僻地で始める産業革命

マイハル

第一話

「君は本当によくやってくれたよ、清水君。これでわが社はとうとう業界トップに立った。君の取締役就任は役員一同全会一致で認められた。おめでとう。これで君も私の同僚だ」

「いえいえ、冴羽さんの社内外のパイプのおかげですよ。協力、誠にありがとうございます」


ここは東京千代田区、東京駅のほど近くにある高層ビルの高層階。昨今の景気悪化の中でも高い業績を保ち続ける外資系企業のバーウッド&スミスター商事の会議室。


日本最大級の鋼業会社である葭葉よしば鐡工との大口契約を取り付けた営業部長、清水正人とその上司であり取締役の冴羽誠が会議室の椅子に腰かけ、これからの展望を話していた。


さてここで読者の皆様に悪いお知らせといいお知らせがある。悪いお知らせは清水の企業と取引先が覚えにくい名前だということ。そしていいほうのお知らせは、もう覚えなくていいことだ。


二人の会議はド深夜ごろまで続き、見事に終電を逃した正人と誠。仕方なく夜行バスに乗るためゴルフ場沿いの国道をのんびりと歩いていると、草むらから何かが飛び出した。


「あれ?冴羽さん、あれって…」

「あぁ…小熊だな」


呆然としているふたりの面前で、小熊は側溝に落ちて動けなくなってしまった。


「…助けるか」

「ですね」


鞄を道のわきに置き、警戒されないように近づき引っ張り上げようとするも小熊は意外に重い。助け上げようとしているのがわかっているのか暴れないのが幸いか。


しかし必死の形相で小熊を抱え上げている二人の間では、ある危機感が共有されていた。


(冴羽さん、俺嫌な予感がものすごくするんですが)

(同感だな。俺もだよ…小熊が居るってことは…)

(えぇ、そういう事になりますね)


二人の予想は見事的中。ガサガサという音とともにどでかいツキノワグマが飛び出してきた


「「熊だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」


鞄も何もかも放りだして全力ダッシュする冴羽と清水、そしてそれを追いかける熊。小熊は親を止めようとしてくれているようだが体のサイズが違い過ぎるせいで焼け石に水。数十秒で追いつかれ、清水は熊に捕まった。(冴羽はすでに側溝に落ちて重体)


「グガッ…ゴフッ…ゲッホゲホゲホ…クソが…内臓やられたか…冴羽さん…おふくろ…すま…ん…」


熊に腹をかみ砕かれ、倒れながらも遺言に謝罪を残し、血を吐きながら清水の意識はそこで沈んだ。




「んぁ…どこだここ?確か俺は熊に…」


幾日、幾週、幾月の後、清水の意識は再び覚醒する。目覚めたところは白亜のギリシャ風の大神殿。小学校だか中学校で習った様式の柱が何本も何本も立っている。


その中央に、大理石製のようなデスクと、そこに座って書類に何かを書き込んでいる灰色の髭を盛大に蓄えた大柄の老爺が一人座っていた。


老爺は清水に気が付くと、待ちくたびれたかのように


「やっとこっちに来たか貴様。お前は幸運属性でも持っとるんか?さんざんいろいろ仕掛けたのにもかかわらずにまったく死んでくれん…お前のその神すら退ける豪運は何なんじゃ?」


と心底億劫そうに言った。


「ちょっと待て。仕掛けたってことは…まさか幼稚園の頃に風呂で滑っておぼれそうになったのも?」

「ワシじゃ」

「小1のころ遠足のバスが崖から落ちそうになって踏みとどまったのも?」

「ワシじゃ。」

「小6のころ奈良修学旅行で新幹線が脱線したのも?」

「ワシじゃ。」

「…もしかして最近ソシャゲのガチャ運が死ぬほど悪いのも?」

「間接的にはワシのせいじゃな。運使い切ったんじゃろ」


そこまでの質疑応答を終えたのち、唐突に黙りこくった清水は


「なんじゃなんじゃそんな唐突に黙りこkヘブシッ」


神(自称)の顔面にリーマン人生とその他諸々を込めた渾身の右ストレートを叩き込んだ。



さてここで問題だ。


エリートコースを順風満帆に進み、取締役に手が届こうというところで理不尽にぶった切られた人生。


その人生を断ち切った張本人に対する恨みの重量はどのような公式で計算されるだろうか?


答えは簡単。W=C×∞である。(W=Weight、C=Curse)


渾身の右ストレートにより吹っ飛ばされた神だが、さすがというべきかすぐに体勢を立て直し、


「まぁまぁ、どの道貴様はこの世界に生まれるべきでは無かったんじゃからしょうがなかろう?」


と、心底面倒臭そうにいった。清水は胡散臭げな表情とともに


「生まれるべきでは無かったってどういう事だ?」


と質問した。


その問いには答えず、若干腰を痛めた風な神はため息とともに自身も含めた神々の失態を申し訳なさげに話し始めた。 


「そもそもお前は神々として生まれるように作られていたんじゃ。具体的にいうと、将来的にワシ、最高神の右腕としてな。ところが、ワシはその時ちょうど迷える無茶苦茶な量の魂の処理でやたら忙しかったんじゃ」


と、独白を始めた。


「そこで別の部下のモルフェウスに任せたのじゃが、こいつがまた稀代の無能というべき輩でのう。ソイツしか手が空いてなかったので渋々任せたが、やはりやらかしてくれたんじゃ。あのバカ、お前の魂を地球行きにしてしまったんじゃ」


「え、じゃもしかして今頃俺は…」


「その顔じゃと…三十五代目のアポロンじゃろうな。そろそろ寿命が近いからのう。ヤツはよく頑張ってくれたわい。過去35人のアポロンを見てきたが、後にも先にもあんなに有能で気さくなのはあいつだけじゃ」


情報量の多さに一瞬フリーズしかけた清水だが、そこは腐っても凄腕リーマン、なんとか耐えた模様。しかし、そのすぐ後の言葉には耐えきれなかった。


「しかしてお主はすでに人間として生まれた身、もう神になることはできないようじゃのう…ほんとに申し訳ないことをした。何分このような事態が初めてじゃからな」


清水に押し寄せたのは俺はなんのために死んだんだと言う虚無感だった。感情のジェットコースターに長時間揺られたせいで脳は完全にフリーズ。


「清水~…清水?お~い、清水〜」


見かねて呼びかける神の声にも完全無反応。本日何度目かわからないやれやれという顔で、老いた顔に似合わず綺麗な指で清水の頭を軽くデコピンした。するとどうだ。指が当たったところが光始め、ほどなくして光の雫が浮かびあがり、ゼ◯ダの伝説よろしく額の上で小さく跳ねながら吸い込まれていった。


「できれば使いたくなかったんじゃがのう…まぁいいわい。3、2、1、はい蘇生」

「っっっぶはぁ!今のは何だったんだ…おい神(自称)、何をした」

「カッコ自称カッコトジまで言わんでよろしい。なに、おぬしの魂の行き先に元からいた人格の記憶をちょいとな…おぬしとて記憶喪失の変人扱いはされたくなかろう?」


一応言うと、異世界転生のためにここまで配慮する神は天界でも珍しい。寧ろそこら辺のよくある女神の方がよほどタチが悪く、運悪くそういう神に当たると、問答無用で放り込まれる。最高神はサービスもよいのだ。


「さて、もう一度聞く。貴公が持つ選択肢はただ一つ。YesかNoか、選ぶがよい」


気合を入れなおした神が重々しくいった定型文に、選択肢が一つしかないことを知った清水は、達観したような顔で


「それじゃ、さっさと飛ばしてくれ」


と、あっさり答えた。


「覚悟がいいようでやりやすいわい。そんじゃ、3、2、1、転移術、起動!」


威勢のいい神の怒鳴り声とともに、清水の周囲が輝き始め、やがて巨大な白い魔方陣が出現した。


「時々様子を見に行くからの!清水!達者でな~!」

「爺さんも腰痛めんなよ~!」


実家を出る息子のような陽気なやり取りとともに、清水の姿は神の前から消えた。


「…さてと、やつの幸運を祈って…ワシ祈る相手おらんかったわ。書類仕事に戻るかの」


ほどなくして神は、大理石のデスクに座って羽ペンをお供に書類をさばき始めるのだった。


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