第19話 チシャ 3

 宿舎を出てまっすぐある場所へ向かう。いつもあの子がいる所、何度も会って楽しい時間を過ごした。

 校舎の片隅の近くまで来たので、驚かせてしまわないよう息を整えて静かに近づく。俺の姿を見たら逃げられるかもしれないので、こっそり覗き込む。そこには予想通りネコの姿をしたあの子がいた。名前を呼んで気づいてもらいたいが、知らないからできない。


「ネコくん」

「……」


 彼は耳をぴくりと動かして反応してくれたが、こちらを向いてくれない。ちゃんとした名前じゃないからダメなのかな。

 これでもちゃんと考えて呼んだ。気の利いた感じで呼びたかったが、これしか思いつかなかった。


「さっきは知らないなんて言ってごめん」

「……」

「君のその姿を見てから気づいたんだ。遅くなってごめんね、ちゃんと話そ?君に聞きたいことが沢山あるんだ」

「……本当に僕のこと分かったの?」


 優しく話しかけていると、彼は恐る恐ると言った様子でこちらを振り向いて尋ねた。


「うん、君は俺が何度も足を運んで遊んだネコくん。人の姿をしてたから驚いて。気づくのが遅くなってごめんね」

「……真琴」

「なに?」

「僕、真琴の傍にいたい……ずっとずっと一緒にいたい……会えない日があるのヤダ……真琴じゃなきゃヤダ……」


 授業の関係とかで会えなかった日、この子は寂しい思いをしてたんだ。俺の他に相手してくれる人がいたから大丈夫だと思ってたけど、彼はそんなに俺のことを気に入ってくれてたんだ。


「人になれたら一緒にいれると思って、僕がんばったんだ……だから、お願い真琴……」

「うん、そんなに思ってもらえて嬉しいよ。俺も君のこと好きだから、もっと一緒にいれるよう頑張ってみるよ」

「ほんと!?」

「わっ」


 そう言った瞬間、ネコから少年の姿になって彼は勢いよく抱きついてきた。


「真琴と一緒にいれる?ずっと一緒に?朝も夜も一緒?」

「う、うん、そうなれるよう出来るだけ頑張ってみる」

「やったー!嬉しい!真琴と一緒!」

「まだ決まってないからそんなにはしゃがないで」


 腕の中ではしゃぐ彼が誤ってケガしないよう気をつけていると、ピタッと止まって真ん丸な目でじっと見つめてきた。


「あ、そうだ。名前まだ決まってないから真琴が決めて」

「名前?あーそう言えばまだ決まってなかったね」

「うん、真琴がから名前が欲しい」


 名前、か。この子にピッタリな名前……あ、人間になれるネコなら魔力とか持ってそうだし。


「チシャ、はどうかな?」

「チシャ?」

「うん」


 何度か「チシャ」と呟くと、彼はパッと明るい顔をしてまた抱きついてきた。


「気に入った!えへへ、真琴からもらった名前だ」

「気に入ってくれた?」

「うん!……ねぇねぇ真琴、名前呼んで?」

「チシャ」

「もう一回!」

「チシャ」


 もう一度名前を呼ぶと、チシャは頬にちゅっと軽いキスをしてきた。


「えへへ、お礼だよ。あと、引っ掻いてごめんね?」

「あー!!お前っ、僕の真琴になにしての!」

「蓮!?」

「げぇ、僕あいつキライ」

「僕もお前なんか嫌いだよ。真琴から離れろ」

「ヤダヤダ!助けて真琴!」


 俺からチシャを引き剥がそうとする蓮。だが頑として離れようとしないチシャの腕は、俺の喉を締めるような形になっている。


「ちょっ、首!締まってるから!」

「おいクソ猫、真琴が離れろって言ってるからその腕離せ」

「いーっだ、誰が離すもんか。お前が僕を離せばいい話じゃん」

「離せ」

「イヤだ」


 そんな二人の攻防は、半分意識を失いかけてる俺には聞こえなかった。

 そしてこの時の俺は、チシャが例の隠し攻略対象であることをすっかり忘れていたのだった。




 後日、チシャは俺の使い魔的な扱いで一緒にいることを許可された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る