第7話 揚げ茄子
俺は砂が嫌いだ。
どこにでも入り込むし、機械をぶっ壊す最悪の天敵だと思っている。
しかし、港の使用料が安く、まあ雰囲気もいいので、俺はこの砂の星を根城にしていた。
「船長、いい加減汗臭いです。シャワーを使って下さい」
副操縦士のビスコッティが嫌そうな顔をした。
「甘いな。猫の汗腺は肉球の間にしかない。汗も微量だ。臭いのはお前だ」
俺は笑った。
「ぎゃあ、お風呂!!」
ビスコッティが、なぜか暇そうに紙飛行機を作っていたアイリーンを蹴り飛ばし、操舵室を出ていった。
「船長、また第五がダメだよ。オイル圧が安定しない」
スコーンがため息を吐いた。
「それは困ったな。ポルコを呼ぶか。砂嵐で出来なかった作業だ」
俺の言葉にアイリーンが無線でポルコの船とコンタクトを取った。
「三分で作って。港の使用料は別途」
アイリーンが笑った。
「当然だな。さてと……」
俺はインカムのトークボタンを押し、管制塔に連絡して隣のポートにポルコの船のコードを予約した。
「船長、まだこの前の事故処理やってるけど、一応オールクリアにはなったよ」
アイリーンが笑った。
「よし、間に合ったな。読みが珍しく当たった」
しばらく待つと隣のポートにポルコのボロ船が降りてきた。
「三十秒早いな。ラリーじゃ大減点だ」
俺は笑った。
操舵室後部の壁の向こうに地面に伸びるエスカレータが、シュッと微かに音が聞こえて下ろされた。
俺は操縦席から下りると、自動ドアを抜けて乗り込んできたポルコとカーテスが笑った。
「やっぱりあの五番だろ。ややこしい場所にあるから、不具合を起こすのは無理もねぇ。今すぐ直すからよ!!」
ポルコは機関室の方に向かい、作業をはじめた。
「船長、油圧がいきなり安定したよ!!」
スコーンが声を上げた。
「ほら、きた……。船の事はポルコに任せればいい。ヘタに弄ると大災害になるからな。こんな無茶な船ではな」
俺は笑った。
修理が終わり謝礼を支払うと、副操縦士席にアイリーンが座った。
「へぇ、これが……」
「こら、人の仕事場に座るものじゃない。お前も臭いぞ」
俺は笑った。
「あっ、やっぱり。ちょっとシャワーいってくる」
アイリーンが操舵室から出ていった。
「お待たせしました。早くいって下さい」
戻って来たビスコッティが、スコーンの肩を叩いてから副操縦士に座った。
「あっ、私もいってくる!!」
スコーンが風呂に向かって走っていった。
「今頃はシャワー渋滞だな。増やすか」
俺は笑った。
「そんなスペースはありません」
ビスコッティが苦笑した。
俺はコンソールのキーを叩き、船を起こした。
「アイリーン、管制に連絡を取ってくれ。受け入れ準備完了。乗客を連れて来いと」
「あいよ!!」
犬姉が無線で連絡を取り始めた。
ビスコッティがブルメジャへの航路を打ち込み、俺はそれを確認した。
『チーフです。お客様が到着しました』
船内アナウンスで、チーフパーサの声が聞こえた。
「よし、仕事だ。あの曲を流せ」
俺はコンソールにある、スイッチを叩いた。
やたら熱い曲がながれ、俺は一狩り行きたくなった。
「って、違う!!」
今度はどこまでも続くような、バイオリンの夕べがここちいい、アナザースカイという曲が流れはじめた。
「これがないとな。スコーン、機関は?」
「うん、重力制御システムナンバー四の調子が悪いけど、ほかで十分リカバー出来るから問題ないよ。あとは、異常なし」
スコーンがコンソールのスイッチを弾いた。
重力制御装置が始動し、フワフワ浮いた感じがした。
「外部電源切り離し。アイリーン、ブルメジャまでの航行許可を取ってくれ」
「あいよ」
アイリーンが無線連絡をはじめた。
その間、俺は気象情報を拾い、ブルメジャの天候が雨であることが分かった。
「……この星の港は雨期が長いからな。第二は問題ない。ビスコッティ、フライトデテクタを第二に設定、アイリーン第二に変更だ」
「はいはい、第二ね……」
アイリーンが管制と会話をはじめた。
「船長、設定終わりました。超光速域まで達しません。出力10%で二時間です」
ビスコッティが小さく頷いた。
「うむ、近すぎるな。だが、遊覧船ではない。出力27%でどうだ?」
「一分です。第四エンジンまでしか使いません」
「うむ、10%で行こう。スコーン、エンジンリミッタを七にセット。低出力省エネエコ大賞受賞モードに」
「分かった!!」
スコーンがコンソールのスイッチをぶっ壊した。
「あっ、取れちゃった……」
「うむ、なら問題ない。アイリーン、直してやれ」
俺は笑った。
「はいはい、どーせ暇だもんね」
アイリーンは粘土細工のように弄っていたプラスチック爆弾をコンソールに置き、スコーンの卓で修理を済ませ、また自分の席に戻って粘土細工をはじめた。
「よし、いいな。チェックリスト」
「はい」
俺たちはそれぞれの出発前チェックリストを終え、 ビスコッティが管制の指示を仰ぎ、サイクリックスティックレバーを引いた。
船が急上昇し、Gキャンセラが作動した。
「砂だ。交換しないとダメだが、今は時間がない。お前なら調整できるだろう」
「はい、出来ますが精度は保証しかねませんよ」
ビスコッティが額の汗を拭った。
「よし、宇宙に出たらアイリーンと変わって、直しにいってこい。蹴飛ばせば砂が落ちて直るだろう」
「はい、分かりました。
俺の船は不具合を抱えたままではあったが、無事に大気圏を抜けて宇宙に出た。
途端にアラーム音が響き、エアロックの外扉密閉が不十分であることを示した。
「また砂か……。スコーン、パタパタしろ」
「分かった」
スコーンの操作でエアロックの外扉が素早く開閉を繰り返し、次いでにCRC-556を大量に噴射して水洗いした。
「スコーンよ、それは潤滑剤だ。せめて、ヤマトロイモにしてくれ」
「分かった」
監視カメラで確認していると、今度は大量のとろろがエアロックに流れ込んだ。
「……いつつけたの?」
「うん、昨日!!」
スコーンが笑った。
「バカ者、暇だからといって妙な装置を作るな。せめて、ワックスにしろ!!」
「ワックスも出るよ」
スコーンがトグルスイッチを弾くと、山芋の上にさらにワックスがブチ撒かれた。
「こうやって……」
スコーンの操作でマニピュレータが動き、床を拭き始めた。
「なにをしてる。グチャグチャでよく分からない事になっているぞ。エアロックの外扉を開いて全部捨てろ!!」
俺はコンソールのスイッチを弾き、スプリンクラを自動から手動に切り替え、エアロックに散水した……つもりが、同時に犬姉の頭に消火器が落ちてめり込んだ。
「……あれ?」
俺は慌てて船のタリフを読み返した。
「って、あるかい。ボケ!!」
俺はタリフを投げ捨てた。
「……これ、どう落とし前つけてもらおうかな」
アイリーンが消火器を頭から引っこ抜き、床に丁寧に置いてから俺の方に近づいてきた。
「し、知らん。スコーン、また妙な仕掛けを作ったな!!」
「うん、ウケ狙いに作ったよ。でも、どっかで間違ったね」
スコーンが笑った。
「なんだ、いつもの悪ふざけか。いってぇ……」
アイリーンは自分の席に戻った。
しばらく待つと、なんとなく不安定だった船の挙動が安定し、ビスコッティが帰ってきた。
「蹴ったら直りましたが、第四号機がガリガリうるさいのでオーバーホールが必要でしょう」
ビスコッティが副操縦士席に座り、サイクリックスティックを握った。
「分かってる。ローテート6」
「ローテート6。熱圏です」
「よし、このままローテート10まで上げるぞ。キャツリミテッドエクスプレス001、星域を離れる。サンキュ」
『ロジャー、キャツリミテッドエクスプレス001。グッドラック』
俺は操縦桿を握り、港からの自動操縦カットから解除されるタイミングに備えた。
「スコーン、Gキャンセラは?」
「……うん、問題ないよ」
スコーンから返ってきた答えに、俺は満足した。
「船長、ローテッド10です。あとはお任せします」
「うむ、サンマが欲しい」
俺は呟き、慣性航行で進みながらメインエンジン使用可能領域に船を近づけていった。 しばらくして、チーフパーサが操舵席に入ってきて、俺の前に差し出した。
「うむ、あったか」
俺は笑った。
チーフパーサは笑みを浮かべ、他のメンツの注文を聞いて部屋から出ていった。
触ると飛び跳ねるサンマを見つめながら、俺はマニュアルモードに切り替えて、フラフラ航行した。
「なんでマニュアルにするんですか!!」
ビスコッティが慌ててオートパイロットに切り替えた。
「……食いたい」
「ダメです!!」
ビスコッティが笑った。
「一つ出すからダメか?」
「ダメです。デリカシーの問題です!!」
ビスコッティは笑った。
「……尻尾の先っちょでも」
「だから、ダメです。待って下さい」
俺はしょんぼりうなだれた。
しばらくすると、さんまが跳ねて皿からこぼれ、床でジタバタしはじめた。
「取って……」
「はい、それはいいです」
ビスコッティが席から降りて、俺の皿にサンマを戻した。
「……ぴちぴちなのに」
俺は小さな息を吐いた。
しばらくして、全員分のフルコース料理を乗せたワゴンを押し、CAさんが二人入ってきた。
「さて、食事の前のお祈りを……」
ビスコッティがなにか呟き始め、俺はサンマを突いた。
「では、頂きましょう」
ビスコッティの声と共に、俺はサンマを囓った。
「うむ、ド○ペが欲しいな」
「はい、ド○ペ」
ビスコッティが温いド○ペを取りだし、プルトップを開けた瞬間、思い切り吹き出した。
「……シャワー行かないと」
「だから、いい加減覚えろ。強炭酸な上に温いド○ペだぞ。間欠泉とまではいわないが、凄まじい勢いで吹き出すと。メシが終わるまでベタベタでいろ」
俺は笑った。
「……はい、ド○ペ」
ビスコッティは憮然とした様子で、今度はそっと缶を開け、吹き出したド○ペを啜った。
「うむ、合格だ。ド○ペ道は奥が深いぞ」
俺は缶を両手で挟んで掴み、缶の中身を一気に空けた。
「これのライトもあるらしいが、体に悪いに決まっている。もっとも、これもだがな」
俺は笑った。
メインエンジン使用可能領域に達すると、オートパイロットのまま小惑星帯に突っ込んだ。
「たまには仕事させなきゃな」
並み居る小惑星をデブリ除去装置が破壊しながら進む中、俺はデブリ除去装置の出力を最大にした。
目の前に迫っていた惑星大の小惑星の脇を回り込んで飛び、その先に無数に広がっている小惑星や岩石をバシバシぶっ壊しながら、最後の大岩の間を抜けて、大海原へ飛びでた。
「うむ、正常だな」
俺はデブリ除去装置の出力をノーマルに戻した。
目的地のブルメジャの天候は総じて雨だったが、第二宇宙港がある極点附近は晴天の用だった。
「サブエンジン始動。スコーン、分かってるな」
「うん、あのボロいヤツでしょ。まだ酸素燃料を使っていた頃の!!」
スコーンがコンソールを叩き、あれっと声を出した。
「ん、どうした?」
「うん、ないんだよ。あのクソボロいの。機関士長に聞いてみる!!」
スコーンは船内電話で、機関室とやり取りをはじめた。
「分かったよ。エンジンを増やしたときに、邪魔だからって外しちゃったんだって!!」
スコーンの言葉に俺は笑った。
「よし、探検だ。どこかに赤いピンが付いた、へんなエンジンみたいな機械を積んでないか?」
「分かった、聞いてみる。ニシン食べたい」
CAが一人入ってきて、ニシンの焼きが乗った皿を持ってきて、スコーンに渡した。
「スモークタン欲しい」
アイリーンが笑うと、すぐにスモークサーモンが運ばれてきた。
「これ違うよ。まあ、いいや」
アイリーンはスモークサーモンを、豪快に手づかみで食べはじめた。
「ニシン!!」
スコーンが器用に箸を使いながら身を解し、少しだけ醤油を落として食べはじめた。
「船長、進路このままです。慣性航行だと、あと四時間掛かります」
パステルが笑い、ラパトがサイダーを飲んだ。
「四時間もダンスしてるつもりはない。赤いピンは見つかったか?」
「うん、今頃報告がきたんだけど、前からあって変なのって、みんな思ってたみたいだよ」
スコーンが笑った。
「ピンを抜いていいぞ。ビスコッティ、出力をアイドルに。アイリーン、周囲の船に近寄るなと警告を送り続けろ。パステルとパトラ、一回航路表を閉じろ。スコーン、意地で止めろ!!」
俺は安全頭巾を被り、全員がヘルメットを被った。
「俺は面倒な事が嫌いなときもある。一気にいくぞ。スコーン、第十三エンジンと第十四エンジンを始動させろ!!」
「うん!!」
スコーンが笑顔でコンソールに並ぶトグルスイッチを弾くと、卓上に置かれていたニキシー管の数値が凄まじい速さで動き、Gキャンセラが凄まじい音をあげ、すぐに静かになった。
「ニキシー管がぶっ壊れちゃった。これ、概算で光りの十倍までいけるよ!!」
「あのオヤジ、また勝手な事を」
俺は苦笑した。
「まあ、いい。出力0.1%で行こう。通り過ぎてしまう」
「はい、分かりました。手動では不可能なので、オートで」
実は十四発だった俺の船は、一気に加速してあっという間に正面のスクリーンにブルメジャが見えた。
「ビスコッティ、全力で逆噴射をかけろ。アイリーン、管制に連絡、ストレートインの手動許可をとれ。パステルとラパト、もう大丈夫だぞ」
船はギリギリメインエンジン使用可能領域で止まり、俺は操縦桿を握った。
「いくぞ。大気圏進入速度に注意しろ」
「許可。二十六番スポット!!」
「了解だ。ビスコッティ、十八度だぞ。間違えるな」
「分かっていますが、滅多にないので……」
ビスコッティがサイクリックスティックを一番下に下ろしてロックを掛け、大気圏上層に飛び込んだ。
正面のスクリーンが真っ赤に燃え、数秒後に消えると、ビスコッティは操縦桿を港への誘導コースに乗せ、スラスタの音が激しく聞こえる中、船は見えてきた港に向かって落ちていった。
「速度が速すぎる。逆噴射スラスタで調整しろ」
ゴゴゴゴともの凄い音が聞こえ、船の落下速度が急激に落ちた。
「二十八番スポット、進入角、速度問題なし。いきます」
船は二十八番スポットにピタリと降りた。
「うむ、無事だったな。速い船は、それなりに苦労がある」
俺は笑った。
「オートパイロットのデータを修正しておきます。このままでは、全く使い物になりません」
ビスコッティがコンソールパネルのキーを叩き、C言語で記述された航法プログラムのファイルを開き、凄まじいスピードでキーを叩きはじめた。
「よし、お疲れだな。しばらく休むというか、調整しないと危ない。そして、俺は寝る」
俺は笑った。
猫はちょっと寝れば直る。
睡眠から醒めた時、まだみんなは作業中だった。
「さて、俺はログでも書くか。まあ、特に変わった事はないがな」
俺は椅子の肘掛けにある球体に手を乗せた。
コンソールの画面に文字列が表示され、ログ機能を起動させると、瞬時にしてログ記入が終わった。
「ビスコッティ、あとは頼む」
「分かってます」
コンソールのキーを叩き、ビスコッティが最後にカチッと音を立てて、小さく息を吐いた。
「ド○ペはいるか? まあ、俺は取れないがな。そこに専用クーラーがある」
「ド○ペよりお酒が欲しいです!!」
……なんか不機嫌なビスコッティ。
「おい、スコーン。アレでぶん殴れ!!」
「うん!!」
嬉しそうに自分の席を離れ、手にしたキュウリと酒瓶をビスコッティの前に置いた。
「はい、猫缶!!」
「いや、俺はいい。それより、煙草吸っていいか?」
俺は操舵室内を見回し、煙草に火を付けた。
アイリーンが暇そうに煙草を吸い始め、パステルとラパトは電気加熱式煙草を吸い始めた。
「あっ、許可が出た!!」
スコーンが嬉しそうに席に戻り、やたら甘い香りのする煙草を吸い始めた。
「スコーン、いい加減それやめないか。あまりにも面白すぎるぞ」
俺は笑った。
船内電話の受話器は取れないので、スピーカーボタンを押して船内全てに休憩を指示した。
「さてと、生もやし食いたいな。ポン酢で」
俺が呟くと、CAがもやしが盛られた皿とポン酢の瓶を置いていった。
「うむ、ビスコッティ……じゃダメだな。完全にハイパーリキッド液を飲むように、酒を煽ってやがる。暇なヤツ誰でもいい。ポン酢の蓋を開けて掛けてくれ」
「うん、いいよ!!」
「ええー、面倒だなぁ」
スコーンとアイリーンがやってきて、もやしをかき混ぜながらポン酢をかけ、二人で食べてしまった。
「あ……」
「あ……」
異口同音に短く声を上げ、俺は笑った。
「なんだ、美味かっただろう。俺はこれでいい」
さっきもらった猫缶を出し、スコーンがパカッと缶の蓋を開けてくれた。
「なんだかんだで、馴染んだ味だ……」
俺は猫缶の中身を平らげ、空き缶をアイリーンが持ってそそくさと去っていった。
「ビスコッティ、さっきからずっとシェーカーを振って、なにをしているのだ」
「はい、お水です。クソ生ぬるい水は飽きました!!」
ビスコッティが笑った。
「そうか、冷却器がぶっ壊れているからな。蹴飛ばしたら温水しか出なくなったから、さらにタチが悪くなった」
俺は笑った。
「管制からだよ~、なんか人がくるって。乗客じゃないみたいだけど」
アイリーンがボンヤリいった。
「ん、客人か。武装は?」
「どこの線上だよ~」
「ん、俺はGが好きだが、そうではない。武装はしているのかと聞いているのだ」
「うん、護身用に拳銃持ってるって。ちなみに、パイソン357とか……ん、357!?」
ボケていたアイリーンが飛び起きた。
「うむ、かなりの好事家だな。まあ、襲撃ではなさそうだしいいだろう」
俺は笑った。
しばらくすると、港内移動用の青ランプを明滅させた四輪幌車が近寄ってきた。
「おい、客だぞ。構えろ」
俺は慌ててエアロックの外に飛び出し『ピンポン』を取り付けて中に戻り、操縦席に座った。
ちなみに、ブルートゥース式なので、配線は不要だった。
「うむ、俺も構えよう」
俺は呪文を唱え、空間ポケットを開き、猫用の杖を取り出した。
車は徐々に近寄ってきて、俺の船の脇に止まり、巨大な麦わら帽子を被った誰かが降り立った。
ピンポーンと音が鳴り、俺は小さな画面を見ると、ピンク色のショートカットの女の子が写しだされ、バ○トルの雑誌のページを開いて立っていた。
「うむ、客人のようだ。ディスコネクト!!」
みんなが武器をしまい、俺だけが杖を持ってオートでエアロックの外扉と内扉を開けた。
「あの、雑誌をみて応募しにきたのですが、あたしはリズ・ウィンドと申します」
麦わら帽子を脱ぎ、リズという女の子は一礼した。
「うむ、苦しゅうない、近こうよれ……」
俺の顔面にビスコッティの金だらいがめり込み、跳ね返った金だらいがリズのボディアーマーに命中してガラガラと凄まじい音を立てた。
「あれ、そのボディアーマーどこで売ってるの。爽やかなヤツ」
アイリーンがさっそく食いついた。
「えっ、この港の売店で普通に売っていますよ。プレート六枚入りで、七十クローネです。もう、重いのなんの……」
リズが苦笑した。
「安物……じゃないな。これ買ってくる。プロの意地で八枚で!!」
アイリーンがダッシュで船をおり、ヘルメットを被って猛然とターミナルビルに走って行った。
「私も行きます!!」
ビスコッティが外に駆け出て、しばらく走ると一瞬だけ漏斗状に雲を広げ、音速を超えた。
「うむ、速い駆け足は好きだ」
俺は張りぼての杖を放り投げ、リズに向きあった。
「その雑誌を読んだということは、危険が付きものだということは承知だな。あと、攻撃魔法が必須ということも。見たところ結界魔法が得意そうだが、大丈夫か」
リズが頷き魔力を空撃ちした。
「うむ、問題ない。採用だ」
「ありがと!!」
リズが笑顔で麦わら帽子をかぶった。
「書いてあったと思うが、この船は非武装の船だ。あくまでも、今まではな」
俺は笑みを浮かべ、『砲手席』と書かれた席のカバーを取った。
コンソールパネルには灯が点り、正面のスクリーンに照準線が現れた。
「基本的になにも壊すな。攻撃は最終手段だと思ってくれ。普通に攻撃魔法を撃てば、外部リアクタから外に発射出来る。筋トレを怠るな。魔法使いは体が資本だからな」
俺は笑みを浮かべた。
「それは大丈夫だよ。それにしても、腹筋が六つに割れている猫なんて、初めてみたよ!!」
リズが笑った。
「うむ、勘違いするな。これはボディアーマだ。重すぎて一枚がやっとだが、ないと不安でな」
俺は笑った。
「なんだ、面白いね。ここがあたしの席だよね?」
「うむ、時々濡れているらしいが、もずく酢で清拭してあるので問題ない。なにしろ、最強の洗剤らしいからな」
俺は空間ポケットからもずく酢三個パックを取りだし、リズに手渡した。
「アハハ、これ食べ物だよ。しかも、あたしが好きな米酢じゃん」
「な、なんだと。あのCAめ、嘘を教えたな」
俺はそっともずく酢をリズの手から取り、背中とズボンの間に挟んで小さくため息を吐いた。
「あっ、落ち込んじゃった……」
リズが小さくため息を吐いた。
「いや、落ち込んではいないがな、この三パックどうしようかと思ってな。よし、CAを呼ぼう」
俺は近くの船内電話をスピーカーにした。
「おい、ダメだってよ。まともな洗剤と雑巾、それとこの三パック冷蔵庫に入れろ!!」
俺は笑みを浮かべた。
「あれ、直った。早いな」
リズが笑った。
「ああ、言い忘れていた。服装は自由だが繋ぎはダメだ。怒るヤツがいるんでな。それと、そのでっかい麦わら帽子くれ。寝床にちょうど良さそうだ」
俺は笑った。
「帽子は被る物だよ。それに、これ臭いからダメ!!」
リズが笑った。
「そうか、残念だな。おい、スコーン。暇なら掃除手伝ってくれ。作るだけ作って、全日空だったからな」
俺は笑った。
「分かった!!」
スコーンがみかんを抱えてやってきた。
「……どこで取ったの?」
「うん、生えてた!!」
スコーンが柑橘液を噴射し、俺は逃げ出した。
「馬鹿たれ、しみる!!」
「あっ、ゴメン!!」
スコーンが、リズに半分みかんをあげていた。
それを片っ端から平らげ、最後に一個だけ残して、リズが笑った。
「美味しかったよ!!」
「うん、この異常な酸っぱさが堪らないよね!!」
スコーンとリズが皮を床にぶちまけた。
「ダメです!!」
ビスコッティが『ゴミみたいなゴミ箱』と書かれた段ボール箱を抱えて持ってきて、床に散乱したミカンの皮を拾い集めて、ついでに余っていたカラスミを放り込み、スコーンとリズをビシバシ引っぱたいた。
「なんでもいいが、そのカラスミは俺が買おう。一つでいいか?」
俺は札束を取り出してビスコッティに渡し、ゴミみたいなゴミ箱からカラスミを二十キロ取りだし、その場で食いはじめた。
「はい、いいですよ。安物ですが」
ビスコッティは札束を懐にしまい、それをアイリーンが超速でかっぱらい、気が付かない様子のビスコッティが上機嫌で副操縦士席に座った。
「ねぇ、ビスコッティ。ちょっと貸して」
「はい、今は全システムセーフなのでいいですよ。私はいかれたGキャンセラの具合をみてきます」
ビスコッティと代わると、満面の笑みを浮かべたアイリーンが副操縦士席に座った。
実は、座ると勝手にロックが解除されるように細工してある、サイクリックスティックを引き、なにやらブツブツ呟きはじめた。
「またはじまった。お前は通信手だからな。好戦的過ぎて、コパイは任せられん」
俺は笑みを浮かべた。
「だって、ものがあればぶっ壊したくなるじゃん」
「それだ、バカ者。非武装で戦闘空域に突っ込んだだろ。このマンドリン野郎!!」
俺は笑った。
「船長、P4がダメです。砂を噛みすぎて完璧にぶっ壊れています」
Gキャンセラの様子を見にいっていたビスコッティが、戻るなりそういった。
「ビスコッティ、計器では正常稼働してるよ。予備のP6をみたんじゃない?」
スコーンが不思議そうにいった。
「……うん」
ビスコッティが小さくため息を吐いた。
「だから、私にいってください。Gキャンセラは正常稼働しています」
クランペットが操舵室に入ってきて、笑みを浮かべたついでに揚げ茄子を置いていった。
「……あの野郎」
ビスコッティはブツブツいいながら立ち飲みで酒を飲みはじめ、揚げ茄子を食べはじめた。
「よし、帰るぞ。酒が醒めたら、ちゃんと副操縦士やれ。アイリーンは天候調査だ」
「はいはい……ったく、操縦したいのに」
アイリーンが自分の席に戻り、ビスコッティが俺が食っていたカラスミを抱えて副操縦士席に戻っていった。
「船長、アルカンタラでへんな洞窟が見つかったそうです。行きましょう!!」
パステルが声を上げた。
「ダメだ。装備がない。それに、それはガセネタではないか。どうせ、下らんラジオで聞いたのだろう?」
俺は笑みを浮かべた。
「待って下さい……。あれ、ただのクレバス? 聞き間違えました、宇宙最大級のクレバスが見つかっただけでした」
パステルが頭を掻いた。
「船長、カップラーメンが出来ました。食べます」
ラパトがズルズルとカップ麺を啜りはじめた。
「ラパト、その報告はいい。さて、ビスコッティ。酔いは醒めたか?」
「はい、問題ありません。帰るの?」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「……まだダメだな。揚げ茄子が足りない。ついでに、窒素も充填しないとならんな」
酒瓶を片手にまだ飲んでいるビスコッティの元に揚げ茄子が届けられ、『窒素』と書かれたフジツボの味噌汁が置かれた。
「これですこれ。酒瓶をしまって……」
ビスコッティが酒瓶をしまうと、スコーンが思い切りゲンコツを落とし、さらにビシバシ引っぱたきまくった。
「これでいいな。早くしろ、猫は待つのは好きだが、待たされるのは嫌いだ」
ビスコッティが揚げ茄子を素早く平らげ、味噌汁をフジツボごと噛み砕いて乗った。
「リズ、座ったらベルトを締めてくれ。念のためにな」
俺は笑って、ビスコッティに猫パンチをビシバシ食らわし、小さく笑ったのだった。
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