイルスとは

グループワークの時間を1週間に1回と決めて、集まることにしたため、自分自身の他の課題と被ることなく、ぞれぞれ調べることが出来たようだった。

そして、講義棟の中の小さな教室を半日借りて、私達は集まった。

それぞれが自分のPC(パーソナルコンピューター)やタブレットを持参してきていた。

ま、録音とかもできるし、ノートに活字を書くよりも、打つほうが早いもんね。

内田高志君は、携帯電話だけだったけど、その携帯でレポートを書き上げるらしいから、一番効率がいいのかもしれない。


「この世界での最強ウイルスは、ニパウィルス感染症(NIPAH)、H5N1ウィルス(鳥インフルエンザ)、マールブルグ出血熱、エボラウイルスの1つ「ZEBOV」、そして最も最強と言われているのが狂犬病ウイルスだよ。なんと致死率は99.99%…。勿論ワクチンはあるけどね。皆も小さい頃にワクチン接種受けてると思うけど…。

俺たちが『最強』って名付けるときってさ、致死率の高さだよな?」

色々と調べてきたのだろう…、吉田翔君は自分のPC(パーソナルコンピューター)を開いてまとめてきたメモを読み上げている。


「まずは、ウイルスってものを真面目に定義で考えていく必要があるんじゃね?

そもそもウイルスってさ、『核酸(RNAまたはDNA)それを包むタンパク質の外被からなる粒子』だろ?

生き物の定義を考えるとさ、反例として挙げられる代表例がウイルスじゃん。

生き物っぽいけど、『自己複製ができない』から生き物とは言えないし…。

だいたいさ、ウイルスの増殖方法は、細胞に感染して細胞内に入り込んで、細胞のエネルギーを使い、細胞の代謝系を利用してウイルスの構成成分を複製することだろ?だからウイルスは細胞への感染なしには何もできない。

確か…、そうだったよな?

ウイルスは生き物じゃないけど、増殖はする。

宿主細胞の力を借りて、宿主細胞にウイルスを合成してもらって…。

でもって、ウイルス構成成分を作って、パッケージングすれば完成になる。

1個のウイルスが宿主細胞に感染すると1,000個もの子ウイルスが生産できて…

例えば、増殖が早いインフルエンザウイルスでは、24時間で1万個くらい出来ちゃうんだよな。」


「はぁーウイルスってだけで最強じゃん?

それじゃさ、完治しにくいウイルスって言われるHIV感染症(エイズ)をかけ合わせたりしたら、最強ウイルスになるんじゃない?」

話を聞いていた舞ちゃんが横から質問を始めた。

舞ちゃんは自分が納得するまで、先に進まないっていう頑固な性格も持っている。


「治療法が確立していないウイルスを掛け合わせたら最強になるんじゃないかな…。」

横から井上瑛太君が自分の考えを話した。随分調べたようで、タブレットを酷使して記事を探している。


「治療法よりも耐性ウイルスの方が危険なんじゃないかな。」

私も自分の意見を言ってみた。

耐性ウイルスって結構怖いんだよね…。


「ウイルスが増殖するときってさ、感染した細胞の中で自分自身の遺伝子をコピーするんだけど、この時、ミスコピーが起きると遺伝子の配列が変わっちゃってウイルスの変種を作っちゃうんだよね。

ウイルスの増殖速度はものすごく早いから、ミスコピーの起こる回数や種類も、すっごく多くなるし…。

このミスコピーによって出来た多くの変種の中に、耐性をもつウイルスが紛れちゃうんだよね。

んでもって、耐性を持つウイルスは薬の攻撃をかいくぐり…。

どんどんその数を増やして、その過程でさらにミスコピーが起こり…。

さらにどんどん耐性ウイルスの種類は増えていく…。

これじゃ、人間が負けちゃうよね。」


私の人間が負けちゃうって言葉に反応したのか、少しムッとした表情で吉田翔君は、言い返してきた。

「最強の抗ウイルス薬を作ればいいだけだろう…。

最初から、負けない薬を作ればいいじゃんか…。」


何をムキになっているんだろう。

大体無理でしょう?増殖速度は物凄く早いんだからさ…。

こいつ、人の話を聞いてんのかな…。


根拠が伴わない反論に関しては、納得がいかないし腹が立つ…。

言い返したいけど、この場でやればグループの空気が悪くなるし…。


この場の空気を読むのが一番早かったのは、内田高志君だった。

「ちょっと休憩にしようぜ?

俺、飲み物を買ってきたいから…。」

そう言うと、さっと教室の後ろのドアから出て行ってしまった。

残った私達は、気まずい雰囲気の中、自分のPCやタブレットをいじりながら、それでも最強のウイルスって言う定義から離れることが出来なくて…。


ブーン、ブーン…。

誰かの携帯のバイブの音がした。


吉田翔君のだったらしい。

メールなのかな?サッと画面を見ると、急に表情が動いた。

「え?マジで?」

一言だけ呟くと急いで自分の荷物を片付け始めた。


「悪りいー。俺、ちょっと用事を思い出したから、ちょっと出るわ。

多分、今晩は寮には戻らないから…。

寮監さんには、後で連絡しとく…。

じゃ…。」


私達がぽかんとしている内に、さっさと出て行ってしまい、残された者としては、と言うか私はちょっとイライラが残ってしまった。

結論を先延ばしにするなんて、男らしくない…。


廊下で吉田翔君とすれ違ったのか、戻って来た内田高志君は、両手を広げながら教室に入って来た。

「これじゃ、グループワークにならないね?

問題を解決してから次に進めていこう。

また、来週な?」


◇◇◇


「気まずい終わり方だったけど、こういう間も必要なのかもしれないね。」

舞ちゃんが、寮に戻る道すがら話しかけてきた。

舞ちゃんって優しいな…。


私は吉田翔君の言葉に何となくイライラしていて、舞ちゃんみたく考えられない。

「零ちゃんがここまで嫌う男の子って珍しくない?」


不意に舞ちゃんが私の顔を覗き込んだ。

「さては…。恋しちゃった?」


「それは無いでしょう…。イライラしただけだよ。

何となく、話しが途中だったし、根拠が薄いじゃん?

最強の抗ウイルス薬って言うけど、それが出来ないから、世の中困ってるんだし…。

発想が突飛なんだよね…。」


「ふ~ん。ま、いっか…。

で、今夜も出掛けるの?バレないようにしてね?」


「分かってる…。気をつけるね。」


舞ちゃんだけは、私が時々夜中に寮を抜け出して叔父さんの住んでいた森に遊びに行っているのを知っている。


満月の夜だけは、何故かあの森に行きたくなるんだ。









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