第2話 不思議な力

生命科学を研究していた叔父さんは、とても変わった人だった。

ダーウィンの進化論を真っ向から否定し、この地球の種の起源がどこにあるのか研究することを生きがいに感じている人だった…と思う。

アメリカの AFP 通信社の特報記事として報じられたもので、日本語では全く報道されなかった記事について、興奮しながら話す叔父さんの言葉を今も覚えている。


「現在地球にいる大半の生物が地球上に登場したのは、10万年〜20万年前の間だったってことがわかったんだよ。ダーウィン進化論の全否定だよ。そして、その中間種は存在しない。つまり、この地球の生物の 90%以上はそれ以前への遺伝子的なつながりがないということで、もっといえば、地球のほとんどの生物は 20万年前以降にこの世に突如現れたって言えるんだ。凄いだろう?」


叔父さんの興奮が続く。


「アメリカ政府が運営する遺伝子データバンクに集められた 10万種の生物種の DNA と、500万の遺伝子断片である DNA バーコードと呼ばれるマーカーを徹底的に調べ尽くて分かったことなんだ。でも、世界では全く注目されていない…。

僕はね、ここのところを調べているんだ…。」


きらきらした目で語る叔父さんは、まるで少年のように幼い笑顔で頬を赤くして笑い、生き生きとして嬉しそうだった。


「この答えを理解するには、 DNA バーコーディングを理解しなければならないんだ。動物には 2種類の DNA があってね、核 DNA とミトコンドリア DNA って言ってさ…。

すべての動物はミトコンドリア内に DNA を持っている。ミトコンドリアって言うのはね、エネルギーを食物から細胞が使用できる形に変換する各細胞内の小さな構造体なんだ。この細胞の小器官ミトコンドリアは 37種の遺伝子を含んでいて、そのうちの 1つが COI (シトクロームオキシダーゼサブユニット)遺伝子として知られてでね、これが DNA バーコーディングを行うために使用されるんだ。

ミトコンドリア DNAにはすべての動物が持つ共通の DNA 配列が存在する。この共通の DNA 配列が比較のための基盤を提供するのさ。

でね、今回の研究者たちは、10万種の生物において、このDNA バーコードを解析したんだよ。

その結果、現在の地球上に生存しているうちの圧倒的多数の種が、ほぼ同じような時期にこの地球に出現したって分かってさ…。

でもって、その理由は一体何なのだろうって思う訳さ。」


叔父さんは遠い目をすると溜息をついた。

頭をぼりぼりと掻いて…、突然何かを考えて無言になる…。


私は幼くて、その時の叔父さんが話していることの大半が理解出来なかったけど、すごい発見があったのだと感じたのは確かで、自分でも調べてみたいって思ったんだ。


叔父さんは、植物のことを調べることも好きだったようだ。


「新しい研究によるとね、地球の植生地の 4分の1から半分は、主に大気中の二酸化炭素レベルの上昇により、過去 35年間で著しい緑化を示していることがわかったんだ。

植物の葉っぱはね、光合成で太陽光からのエネルギーを使用して、大気から吸い込まれた二酸化炭素を、地面から取り出された水と栄養素と化学的に結合させ、地球上の生命の食物、繊維、燃料の主な源である糖を生成するんだ。

二酸化炭素濃度の増加は、光合成を増加させ、植物の成長を促進すると言われている。

毎年、人間の活動から地球の大気中に放出される炭素の量は 100億トン位だけど、その炭素の約半分は、その領域で海洋と大地の植物に一時的に貯蔵されるんだ。

報告によると1980年以降、陸上での炭素吸収量の増加、つまり植物生息域の増加が報告されているのさ。

大気中の二酸化炭素濃度の上昇は植物にとって有益だけど、気候変動の主な原因にもなってしまう。地球の大気に熱を閉じ込めるガスは、石油、ガス、石炭、木材の燃焼により、地球が工業時代に入って以来、増加していてね、かつて見られない濃度に達し続けている。気球温暖化って言葉知っているかな?

気候変動の影響には、地球温暖化、海面上昇、氷河と海氷の融解、さらに厳しい気象現象が含まれているんだけど、工業化の増大の中で、植物がどんどん増えているんだよ。これって面白くないかい?」


くすくす笑いながら叔父さんは、私の鼻を人差し指で押した。


「皆が地球温暖化が悪いって言ってるけど、植物にとっては有難い現象なんてさ…。

誰も教えてくれないよね?」


私は目を閉じて心の中の声を出した。

「ねえ?緑の葉っぱさん達は、どう思う?」


『難しいこと、わっかんなーい。

でも、どんどん息がし易くなっている感じー。

いいんじゃない?私達が住みやすくなるんだから…。』


私が緑色の植物たちと心で話しをしていることを知っている叔父さんは、少し間を置いて尋ねてくれた。


「どう?はっぱさん達は、なんて答えたの?」

「うーん。分かんないけど、息がし易いって言ってた」

「そう。じゃ、地球温暖化は植物にとってはいいのかもね?」

「私にも分かんない…。」


くすくす笑いながら、私を抱き上げる叔父さんは、上機嫌だった。

私が植物と話が出来ることを知っているのは、叔父さんだけだったし、それを誰にも言ってはいけないことだと教えてくれたのも叔父さんだった。


いつもは叔母さんと手を繋いだまま話す叔父さんは、私と森の奥深く散歩するときだけは、私と手を繋いでくれた。

緑色がどんどん深くなっていく森の奥は、道らしい道もないのに、二人で歩くと平坦で歩きやすく、どんどん走りたくなるほど心が浮き浮きする道だった。

まるで、私達二人が来るのを喜んでいるような…。


森の木々たち全てが私に話しかけてくる。

『毎日楽しくしてるかい?』

『困ったことはないかい?』


聞かれることは叔父さんが私に聞くことと同じで、言葉も優しくて、元気を貰えるような気がした。


森の奥深くにある、大きな木には幹の真ん中がくりぬかれたような穴が開いている。

叔父さんは、私と繋いだ手をこの幹に当てて、静かに話しかける。

いつも同じ言葉だったと思う。


「会いたかった…。元気だったかい?

僕たちは元気に暮らしているよ。心配いらないよ。」


この木は、誰よりも優しい声がしていた。

『会いたかった…。

元気そうで、良かった。

零…。大きくなったわね…。』


大きな木からの返答もほぼ同じだったと思う。


私はいつも優しい気分になって、散歩を終えていたような気がする。

植物と話が出来る力を不思議と思うこともないまま…私は幼少期を過ごしたと思う。


私が何にでも前向きに物事を考えられるのは、きっと植物のお陰だと思うんだ。

だって、植物の皆さんはいつだって朗らかで優しい言葉を使って話しかけてくれる…。

だから、いつだって、私は一人じゃないって感じるんだ。

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