第14話 小夜子? と朱音の一目惚れと
大層な言い方だが、一族はあわせても五十人には届かない。だが、その五十人は鬼の血を引く半妖であった。
時代の流れで鬼の血も薄くなり、強い力を持つとなると一族の中でも数人。
誠士の父、竹一郎などはそんな中で原初の鬼の特性が色濃く出ている。見た目からして厳めしい獣じみた面をしており、鬼というに相応しい人を遥かに超えた筋力を持ち得ている。
その息子である誠士もまた鬼の特徴を持つが、筋力は人より少し強いという程度だ。筋力よりも妖物を見ることに長けている。そして、外見も茨木童子の系統にあるのか、秀麗であった。
さて、ここには登場しない小夜子がやる【見る】という行為は、その者の肉体的な才能や性質をまで把握し、妖物が隠れ潜もうものなら妖気を見て居場所を把握するほどだ。それと比較すれば、誠士の持つ才能は同じことができても全てにおいて下位にあたる。
誠士は若手退魔師の中では、頭一つ抜けた実力を持つ。
幼い日からの修行で身に付けた
もしも、ここに小夜子がいたら【如来活殺】の技かとテンションを上げていただろう。
そんな誠士は、
見た目だけで言うと相当の美形なこともあり、同じ年ごろの少年よりも女性には縁があり、それなりに経験もある。それが、ただの女に一瞬で心奪われた。
「えっと、妖怪とかそういうの、ですか?」
朱音もまた、胸がしめつけられるような、恋であろう感覚に当惑した。一目惚れなんてマンガの中だけだと思っていたというのに、間違いなくそれだと自分で分かる。
「そうだ。あれはかなり以前に封印されていたはずなんだが、なんにしろ無事でよかったよ。……俺は、道反誠士。その、キミは?」
「わたし、天野、天野朱音。えっと、道反くんは、妖怪退治みたいなことしてるの」
「稼業なんだ。本当は秘密にしないといけないんだけどな」
「あっ、ごめんなさい」
「謝らなくていい。俺が勝手に言ったことだし、ああいうものと関わると妖気に当てられることがあるから、清めた方がいいんだけど」
「どうしたらいいの?」
朱音は誠士が自分と同じ状態だと分かった。別に特殊な能力という訳ではない。ただ、わたしのことを彼も好き、と分かっただけに過ぎない。
だから、一歩近づく。
「ああ、妖気を払うだけだ。少し触れるが、いいか?」
「いいよ、道反くん」
見つめ合う二人。
互いの瞳はきらきらと輝いていて、吸い込まれそう。
『それは、本当にそなたらの意思か』
耳元で囁かれる声。
正気に戻るというものか。二人ともに、はっとした顔でそこで止まった。気持ちは冷めていない。だけど、ほんの少しの間、明らかにいつもの自分ではなかった。
誠士が何か言おうとした時、朱音は気づいた。
「うしろっ」
誠士が振り向くと同時に、あの巫女のような妖怪が頭に被っていた段ボール箱から何かが飛び出して襲い掛かってきたところだ。
誠士は小さな気合の声と共に、それに対して拳を放つ。完全とはいえないが、カウンターにはなった。
妖物の肉を砕く感触ではない。
破砕されて地面に散らばっているのは、誠士がその拳を当てたもの。季節外れの瓜が砕けて甘い香りを放っている。
「なんだ、果物のバケモノなのか」
誠士の知る限り、もったいないお化けの一種でそういうものはいる。しかし、これほど悪いモノにはならない。
誠士が見たところ、巫女姿の妖怪は何か強烈な怨念や良くないものの気配をしていた。
「天野さん、少し危ないかもしれない。家の者に連絡をするよ。詳しい話は、落ち着いてからしよう」
道反一族に連絡を入れた誠士は、自らが術にかけられているかを確かめた。しかし、彼の目でもそういった痕跡は見つからない。
こんなことで恋に落ちるなどというのが、有り得てしまうのか?
「うん。あの、道反くん」
「誠士でいい。今から呼ぶのは、みんな道反って苗字だから、区別がつかなくなる」
苦笑いと共に言った誠士は、スマートフォンで家の者と連絡を取り始めた。
朱音は自分のスマートフォンの画面を見た。風変わりな少女とその友達? と三人で撮った写真だ。
あの声は、きっと彼女のものだ。
しばらくして到着した車に乗せられて、近くのお寺に向かうことになった。
道反一族の者たちというのは、サラリーマン風のおじさんと大学生くらいの女子でとてもよくしてくれる。
彼らも、一目見ただけだというのに朱音に好意を抱いていた。それが何に起因するものかも分からないというのに、朱音も好意を受け入れている。
車に揺られていると、朱音はいつしかうとうとしていた。
心地よい振動に、目を開けていられなくなって、ついぞ眠ってしまった。
奇妙な夢を見る。
穏やかな波が寄せては返す、海辺の砂浜に朱音はいた。
ここは夢だ。こんな光景は現実であるはずがない。
見渡す限り広大な砂浜に、ぽつんとパラソル付きの白い丸テーブルと椅子があった。そして、白い椅子には、和装の少女、小夜子が座している。
「小夜子、ちゃん?」
『ようやく来たか。待っておったぞ』
朱音は小夜子の向かいにある椅子に座った。
「あの、助けてくれた、よね?」
『わらわは少し手を貸しただけよ』
「あのお化けとかって」
朱音自身、何をどう言っていいものか分からない。
『そなたは、バケモノに好かれる
天野朱音は、
だからこそ、この砂浜にいる。
ここは
「意味が分からないけど……」
『今は意味が分からずとも、厭でも分かるようになる』
朱音は海に目をやった。
「寂しいとこだね、ここ」
『ここは【ヒルコの海】。名前は無いのじゃが、わらわがそう名付けた。こちら側と【あちら側】を隔てる場所の一つじゃな』
「ヒルコの海……」
なぜか、その名前が
『さあ、そろそろ目覚めの時間じゃ。
「お母さんに連絡。そうだね、ちゃんと連絡しとかなきゃ」
『わらわも影の身ながら
夢が終わる。
「お母さんに連絡しなきゃ」
目覚めた朱音が覚えているのは、絶対にお母さんに連絡しなければならないこと。
今日は遅くなるということを伝えるだけ。
どんな理由にしたらいいか、少し朱音は迷ったが、学校でできた新しい友達とおしゃべりするということにしておいた。
「そろそろ着くよ。天野さん」
「うん、色々ありがとう。ち、……誠士くん」
名前を呼ぶとほのかに胸が暖かい。
一方そのころ、間宮屋敷ではお夕飯の時間である。
夕暮れを過ぎたころ、クロネコヤマトのクール便で、
なんであろうと開けてみたところ、大阪土産の返礼品が入っていた。
寒キャベツ、ミョウガ、黄ニラといった旬の野菜と、冷凍された牛肉など、お弦婆らの地元名産品らしい。
「気にせんでよいというのに、お弦婆も
「かしこまりました」
そういうことになった。
事務仕事を終えて、特に何も無い平日を楽しんでいる。
小夜子としても、晴明との戦いで得るものがあった。
ある程度は渡り合えるというところに、今の自分はある。しかし、かの【古代王朝の悪女】の格には至っていない。
現状認識というものができた。焦っては事を仕損じるというもの。
「やはり、四天王的な者らは必要であろうか」
お弦婆や
四天王といえば、子供向けアニメではやられ役だが、かの【魔都】では本当に四天王だ。むしろ、使う側が恐れている場合すら有り得る。
もし、結成できたとして、四天王に【敵】を襲撃させる折には、若松に「あ奴らを解き放つというのですか!?」というようなことを言って止めてもらいたいものである。
「ううむ。晴明殿との決着がついておれば、メンバーに誘ったのじゃが」
なかなかに悩ましい。
安倍晴明であれば、文句の一つもない。まさに完璧であった。
裏切られると厄介だが、そういう可能性も含めての四天王である。あまり人数が多すぎてもよろしくないので、最大で四名というのがよい。
つらつらと考えながら、テレビで洋ドラの続きを見ていると、若松が料理を持ってやってきた。
「ほう、立派なものじゃな」
平皿に盛られたのは、ざく切りにした返礼品の寒キャベツだ。鷹の爪と塩昆布、ごま油であえたものである。
「簡単なモノですが、塩昆布であえてみました。白ゴマなどふると良いようですが、切らしておりましたので、頂いたミョウガを刻んで散らしております」
「おお、あの美味しい塩昆布じゃな」
株式会社くらこん、より発売されている【くらこん塩こんぶ】は、塩こん部長という渋い男のパッケージイラストで知名度の高い塩昆布である。
普通に美味いもので、おやつにもよいし今回のように料理にも使える人気商品だ。
若松が
「早速頂こうかの。いただきます」
小夜子が一口目をぱくりとやる。
キャベツはしゃきしゃきしており、甘みも強い。ごま油と塩昆布の塩味がほどよい。そこに、鷹の爪の辛みがくる。
美味い。小夜子好みの味だ。
白ゴマ代わりに使用したというミョウガ独特の風味が良い。しかし、癖の強さが出る。
夏場など、小夜子はそうめんやひやむぎをよく食べる。用いる薬味にミョウガを好むと若松は知るため、あえて選んだものであろう。
「ふうむ、わらわ用の味に仕立てるとは、若松は気の利く男よ」
客人がいれば、ミョウガではなく韓国海苔でも散らしただろう。
「では、次のお料理をお持ち致します」
小夜子に満足して頂けたのが分かり、若松は退室する。そして、お夕飯のメインを手に戻ってきた。
本日は中華。
日本式水ギョウザがまず配膳されて、麻婆豆腐、かに玉、空心菜の炒め物、ご飯が並ぶ。
「中華とは珍しいのう」
「へい、家庭料理にはなりますが、たまにはこういったモノも気分を変えてくれやす」
小夜子は満足げに頷いた。
あえて日本式水ギョウザ、つまりは餃子入り中華スープなどを選ぶところに若松のセンスが出ている。
食事で気晴らしというのも様々にあるが、もりもり食べられる日本式中華で腹をいっぱいにするというのも悪くない。
「今宵も流石じゃな。褒めて遣わすぞ」
「ありがとうございます」
本式の中華ではなく、どれも日本式の味である。
特に、麻婆豆腐に至っては美味いものではあるが辛くない。中国人が必ず文句を言う、辛くない日本麻婆であった。
白米があってのおかずという文化を前提とした日本式中華は、中国料理とは別物と考えるべきだ。
このメニュー、いつもより白米を食べてしまうものが揃えられている。何かと煮詰まっていた小夜子を気遣ってのものであろう。
小夜子は体内餓鬼道のおかげで太ることも無い。そこは若松も理解しているため、あえてガッツリで攻めてきたのであろう。
いつもよりごはんを三杯ほど多くお代わりしての完食であった。
これで多少は気分が晴れた。
小夜子は少しだけ反省する。と、いうのも、若松に焦りを気取られたということだ。彼はよく尽くす配下である。気遣いは有難い。しかし、気取られたということは【敵】もそれに気づくということだ。
「わらわも、まだまだよなァ」
週末は、気の乗らないお見合いの席が待っている。
四天王として採用できそうであればよいが。と、小夜子は考えた。
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