第4話 本郷 蓮 1

 俺にしか見えないディスプレイをいじって終わった入学式。適当に聞き流していた分の収穫はあった。

 これはチュートリアルや警告をするだけでなく、ヒロインと俺への攻略対象たちからの好感度を好きな時に見ることができる。好感度が分かるのはヒロインが出会った攻略対象だけで、まだ出会ってないやつのは見れない。それと、これは本当に便利だと思ったのが、簡単なプロフィールと関係が知れることだ。

 四六時中ヒロインと行動するのは無理だ。確かヒロインに付きまといすぎて攻略対象たちから嫌われた結果、あの手この手で殺されるからな。用がない限り行動を共にしたくなかったからこの機能はマジで助かる。これがなければ、出会った攻略対象を一々ヒロインから聞かないといけなかったからな。束縛のような行為をしなくてすむのは助かる。


「おい」

「へっ?」

「さっさと受け取れ」

「あっ、うん、ごめん」

「……」


 手渡されたプリントを受け取り後ろに回す。担任が内容について説明しているが、俺のそんなことよりも目の前に座るこいつが気になって仕方ない。

 教室に来るまでディスプレイに集中してたから気づかなかったけど、幼馴染の『本郷蓮』とは同じクラスで席が前後。好感度【-50】が目の前にいるのは胃に来るものがあるが、後ろじゃないだけマシだ。でも、こいつは確かヒロインと同じクラスだったはずだ。

 何度も繰り返し迎えた物語の始まりを覚え間違えるわけないから、それは間違いないんだけど……。うーん、俺がプレイヤーになったバグなのか?


「はぁ……痛っ」


 分からないことだらけの現状にため息を吐くと、また振り向いていた本郷蓮に軽く頭を叩かれた。


「後ろで何度もため息を吐くな。うっとおしい」

「ごめん本郷、もうしないから許してよ」


 へらりと笑って謝ると、本郷はこぼれ落ちるんじゃないかってぐらいに目を大きく見開いていた。なにかおかしなことでも言ったのだろうか。不思議に思いながら考えていると、本郷はこちらをきつく睨んで荒々しくプリントを叩きつけてきた。


「さっさと受け取れバカ」

「なっ、バカってお前……」


 言い返す間もなく本郷は前を向いてしまう。

 それ以降、本郷がこちらを向いてプリントを渡してくれることはなかった。背中越しに伝わってくるほどの不機嫌だったので、入学初日のあれやこれが終わってから謝ろうとした。けど本郷は俺を無視して先に帰ってしまった。


 *


「てことがあったんだけど、楓はどうして本郷が怒ったと思う?」


 入学式や色々決めごとが終わると、ヒロインである妹の楓が教室に迎えに来たので一緒に帰っている。家までの道を覚えてなかったから助かる。楓から迎えに来てくれたら攻略対象どもに勘違いされないだろうし、情報収集もできる。これからも極力可能ならば兄を迎えに来てくれ。ただし攻略対象からのお誘いは断らないで欲しい。そこは青春を優先してくれ。


「分かんないけど、どうせまたお兄ちゃんが怒らせるようなことでも言ったんでしょ」

「話したのはその時だけだし、変なことは言ってないと思うんだけど。あ、そうだ楓の方からそれとなく本郷に聞いてくれないか?幼なじみだから仲いいだろ」

「何言ってるの。お兄ちゃんも幼なじみなんだから自分で聞きなさい。それよりもお兄ちゃん」

「ん?」


 ピタッと突然立ち止まると、じっとこちらを見つめてくる楓。その目は何かを探るような、疑うような目だ。ポニーテールが意味深げに風に揺れている。

 ごくり、と生唾を飲み込んで言葉を待つ。


「どうして蓮くんのこと名字で呼ぶの?」

「えっ」


 しまった!呼び方について全く意識してなかった!中身が違うって気づかれたか?そもそもバレたらどうなる?ゲームの進行に不具合でもでるのか?

 バクバク煩い心臓を抑えながら、なるべく冷静を保つ。そんな俺をどう思っているかは分からないが、楓は頬を膨らませてこちらを睨んでくる。可愛い顔だからあまり怖くはないが、冷や汗が止まらない。


「お兄ちゃん」

「は、はい」

「本当は酷い喧嘩をしたんでしょ。だから蓮くんのこと名字で呼んで嫌がらせしてるんだ」

「は?」


 どうして名字呼びが嫌がらせになるんだ。あいつは俺のことを嫌ってるんだから、嫌がらせにもならないだろ。むしろ距離ができて喜んでるんじゃないのか?

 疑問しかない沸かない俺に、楓は丁寧に説明してくれる。ヒロインなのに、まるでサポートキャラのようだな。


「蓮くん寂しがり屋なんだから、あんまり意地悪しちゃダメだよ。名字で呼んだら仲間外れされたみたいで嫌って昔から言ってるじゃない」

「ま、待て、どうしてそれぐらいのことで……」


 混乱している中、楓はさらに訳の分からないことを言い放つ。


「どうしてって、蓮くんは昔からお兄ちゃんのこと大好きじゃない」


 嘘だ。それが本当なら好感度【-50】はどう説明してくれるんだ。それにあいつ朝から俺のこと睨みつけてたぞ。好きなら笑顔の一つや二つ見せてくれてもおかしくないだろ。だが俺に向けられるのは絶対零度の眼差しだけだぞ!


「うっそだぁ……」

「嘘じゃないわよ」

「ありえない。だって俺のこと睨んでたぞ」

「照れ隠しよ」

「えー……」

「もう、そんなに疑うなら名前で呼んでみなさいよ。すぐに機嫌を直すから」

「本当か?」

「本当よ。ほら、今日から同室なんだから、名前を呼ぶだけですむならさっさと仲直りするのよ」

「同室?」


 会話に夢中で気づかなかったが、辺りを見渡せば朝見た近所の景色とは違う。でも、見覚えはある。ここはゲーム画面で何度も見た背景と一緒だ。

 そうだ、このゲームでヒロインは入学式が終わった後、寮生活をするんだった。物語の流れを後回しにしていて忘れていた。


「今日は蓮くんが先に帰っちゃったから、方向音痴なお兄ちゃんを送ったけど、明日からは蓮くんと一緒に仲良く登下校してね」

「ええー……」

「ええーじゃない!幼馴染なんだから仲良くしてね。じゃあ、私はここまでだから。お兄ちゃんの部屋はここだから、迷ったら誰かに聞くんだよ。あ、心細くなったら私に連絡してね」


 地図らしきものを渡してくるとテキパキと説明をしてくれると、俺が男子寮に入るまで見送ってくれる楓。これはもう妹と言うより母親に近い。どういう人生を歩んできたのか知らないが、こんなに世話を焼かれるキャラだったんだな。ゲームでもヒロインが兄の世話を焼くシーンはあった気はするが、ここまでだったとは。

 うん、好きな子が兄にばかり構ってたらそりゃ嫌になるな。まぁ、俺は殺そうなんて思わないけど。世話を焼くぐらい大事にされてる兄ならむしろ仲良くしようと思うけど……いや、大人になっても続くなら嫌だな。

 真希真琴について考えることで気を紛らわす。これから顔を合わせることになる好感度【-50】の男について考えてしまわないように。

 

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