第27話 閑話 5

 最初は、山積みの本の中、一体なにを調べてるんだろうと気になった。ただそれだけ。

 一日だけの出来事だと思っていたそれは、次の日も、その次の日の次の日まで続いた。誰も寄り付かない薄暗い席で学ぶなんて変な子。


「気になるなぁ……」


 興味の対象になれば、後は勝手に視界に入ってきた。飛行授業、廊下、図書室、学食、寮の中で何度も見かけた。その度に彼は色んな顔をしていて面白かった。

 でも、いつも隣にいる子たちは良くない。我が物顔で、あの子に甘い視線を向ける彼ら。


「気に入らないなぁ……」


 多分、目立つ場所であの子に声をかけたら邪魔される。僕と彼の出会いをなかったものにされるかもしれない。うん、それはダメ。

 だから誰にも邪魔されない隙を狙い続け、ようやくその機会を得ることが出来た。


「ねぇ」


 息と気配を殺し、程よい距離まで詰めて声をかけた。

 驚いた顔がとても可愛い。もっと興味をそそられる。こんな気持ち初めて。欲しい、真琴くんのことがとても欲しい。

 醜い感情を悟られないよう、上がる口角を長い袖口で隠して話し続けた。

 話し始めると彼はとても可愛くて、芽生えた気持ちを再確認する必要なんてなかった。オレはこの子のことが好きみたい。早くオレのものにしてしまいたいけど、荒っぽいのは好きじゃない。


「オレは二年の伊賀葵、好きなものは君と本、嫌いなものは運動、かな」

「へっ?」


 だから今はオレのことを意識させるだけ。どういう意味での「好き」、かはまだ明言しないけど、初対面の人に言われたら気になるでしょ。もしかしたら恋愛的な意味なんじゃないかって。

 それからしばらくして、課題を終えてから、彼についてたくさん聞く。怪しまれないよう、タイミングに気をつけて交友関係までも話させる。


「それでチシャが……あ、もうこんな時間」


 楽しい時間はあっという間。気づけば寮に帰らないといけないほど、時が過ぎていた。


「もう帰らないとダメだねー」

「そうですね。俺は本を返してから出るので、先輩は先に帰っててください」

「真琴くんとまだ一緒にいたいから手伝うよ」

「そんな、悪いですよ」

「いいからいいから、それより真琴くんは帰る準備をしたら?早く出ていく事の方が司書さんには有難いだろうし」

「……そうですね、ありがとうございます」

「うん」


 持っていた本を全部取って、返却棚へと収める。と、荷物をまとめた彼がこちらへとやってきた。


「葵先輩、ありがとうございました」

「別にいいよー。じゃあ帰ろ、お腹すいた」

「そうですね、俺もお腹すきました」

「今日の夕食なんだろうね」

「俺は唐揚げとかの肉が食べたいです」

「ははっ、オレは焼き魚がいいなーアッサリしたのが食べたい」


 他愛のない会話を、肩が触れそうな距離で交わす。

 でも穏やかで幸せな二人だけの時間は、寮に足を踏み入れた瞬間奪われてしまった。

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