第26話 伊賀 葵
研修旅行が終わって数日、俺は反省文と課題に追われていた。
あの迷子の後、チシャのおかげで無事に脱出できた。が、俺と蓮を探していた先生たちと合流したとき、先頭を歩いてもらってたチシャをうっかり隠しそびれてしまった。結局ばれてしまった結果、俺は迷子になった不注意さと、黙って使い魔のチシャを連れてきた説教と反省文を言い渡された。おまけに使い魔に関する勉強をもっとしておけと課題も。
元の世界と文字は同じでも常識は異なるので、基礎の基礎から学ばないといけない。おかげで三日で終わるらしい課題も、理解するのに時間が掛かってしまう
今日で一週間、放課後は図書館にこもり続けている。
「あーわっかんねぇ……」
今日は休日。朝から図書館で調べながら進めているが、進捗はすこぶる悪い。一つ解けても次にはまた詰まる。あまりの悪さに机に突っ伏してしまう。
こうやって声を出しても、休日で人は少ない上に少し薄暗い席なので問題ない。そしてここはよっぽど人気のない場所なのか、本を開け散らしていても誰にも文句は言われない。
「やっぱ蓮に手伝ってもらった方が良かったかな……でも怖い思いをさせた上に迷惑はかけられないし……。それにチシャは俺の使い魔だから、ちゃんと知識として知っておかないといけないよな……はぁー」
一人で愚痴って一人で解決する。「自分のケツは自分で拭かないとなー」と、ボヤいてから顔を上げる。と、いつの間にか向かいの席に気怠そうなイケメンが座っていた。
認識した瞬間、久しぶりと言えるディスプレイが出現した。
『
へー先輩なんだ……って、また攻略対象かよ。チクショウ、この人で五人目だぞ!
『真希楓への好感度【0】真希真琴への好感度【100】』
好感度に関しては予想がついてたから今さら驚かない。うん、まぁそうだよな、知ってた。
こいつを目の前に表示してても邪魔なので、早々に閉じてしまう。そして伊賀先輩の方をチラリと見てみるが、じっと手元の課題を見つめてくる。なんだ?回答でも間違ってるのか?
「ねぇ」
様子を伺っていると、先輩はこちらに顔を向けずに声をかけてきた。
「は、はい」
「ここ、間違えてる。正解はこの本のここ」
「あっ」
指摘された箇所を見ると、確かに間違えていた。消しゴムで消して正しい単語を記入する。
「ありがとうございます」
「うん。それにしてもコレ、三年で学ぶ内容だけど、どうして一年の君が?」
「えっ、これそんな後で学ぶとこなんですか」
「うん」
「なんだ、俺の理解が悪いのかと思った……」
「簡略化はされてるけど、内容は三年のだね。それで、どうして一年の君が?」
よほど気になるのか、先輩はまた尋ねてきた。
「先生から課題で出されたんです。俺、使い魔がいて研修旅行に勝手に連れて行った罰で」
「ああ、そういうことなんだ。オレが教えてあげようか?君、苦戦してるみたいだし」
優しく、穏やかな声で先輩は提案してくれる。
「それはとても有難いですけど……これ三年の内容だから……」
「自主的に理解は終えてるから二年のオレでも教えれるよ」
「あ、そうなんですね」
「うん。……ところで、どうしてオレが二年だって分かったの?」
先輩の問いに身体が固まる。そうだ、まだ俺は先輩の名前も学年も知らない。ディスプレイで知った情報を口走るなんて失態だ。
どうにかして言い逃れしないと……あっ。
「そのっ、制服です!休日なのに制服なんて珍しいなって、それにつけてるネクタイも上級生のものですから、それで……」
場所が場所なだけに見落としていたが、この人の服は制服だ。休日は私服での出入りが可能なここにおいて、制服の着用は珍しい。
「ああ、なるほど。納得した」
「は、ははっ、それならよかったです」
「うん、疑問も解消できたし教えてあげる。まずは」
「その前に!」
教えてくれる先輩の言葉を申し訳ない気持ちを込めて遮る。教えを受ける前に、さっきみたいな失態を犯さないよう、自己紹介を済ませておきたい。
「名前、名前を教えてください!俺は一年の真希真琴です。先輩は?」
「オレは二年の伊賀葵、好きなものは君と本、嫌いなものは運動、かな」
「へっ?」
今すっごいことを言われたんだけど。
「あの、伊賀先輩っ」
「オレのことは葵先輩でいいよ。そっちの方が親しみがあるでしょ、真琴くん」
「そう、ですね」
「じゃあ課題をさっさと済ませよー。終わったら、君のことをたくさん教えてね」
「は、はい……」
先輩がどういう意味で「好きなもの」に俺を入れたのか知りたかったけど、はぐらかされた気がしたのでそれ以上の追及は止めた。
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