第33話 蓮がいない3日間 1

 告白された夜、蓮は実家に帰ってしまった。正直、気まずさを覚悟してた俺にとって帰省は天の助けのように思えた。

 しかし心の中でガッツポーズを取った俺とは反対に、蓮はめちゃくちゃ帰るのを渋ってた。どうしても2人きりに耐えれそうになかったから、なんとか説得して帰ってもらえた。


「真琴ー!」

「ぐえっ」

「ねぇねぇ、しばらく蓮はいないんでしょ?二人っきりだね!なにして遊ぶ?それともどっか行く?」


 そうだ、いくら蓮がいないとはいえ一人じゃなかった。猫になってることが多いから忘れがちだけど、チシャもいるんだ。


「チシャ……いつも言ってるけど、急に飛びついたら危ないからダメだろ」

「ごめんなさい、真琴と二人っきりなのが嬉しくてつい」


 反省を示すように、ピンと立っていた耳が垂れる。悪気がないのはもちろん分かってるけど、可愛い姿を見せられたら簡単に許してしまう。


「別に怒ってるわけじゃないからいいよ」

「えへへ」


 慰めるように頭を撫でると、チシャは嬉しそうに笑ってくれる。

 珍しくチシャと二人だし、たまには一緒に出かけようかな。いつもは学校があったり蓮がいたりで、二人で過ごすなんてことはないし。


「なぁチシャ」

「なにー?」

「出かけようか」

「おでかけ?」

「うん。休日だし、たまには一緒に出かけないか」

「二人っきりで?」

「そのつもりだけど、他に一緒に出かけたい人がいるなら誘ってもいいよ」

「んにゃ!真琴と二人っきりがいい!」


 耳をピンと立てて、チシャは力強く否定してきた。


「分かった。じゃあさ、チシャはどこか行きたいとこはある?」

「んー......あ!僕ね、行きたい場所があるんだ!」

「へぇ、どんなとこ?」

「それは着いてからのお楽しみ!行こ!」


 そう言ってチシャは力強く俺の手を引いてくれる。その姿に癒されながら、俺はチシャの後をついて言った。


 *


「ここって......」


 手を引かれ連れてこられたのは、俺とチシャが初めて出会った場所だった。


「覚えてる?」


 チシャが上目遣いの不安げな顔で聞いてきたので、安心させるため頭を撫でながら答える。


「もちろん。俺とチシャが出会った場所でしょ」


 そう言うと、チシャは嬉しそうに笑って、勢いよく俺に抱きついてきた。


「正解!えへへ、覚えててくれて嬉しい」

「当たり前だろ。大切な思い出なんだから、忘れたりなんかしないよ」

「大切な思い出……ねぇ真琴」


 ほんの少し前の出来事を懐かしみながら、出会った時のことを思い出していると。


「チシャ?」


 突風が吹いた瞬間、チシャが立っていた場所に見知らぬ青年が立っていた。その人はチシャを大人にしたかのように、彼の面影があった。


「真琴」


 ゾクリとするような低い声で名前を呼ばれる。


「チシャ、なの、か......?」

「そうだよ」


 いつもの無邪気な笑顔とは違う、含みのある艶やかな表情に心臓がおかしくなる。変に緊張してるせいで口が上手く動かない。


「な、んで急に......大きく......」

「ふふっ、実はこっちが俺の本当の人間時の姿なんだ」

「俺......?」

「一人称もこっちが本来使っている方。どう?こっちの俺」


 そう言ってチシャは綺麗な顔を近づけてきた。今まで触れたことのない、大人な色気にどう対処したらいいか分からず、目を逸らしてしまう。


「まーこーと。こっちの俺、ちゃんと見て欲しい」

「ご、めん、今はビックリして......頭も混乱してるから無理っ」

「んー......えいっ」

「わっ」


 見ないように顔をガードしていた腕を、あっさり解かれてしまった。その上、いつの間にか追い詰められていたせいで、腕は壁に固定されてしまう。


「いつも下からだったけど、上から見る真琴も可愛いね」

「なっ、男に可愛いって......」

「可愛いよ。真琴はいつも可愛い。真っ赤になってる今は特別」

「......手、離して」

「真琴の顔が見れなくなるからダメ」


 どうして急に、こんなことをするんだ。ずっと可愛いくじゃれてくるだけのチシャだったのに......。


「どうしてって顔してるね」

「......」


 小さく頷くと、チシャは悪戯な笑みを浮かべて告げてくる。


「真琴が蓮に告白されたからだよ」

「っ、なんで......知って......見てたのか?」

「見てなくても分かるよ。だって俺も、真琴が好きだから」

「......」

「最初から何度も言ったでしょ。真琴は俺の恋人だって」


 初めて人の姿で会いに来てくれた時、確かにチシャは何度も言っていた。でもそれは、小さな子どもが年上に憧れるようなもので、いつか無くなるものだって思ってた。


「チシャ......」

「可愛い方が真琴は好きになってくれるって思ってたんだけどね。このままじゃ、真琴は俺の気持ちを本気にしてくれないって気づいた」

「......」

「だから今日からはこっちの姿で真琴に好きを伝える。ねぇ真琴、可愛いをやめた俺は嫌い?」


 挑発するような声なのに、目には不安の色が浮かんでいた。そんな目をされてイヤなんて言えない。大人のチシャは心臓に悪いからイヤだけど、悲しませてしまうのはもっとイヤだ。


「そん、なこと......ない、から......」


 受け入れる言葉を告げると、チシャは蜂蜜のような甘い笑顔を浮かべた。


「嬉しい......恋人になってくれたらもっと嬉しいんだけど、どう?」

「そっ、れは......」

「冗談。真琴はまだ選べないよね」

「選ぶって......」

「大丈夫、俺はもう少しくらいなら待てるから」


 そう言ってチシャは俺の首に口付けを落とす。


「大好きなんだ。俺を選んで、一緒に生きてよ」


 告げられた言葉は、とても寂しそうに聞こえた。

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