第6話 砂嵐

 コンフリ名物といえば、凶暴な砂嵐だった。

 時として、大型トラックすら吹き飛ばす暴風と激しく飛来する砂で、これが収まるまで港は全面クローズ。すなわち、離発着となるのが通例だった。

 少なくとも、俺以外の操舵室の面々は港の近くにアパートを借りているが、こうなると船外に出るのは危険だし、まだ人間の船だった頃の名残で狭いがシャワーや仮眠室がある。

 そのお陰で、満足出来ているかは分からないが、全員不満はいわなかった。

「うむ、これは三日は続くな。スコーン、エンジンのシャッターは大丈夫か?」

 エンジン内に異物が入ると不調の原因になるので、俺は機関長席でノンビリしいていたスコーンに聞いた。

「うん、全部閉じてあるよ。電源も外部から取ってるから問題なし」

 スコーンは笑った。

「ならばいい。あとは、収まるまでゆっくりしようか」

 俺は船長席に座ったまま、正面のスクリーンを見つめ、砂色の景色を眺めていた。

「この状態では、通常のシールドが使えない。ビスコッティ、念のためお得意の『結界魔法』を使ってくれ。

 もはや、過去の産物とされているが、空間トンネルに代表されるように、かつて栄えた魔法技術は今もある。

 今さらそれを進んで勉強しようという者は少ないが、この操舵室内にいる面々は得意分野こそ異なるが、全員なんらかの魔法を使うことが出来る、変わり種揃いだった。

「はい、結界魔法ですね。えっと……」

 ビスコッティは呪文を唱え、正面のスクリーンが透過性のある青い光りに満ちた。

「よし、これで予期しない飛来物にも対処できるな。カーゴルームを見よう」

 俺はコンソールのキーを叩き、カーゴルームを見た。

 仮眠室の定員は四人なので、収まり切らない乗員は、カーゴルームに簡易ベッドを置い就寝の準備をしていた。

「異常はないようだな。これでいいだろう」

 俺は正面のスクリーンの表示を元に戻し、ビスコッティがメインで引くサイクリックスティックの安全キーがささっている事を確認した。

 これは、船の上昇と降下をコントロールする物だが、もう三回もチェックしていた。

 まあ、要するに暇なのだが、こればかりはいかんともしがたい状況だった。

「仕事が何件かあるみたいだけど、これ全部キャンセルだね。砂嵐のせいで、無線がザラザラしてるよ」

 アイリーンがため息を吐いた。

「うむ、これでは仕事どころではないな。みんな休暇だ。シャワーでも浴びてくるがいい」

 俺は船の各システムが最小限で動作してる事を確認し、小さく笑みを浮かべた。

 誰が先にシャワーに行くか揉め始めた面々に笑い、俺はシートの上で毛繕いを始めた。


 翌日、天候はまだ回復していないどころか、より悪化している様子だった。

 港の管制塔から送られてくる気象状況も芳しくなく、レーダー解析であと二日はかかるだろうという事で、数年に一度の大砂嵐なのは間違いなかった。

「十二発とも大丈夫だよ。テストしても異常はないから」

 砂嵐が去った後に備えて、スコーンが定期的にメインエンジンのテストを繰り返していた。

 こんな時ではないと調整の暇がないと、アイリーンがラックを開けて無線機の設定をいじり、ビスコッティと俺はシステムチェックに余念がなかった。

「暇そうであって暇ではない。今のうちに、日頃の疲れを取ってやらないとな」

 俺は笑って、ずっと気になっていた第五エンジンの不具合多発の原因を、スコーンに命じた。

「分かった!!」

 元気に答えたスコーンは、船内電話で機関士と話し合いを始め、目の前のモニターでチェックしながら、小さく笑みを浮かべた。

「エンジンオイル漏れだって。激しく揺れる場所にあるから、どうしてもこういうトラブルが多いんだよ。オイルラインの変更をやってるけど、すぐ終わると思うよ」

 スコーンが笑みを浮かべた。

「そうか、分かった。これからも、特に第五は気を付けよう」

 俺はコンソールのキーを叩き、自動的に送られてくる気象情報のチェックをはじめた。

「雷雨が予想されているな。雨で固まった砂を除去するのは、控えめにいっても大変だ。ビスコッティの結界魔法がなかったら、砂の除去に難渋していたな」

 俺は笑った。

 砂嵐が名物とあって、過ぎた後の船に被った砂を無料で除去してくれるサービスがあるが、ただでさえ砂は厄介なのに、濡れて固まった砂は始末に悪かった。

 無線に雨が降るまでに、とりあえず溜まっている砂を除去するという連絡があり、しばらくして大型の機械が走ってきて、青い光りを放つ防御結界の上に溜まった砂の除去作業をはじめた。

 並の小型船なら潰されてもおかしくない量の砂を除去し終え、機械が離れていった。

「毎度ながら、大変ですね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「まあ、名物だからな。迷惑な事だ」

 俺は笑った。

 特にやる事もなくなり、俺は気象レーダーの画面を正面のスクリーンに映し出した。

 雨雲を示すピンク色の固まりが、港に向かって徐々に接近していた。

「うむ、念のため落雷に備えよう。主要部を除いて、全電力停止」

「分かった」

 機関長のスコーンが関係各所に連絡し、操舵室も非常灯に切り替わり、計器周りの灯火だけになった。

 しばらくすると、雷鳴がここまで聞こえ、雨音は聞こえなかったが、凄まじい音が響いて、一瞬照明が消えてまた非常灯が点灯した。

「モロに落雷したな。被害報告」

「機関系異常なし」

 スコーンがすぐに答えてきた。

「通信も大丈夫だよ」

 犬姉がコンソールのキーを叩き。虚空にウインドウを開くと、あちこちチェックをはじめた。

 積乱雲が通過したということは、もう砂嵐が収るという兆候っだった。

 しばらくして、操舵室の中でも雨音が聞こえる激しい大雨が降り出し、何回も船に落雷した。

 こういう場合に備えて、大気圏航行が可能な船は雷に対する装置はあるが、何度も落雷されると気が気ではなかった。

 最低限の電力消費に控えていても、操作用のコンソールは使えた。

 それで気象レーダーの画面をチェックしていると、嵐は間もなく抜けて晴天になるだろうと予想はついた。

 予想取り雷雨が収まり、俺はスコーンに通常動力に戻すように伝えた。

 スコーンがコンソールを叩き、消灯していた明かりが点いて正面のスクリーンを見ると、港全体が砂に埋もれるようになっていて、これではしばらくクローズのままだろうと察しが付いた。

 砂を除去する機械が港中を走り回る中、俺は苦笑した。

「アイリーン、物は試しだ。発進の許可を取ってくれ」

「無理だと思うよ」

 アイリーンが苦笑して、無線で管制塔に連絡を取った。

「ほらダメだった。この港は現在オールクローズだって。発進も着陸も許可がでないよ。掃除にあと三日は掛かるんじゃない」

 アイリーンが笑った。

「全く、この星は田舎でいいのだが、これだけは困ったものだな。まあ、ちょうどいい骨休めになっただろう」

 俺はマタタビ酒を煽り、隣で酒瓶を取り出したビスコッティと軽く乾杯した。

 背後ではスコーンとアイリーンが酒盛りをはじめ、様子を見にきたCAが、慌てた様子で「食事のご用意を用意します」と言い残して去っていった。

 俺の船はオートメーション化が進んでいて、スコーンが管理している機関士が十名、なにかと世話を焼いてくれるCAチームが、全員で十五人が働いてくれている。

 エンジンが強力なだけの小型船なので、最近の船はこうだろうという感じだった。

「ビスコッティ、もう結界魔法はいいぞ」

「はい、とっくに解除しています」

 ビスコッティが酒をラッパ飲みしながら、小さく笑った。

「さすがだな。さて、俺は寝るぞ。特に仕事もないだろうし、酒を飲んでしまったからな。港から出られないのでは、なにも出来ない」

 俺は笑い、いつも誰かが掃除してくれている猫トイレで用を足した。

 操縦席に戻ると、俺は酒を控え、コンソールのキーを叩いた。

「……ん?」

 仕事依頼の中で、俺は変わったものを発見した。

 俺はそのデータを虚空に開いたウィンドウで、アイリーンに送った。

「なに、仕事見つかったの……おっと、これは怪しいから、チェックしなかったやつだよ」

 依頼の内容は、ここから少し離れたブルメジャという星に、七人運んで欲しいというものだった。

 仕事内容のわりには高額な報酬なので、これは明らかになにか訳ありだなと俺にも分かった。

「アイリーン、この依頼受けてくれ。こういう依頼ほど楽なように見えて大変なんだが、他に受け手はいないだろう」

「はいはい、物好きだねぇ」

 アイリーンが笑って、無線交信をはじめた。

「今は砂の除去作業を急ピッチでやっているから、ターミナルビルから出られないだろう。明日には終わるだろうから、客人がくるのはそれからだろう。酒盛りは程々にして、休んだ方がいいだろう」

 俺は笑ったのだった。

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