第5話 本郷 蓮 2

 この身体になる前の俺は決して方向音痴ではなかった。なのになぜか迷いに迷ってしまい、すれ違う人に聞きまくってようやく部屋についた。二時間かかるとは思わなかった。

 さて、扉近くにある表札もここが俺の部屋だと示している。だが入るにはまだ勇気が出ない。だってこの扉の向こうには好感度【-50】の男がいるのだ。躊躇したところでこれから毎日顔を合わせるんだけど、嫌だなぁ……俺の気の休まるところがなさすぎる。でも逃げたところでどうせ好感度を上げるためには接触しないといけないし……ええいままよ!

 勇気を振り絞って扉を開けたが、中には誰もいなかった。


「な、なんだよいないのか……無駄に緊張したじゃねーか」

「んんっ……」

「ひっ!」


 もぞもぞと布がこすれる音と一緒に声が聞こえたのでそちらを見ると、本郷が部屋のベッドで眠っていた。別に眠るのは構わないが、どうして俺の荷物がある方のベッド寝ているんだ。


「おーい……」


 傍に座って頬をつついてみるが起きる気配はない。仕方ない、起きたときに俺が目の前にいたら嫌だろうし、食堂で時間つぶそう。

 そう思い立ち上がろうとすると。


「わっ」


 本郷に服のすそを掴まれ転倒しかけた。

 ええ……これじゃあどこにもいけない。【-50】より下があるのかは知らないが、これ目を覚ました瞬間嫌われたりしないよな?寝てるくせに力強いし、離してくれるまで大人しく待つか。どうせ暇なら記憶が新しいうちにゲームについてノートにまとめたいが、起きてることに気づかず見られたらまずい。


「ふぁ……」


 なにもできないのと、窓からさす光が気持ちよくて眠気に襲われる。急にゲームの世界に連れてこられて、色々と頭使ったから疲れた。俺も少しだけ寝ようかな。

 あっさり眠気に負けてしまったので、そのまま目を閉じて深い眠りへと落ちていった。



「痛っ!」


 突然背中に走った衝撃に一気に目が覚める。衝撃が飛んできた方向に目を向けると、怒った顔をした本郷がこちらを睨みつけていた。


「僕の傍によるなバカ」

「おまっ、急に叩くことないだろ!?そもそもお前が俺の服を掴んだせいで離れられなかったんだぞ!」

「なっ、僕がそんなことするわけないだろ」


 ベッドの上でそっぽを向く本郷。俺の顔を見るのも嫌ならそこで寝るなよ。と、感情に任せて言い放ってしまいたいが、これ以上険悪になって関係が修復不可能になるのは困る。なるべく、努めて冷静に言おう。


「したから。それよりもお前はなんで俺のベッドで寝てるんだ?」

「はぁ?僕がお前のベッド寝るわけ……っ!」


 指摘されてようやく気づいたのか、本郷は顔を真っ赤にさせてベッドから飛び降りた。顔を真っ赤にして怒るほど嫌なのか。


「こ、これはっ」

「間違えたっぽいから別にいいよ」

「……」

「腹減ったし食堂行くけど、お前も行くか?」


 外は朱色に染まり、腹も減った。元々怒る気もなかったし、俺としては仲良くなりたいから誘う。のは建前で、本当は食堂までたどり着ける自信がないから連れて行って欲しい。


「お前じゃない……」


 ぼそっと呟かれた言葉に、楓が言っていたことを思い出す。楓が言うには本郷は寂しがり屋らしいし、ちゃんと名前を呼べばこの不機嫌を直してくれるのだろうか。よし、呼んでみるか。


「ふぅ……」


 お願いします。どうかこいつの機嫌が直り食堂まで連れてくれて、あわよくば好感度が上がりますように。できれば【-40】可能ならば【0】になれ。頼むから下がるな。

 心の中で願いながら意を決して言い放つ。


「そう、だな……蓮」

「えっ……」


 うわっ、すっげー顔してる!何あの顔!朝よりも酷い顔でこっちを睨んでる!名前を呼んだら仲直りできるって言ってたのに!終わった……絶対好感度【-100】までいった。

 絶望に打ちひしがれていると、荒々しく手首を掴まれる。


「……連れていってやる」

「へ?」

「食堂!真琴はすぐ迷うから……」

「お、おお、ありがとう蓮」

「……」


 無視か。まぁいいや、好感度は下がっただろうけど食堂に連れてくれるなら助かる。当初の目的が少しでも達成できたから充分だ。

 無事にご飯にありつけることに夢中で気づかなかった。本郷蓮の好感度が上がっていることを。


『真希楓への好感度【100】真希真琴への好感度【120】』

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