第3話 理科の実験
小学校3年生の頃だったと思う。
理科の実験で虫眼鏡を使って太陽光を黒いシートに集めたことがあった。
明るい陽射しの中、6人ぐらいのグループでワイワイ言いながら実験をしたことを覚えている。
シートの色は、白やピンク、緑など様々な色があり、その中でも黒いシートが一番光を集め、焦がす程の威力を見せた。
結果としては、黒色が一番光を集めることが出来るだった。
その時、私は先生に質問をした。
「光を集める色は黒が一番いいのに、植物はなんで緑色なんですか?
黒色だったら、いっぱい光を集めて、光合成だってもっと楽に出来るんじゃないですか?」
先生はこう答えた。
「葉緑体が緑色だからだ。」と…。
「では、何故葉緑体は緑色なんですか?」
明確な回答はなく、私はめんどくさい生徒というレッテルを貼られてしまった。
叔父さんにこの問いを聞くと面白いねっと笑ってから、こう答えてくれた。
「うーん。植物はどうして緑色なのかという問いはね、実はよく分かっていないんだよ。分かっているのは、『緑色に見える理由』だけで、『緑色である理由』の答えはいまだにないんだ。
まず、この問題の最も大きな壁であるひとつの事実としてはね。『光と水で生きている植物にとって、実は、緑色という色は最も効率が悪い』ってことなんだ。
色の発生の原理から言うとね、太陽光がその物質に当たったときに、光は、『反射する光』と『吸収された光』に分かれるんだ。
『目で見える色は、反射した太陽光』だから、実は、僕たちは物質の色を見ているのではなく、『反射した光が目に入ったものを脳で感じているだけ』なのさ。
つまりね、植物の葉が緑色に見えるということは、植物が緑の光『吸収しないで反射している』から緑に見えているのさ。さらに言うと、反射した光は意識しなくともこちらに向かってくるから実は、『物体を見ているというより、反射した光(電磁波)を脳が感じているだけ』ってことになるんだよ。
ちょっと難しいかな?
『色のスペクトル』を見てみると、ご覧?真ん中に緑色があるだろう?
つまり、緑の光は『強い光』なのに、植物は太陽光の中で最も強い緑の光を『吸収していない』のさ。
不思議だろう?
僕たちは、緑を見て『美しい』って思うけど、なぜ、こんな美しい姿を保って、あるいは『自らの生存条件を弱くまでして』植物は緑色の存在として長い年月を地球で生きてきたのか、本当に謎なんだよ。
そもそも、実は、色は存在しないんだ。
どうしてその色をその色だと人間は感じるのかは、これもまた永遠の謎なのさ。
僕たちは電波とかマイクロ波とかいう『波長に色を感じている』だけで、波長に色などはついているわけでもないのに、『色』と認識しちゃうんだ。」
「人間とか植物とか、謎が多いんだね?」
「そうさ、だから僕たちは研究するんだよ。」
終始ニコニコ顔の叔父さんは、私に疑問を追求することの面白さを語ってくれた。
大きくなったら、いろんな研究をしてみたいと考え始めたのも、このころからだったと思う。
小学生の頃に感じた疑問を、担当の先生に質問しても的確が回答がないことに苛立ちを覚え始めたのもこの頃からだった。
私は、質問したい内容をはっきりと口に出すようにしていたし、回答出来ない先生を馬鹿にすることもあった。
何故小学生の問いに答えられないのか、子どもながらに不思議だったのだ。
かなり生意気な生徒であり、御しにくい子どもであっただろう。
同級生にも煙たがられた。
私が授業中に質問すると、先生たちは答につまり、授業が中断するからだ。
若い女性が先生だった場合には、泣きだすこともあった。
必然的に一人だけクラスからはみ出す形になり、友達も減り、授業中に質問することもなくなり、教室ではただ椅子に座り、教科書を読みふけるだけ…。
結果的には、授業中に熱心に教科書を読んだことでテストは常に満点を取り、家では別のことをする時間も出来、私としては特に問題はなかったのだけど…。
小学3年生の頃は、学校の自分の位置を気にすることが出来ない位に、母の病状が重くなっていた。
鬱症状が重くなっていた母は、食べることも拒み一日中座ったままの姿勢で過ごすことが多かった。食べさせると黙々と食べ続け、動かないから太り、薬を飲むとやたらとハイになり、動き回り喋り続け、痩せていった。
近くに住んでいたおじいちゃんが心配して見に来てくれていたけど、私は自分だけの力で母を救うことが正義だと思っていた。
おばあちゃんの体調が悪かったこともあり、これ以上おじいちゃんに迷惑は掛けられないと思っていたからだ。
最終的には、病状が重くなった母は入院し、しっかりとした薬の管理の元、良くなっていったけど、退院してから自殺するまでが早かった。
「頑張る!」って言葉の重みを知らないまま、「頑張って!」と励ましていた自分…。
母の目には、私は何色に見えていたのだろうか。
今となっては聞けない問いだ。
願わくば、母にとって好きな色であってほしい。
母が私に反射させてみていたものが、母にとって優しいものであればいいのに…。
母の葬式の時にこの話を叔父さんにしたら、叔父さんは涙を溜めて返してくれたっけ。
「零、お前は僕たちの光だよ。きっと涼子、お前の母親だってそう感じていたと思うよ。
決して自分を責めちゃいけない。
涼子には涼子の生き方や考え方があったのだから…。」
肩を優しく撫でててくれた叔父さんの手は温かく、母が亡くなった悲しみを癒してくれた。
その叔父さんももういない。
だめだめ…。
暗くなっちゃいけない。
私は、私の好きな勉強を思いっきりできるんだから…。
調べたいって思っていた生物基礎のテキストにもう一度目を戻し、活字を追う。
目の端には、人間の形のような幹をしたガジュマルが映っている。
何気なく目線を向けると、陽気に話しかけてくる。
「今日は、天気がいいよな?
少し散歩に出掛けろよ!気分転換も必要だぞ…。」
観葉植物は何故かお喋りさんが多い。
道端の大きな銀杏の木などは寡黙で、こちらから話しかけなければ決して口を開くこともないのに…。
何だか叔父さんのことを想い出してばかりで、勉強に身が入らないって感じがして私は寮の部屋から散歩に出た。
爽やかな春風が吹いていた。
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