第5話 グループワークの課題
分子生物学の教授から出された課題は、『脅威となるウイルスについてグループワークで調べ発表しなさい』だった。
この『脅威となる』という内容も、自分たちで定義し、感染のシミュレーションまで行うことが求められていた。
期間は8ヶ月、グループは、5~6人程度で、誰と組んでも良しという大雑把な指示の元、大学のホームページの学生掲示板に配信された。
私は、この大学で仲がいい舞ちゃんと組むことにしたのだけど、あと数人足りない…。
こんな時は、舞ちゃんに人集めを頼もう…って考えていたら、既に舞ちゃんは男の子3人を集めていた。
内田高志君、井上瑛太君、吉田翔君の3人だ。
この3人は、何故か小学校からの腐れ縁ということで、いつも固まって行動しているようで、舞ちゃんとしては「声を掛けやすい人数だったから…」という安直な理由で決めたらしい。
3人ともまずまずの顔だし?オタクっぽい感じもないし?痩せ型で背も170㎝以上でモテないように見えないけど、他のグループには呼ばれなかったらしい。
ま、その理由は直ぐに分かったのだけどね…。
自己紹介から面倒くさかったのよね。
内田高志君は、静かで静かで静か…。つまり、殆ど話をしない。
自分の名前を話したら、次の言葉を出さずに黙り込んでしまったのよね…。
井上瑛太君は、人当たりが優しくて気遣いも出来、でもってお母さん体質…。
面倒見が良すぎて、食べに行っても勝手に仕切るし、皿やコップの位置とかテーブルの掃除とか…。きっと長男だろうな…。
かなりうざい…。一緒に居たくないって言うか…食事は別にしたいレベル…。
誰かのお世話をしていないと死んでしまうとか思っているのかもしれない。
そして、吉田翔君…。
乱暴な話し方で、ぶっきらぼうなのに知識だけは、めっちゃあるって感じで、出された課題について、彼だけはもう調べて来ていた。
つまり、頭良すぎ…。
彼のレベルだと一般人は馬鹿にしか見えないだろう…。
そして態度もデカイ!
吉田翔君曰く
「この世で一番強いウイルスは、エボラウイルスじゃないかな…。
正確には、エボラ出血熱またはエボラウイルス病って言うんだけど、フィロウイルス科エボラウイルス属のウイルスを病原体とする急性ウイルス性の感染症だよ。マールブルグ病、ラッサ熱、南米出血熱、クリミア・コンゴ出血熱と並ぶ、ウイルス性出血熱の1つだけど、感染者が必ずしも出血症状を呈するわけじゃない。
ヒトに感染し、治療開始が遅れると致死率は80 - 90%だし、仮に救命できたとしても重篤な後遺症を残すこともある。毒性や致死率があまりにも高いから、感染者が自国以外に出る機会がないまま死亡してしまうこと多いからパンデミック(世界的大流行)にはなりにくいんだけど…。」
うん、聞いたことがあるな。日本以外のニュースだと結構話題に乗っている疾患だな…。
無口な内田高志君が話に割り込んで来た。
「アメリカではさ、2014年に中止となっていた、インフルエンザウイルス、中東呼吸器症候群(MERS)、および重症急性呼吸器症候群(SARS)を引き起こす、それぞれのウイルスを、『より危険なウイルスにする』ための研究が2017年に再開されたよ。
特に今回は、パンデミックを引き起こす可能性のある病原体、例えば、エボラウイルスを大気中を伝播可能とするようなウイルスの作成も含まれているし…。」
舞ちゃんが突然思いついたようだ。
「じゃあさ、今回の課題だって、既存のウイルスを纏めるんじゃなくて、こんなウイルスが作成されたら最強なんじゃないか?って感じでもいいかもしれないね…。
私達で作っちゃう?『脅威のウイルス』ってやつを」
内田高志君は、舞ちゃんの提案にうーんとボリボリ頭を搔きながら考え込み、そして言った。
「どんなウイルスだって感染拡大していくことで、突然変異種になるじゃないか…。そしたら際限なく感染は止まらずってなってしまって課題レポートは終わらないぜ?」
井上瑛太君が言った。
「じゃあさ、パンデミックが起きたことにして、世界人口の約78億人から減少率を想定して50%になった時点で、ウイルスの勝ちって感じで終了しちゃえばいいんじゃない?
WHO(世界保健機関)でもパンデミックのシミュレーションはされているよね?」
内田高志君は、もっと詳細な内容を知っていたようだ。
「WHOというよりも、詳しくは世界経済フォーラムがどこかの財団と共同研究した内容だよ。たしか、現代のあらゆるワクチンに耐性があるウイルスでSARS よりも致命的、しかも感染力はインフルエンザと同じ程度の強い伝染性を持つウイルスだったと思う…。
結構リアルだったよ。
シミュレーションでの集団感染の発生は一つの地域で小規模に始まったけど、周囲の貧困地域に広がっていって…。
その後、各地で航空便はキャンセルされ、旅行の予約は 45%減少…。
6か月後、シミュレーション上のウイルスは世界中のあらゆる地域に広がって…。
感染開始から 1年後、地球上の 6500万人が死亡…。
ウイルスの流行が、世界的な金融危機を引き起こし、株式市場は 20%から 40%下落し、世界の国内総生産は 11%急落したってまでまとめてたな…。」
舞ちゃんが小さな声で呟いた。
「リアルすぎて怖い…。」
内田高志君は、続けた。
「こういう感じなのが、『脅威となるウイルス』ってなるんだったら、俺たちにも書けるんじゃない?
すでに世界的パンデミックに関するシミュレーションも一応あるんだし…。」
吉田翔君の最後の締めの言葉で私達の気持ちは固まった。
「いっちょやりますか?
リアルな『脅威となるウイルス』課題をまとめあげて、このグループで単位最高の『S』を取りに行こうぜ!」
そう、この時は単純な発想と面白そうというワクワク感だけのノリだったんだ。
私達には、ほんとのパンデミックも感染拡大なんてことも想像できなかったのだから…。
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