第9話 小夜子と大阪旅行と陰陽師と

 大阪とくれば、たこ焼きなど食べようかということになった。

 火車かしゃ調伏ちょうぶくの折に、若松がスマートフォンで色々と調べていたところ、タクシーの女性ドライバーが南大阪の美味い店を教えてくれる運びとなった。


「都会の店もええんやけど、せっかくこんなとこまで来てくれたんやし、案内するで。こっから30分もかからへんし。お土産考えてはるんやったら、水なすもあるし、ええとこ近くにあるんよ」


 そういうことになり、小腹こばらも空いたということで大阪では有名な甲賀流というたこ焼きの店舗に赴いた。

 時刻は昼の三時。

 岸和田市と和泉市の境目さかいめに、その店舗はあった。

 たこ焼き屋としては珍しく、飲食スペースがある店舗だ。近くにタクシーを止めて、ドライバーと一緒に店内で食べることになった。


「ほう、なかなか雰囲気があるの」


 30年以上の歴史があるとのことだが、店内は清潔で明るい。

 地元民が時間をあけずに買い求めていく。

 オーソドックスなソースマヨネーズが人気であった。

 小夜子はとりあえず全て食べようと思い、味の変化を感じられるよう薄味からの配分で注文をしていく。


 まずは、ねぎとポン酢をかけた【ねぎぽん】と出汁につけて食べる【わんたこ】を注文した。

 しばし待っていると小皿に盛り付けられたたこ焼きを店員さんが運んでくる。

 店員さんは若者が多く、明るく楽しそうだ。

 職人の世界、厳しいところもあろうが、自然な明るさがあるというのはいい。職人が店員を怒鳴りつけているような店では、落ち着いて食えないというもの。


「ほう、美味そうじゃ。いただきます」


 少し迷ったが、出汁たこから箸をつける。

 関西風の透き通った出汁にくぐらせて一口。油の甘味と柔らかな生地、そして、極熱なとろとろ。


「ほふほふ、美味しいではないか。うむ、出汁にしみたたこ焼きは、まるで別物じゃ。油の甘味がより引き立って良い。ソースでない味は、このようなものかや」


 関東在住の小夜子にとって、たこ焼きには固い食感というイメージがあった。90年代の関東といえば、たこ焼きがお好み焼きボールという有様の店も少なくなかった。※令和の現在は大幅改善。

 

 流石の老舗。外はふんわり、中は柔らかくとろとろ。

 とろとろには出汁がしみこんで、よりまろやかで、甘味を強く感じる。そして、極熱。常人ならば、口の中がズルズルになろうものだが、小夜子は常人ではない。この程度は余裕で食べられる。


「次はねぎポン酢にしようかの」


 関西と関東でネギに差がある。青ネギと白ネギ、味も違う。好みが分かれるところだろう。

 ポン酢も全体的に美味い。しかし、好みが強く出る味わい。

 一口目は酸っぱさを強く感じて失敗したかと思うが、二口目からはたこ焼きのほのかな甘味が際立つ。ポン酢好きにはたまらないが、酸っぱさに弱いと無理かもしれない。好みが別れるところか。


 次は塩分の王様、しょうゆ味。

 粉カツオ、青のりの後に関西の薄口しょうゆをかけ回したシンプルさ。

 しょうゆの塩分は思いのほかきついが、たこ焼きの程よいまろやかさが中和する。ソースの濃い味付けを辛いと感じる時には、ほどよいであろう。


「よう食べはるお嬢さんやねえ」


 女性タクシードライバーが、感心したように言った。

 小夜子は早くキレイに食べる。そのためか、店員さんまでも感心しているようであった。


「店員さんや、まずはソースマヨネーズ、次はソース辛子マヨネーズ、最後にソースの順番で頂けるかや」


 店員さんはにっこり微笑んで、小夜子の言う順番の通りに出してくれることになった。


 スタンダードなたこ焼きといえば、コレという味。

 全て美味い。

 何がどうという解説のいらない、イメージそのままの美味。くどさが無いこともあって、油酔いもしない。


 小夜子は満足した、これならば、大阪まで足を運んだ価値もあろうというもの。


「ごちそうさまでした。良き味であったぞ」


 なぜか拍手されるが、稀にあることなので小夜子は気にしなかった。


 その後、タクシードライバーがお勧めする、南大阪は泉州一帯でしか栽培されないという【水なす】という、丸っこいナスの糠漬けなどを買い求めた。


 二十年ほど前までは、南大阪だけの密やかな名物であったというが、最近では全国の百貨店などでも取り扱われているそうだ。

 味見をしたところ、漬物とは思えぬほどにジューシーなナスであった。ナス自体の味も、どこか果物を彷彿ほうふつとさせるような甘味もあり、小夜子も感心したものだ。

 若松は熱心に売り場の人に食べ方を聞いていた。どうやら気に入ったらしい。


 タクシードライバーが紹介してくれた地元農家の直売店舗で【水なす】をギャル谷と碧や退魔師連中の分を購入し、クロネコクール便で手配。

 これだけでは寂しいな、ということになると、タクシードライバーは伊丹空港と関西空港、そして、新大阪駅にも【551の蓬莱】があると教えてくれた。


 小夜子も名前だけは知っている大阪の中華料理チェーンだ。肉まんが大層な評判である。


「アイスもええんやけど、若い子には物足りんかもしれへんねえ。肉まんが有名やけど、しゅうまいとかも美味しいんやで」


 帰りに寄ってみようということになった。


 さて、トンボ帰りはつまらぬが、今は契約が優先。

 何か理由が無いと大阪に来るということもないし、惜しい気持ちはあるものの、帰りは新幹線に乗るということで妥協した。

 タクシーは新大阪駅へ向かった。


「お嬢さん、大阪来られたらまた呼んでくださいね」


「ほほほ、次は観光で来るとしようかの」


「美味しいお店、探しとくわ。またご贔屓に」


 タクシードライバーと、名刺をもらって別れた。


 タクシー乗り場から新大阪駅へ、551の蓬莱に立ち寄る。

 新幹線の車内で食べるよう、二個入りの肉まんを買い求めた。お土産用としてのチルドがあったので、小夜子は大量に買うよう若松に命じた。


 旅の楽しみといえば駅弁ということで、駅弁販売エリアで水了軒の【八角弁当】を選択する。

 八角形の弁当箱で有名な大阪を代表する駅弁であった。俵おにぎりと煮物がメインのあっさりした味付けの駅弁である。

 指定席にのりこんで、小夜子は特に疲れてもいないが、ふうと息をついた。

 席は四人分とっており、二つはお土産置き場だ。


「やはり、旅といえば車窓からの景色と駅弁じゃな」


「お嬢様、肉まんが冷めちまいますが、最初に食べると後の駅弁が」


 痛し痒しというもの。


「若松や、わらわが炎の精を呼んで温もりをそのままとしようぞ。まずは弁当からじゃ」


「へい、お嬢様。なんでも、全て関西の味付けにこだわったとかで、名物駅弁といえばこちらがオススメということです」


「ほう。旅気分に浸れるというもの。いただきます」


 八角弁当は1975年に販売が開始されたという歴史の古いものである。

 販売元の水了軒も、一度は倒産の憂き目にあうが、大手外食産業にブランドごと買い取られて復活したという経緯がある。

 見た目は同じで中は別物というものもある中、かなり頑張って当時のままを忠実に再現させたとか。


「うむ、普通に弁当じゃな」


 劇的に美味いとまでは言わないが、関西風の味付けにこだわっているという意味では非常に高水準だ。


「なかなか良い味じゃ。悪くはないのう」


 平らげた感想を口にしてから、小夜子は551の蓬莱、肉まん二個入りを取り出した。

 小夜子と若松で一つずつ食べることになっている。こういうのは最初に決めておかないと際限なく食べてしまうため、最初にそうと決めて購入している。


「ほう、辛子からしがついておるの。コンビニの肉まんに辛子なぞつけたこともないが、つけると美味いと言うておったな」


 タクシードライバーは食べ方として、自身のマイルールを教えてくれた。

 まず、一口目は何もなしでかぶりつき、二口目には辛子を適宜。これが初心者向きだという。


「では、こちらもいただきます」


 まずは一口。

 皮が甘くて美味しい。いやさ、肉まんといえばあのふわふわと思っていた小夜子にとっては、予想外のもっちり生地。しかも、生地だけでも美味いと言えるレベル。

 さて、待望の餡であるが、これがまた初めての味わい。既存のコンビニ肉まんしか知らなかった小夜子にとって、衝撃的とすら言える味だ。


 肉とたまねぎのねっとりした餡は、パンチが利きつつも、肉感と甘味のどちらをも活かした優しい味わい。これが生地に絶妙に合う。


 炎の精を喚起していたおかげで温かいのも嬉しい。が、これは冷めていても別の美味しさがあるに違いない。


「うむ、これは美味いものじゃ。あんの肉肉しさも良いし、生地の素朴な甘みが実によいのう。わらわは気に入ったぞ」


「それはようございました。確かに、これは良いものです」


 若松も気に入ったようだ。


 タクシードライバー自身が考案したという食べ方も、別れ際に教えてくれていた。

 家でしかできない下品な食い方である。

 まず、辛子の分量を多めに小皿にうつす、そこに少量の醤油を入れて箸で溶く。二つに割った551の蓬莱肉まんの断面にそれを流しこんで喰らうのだとか。

 ここでするのは気が引ける。チルド用も買ってあるし、屋敷に戻ってから実践してみることとする。


 次に来訪する折には、もっと楽しめるであろう。




 旅を終えて屋敷に戻る。

 気忙きぜわしい日帰りになってしまったが、夜半には屋敷に戻れた。


 戻れば、九尾の狐は魅宝の枕元で変わらず丸くなっていたが、小夜子をちらりと見やった後に襟巻の姿へと自ら戻った。


「ふふ、式共を喰らっておるやもしれぬと思っていたというのに」


 残滓ざんしといえど、気位きぐらいの高い九尾の狐はそれをやらない。そうと知りながら、小夜子はそう言った。礼を言ったところで、へそ曲りの狐は喜ぶまい。


 魅宝は安らかな寝息を立てており、九尾のおかげで存在の変質も止まっている。


「全ての魂魄が集えば、ようやく対面できるのう」


 碧と魅宝。

 悪意に充ちた運命に翻弄されるはずの主従は、小夜子と出会ってしまった。





 翌日、小夜子と若松は休むことなく登校した。

 隣の席のギャル谷とは、後で土産を届けさせるという話をして過ごし、放課後になって碧を呼び出した。


「で、なんでギャル谷がおるんじゃ」


「えっ、そういうこと言っちゃう。だって、あーしも関係者だし」


「あーし、などと、はしたないぞ」


 なぜかギャル谷も来た。それ自体は別にいいが、そういう割り込みをするタイプとは思っていなかった。


「間宮さん、刈谷さんは心配してくれてるだけだよ」


 碧が口を挟んだ。口元には苦笑い。魂がなくても、この程度の表情は作れる。


「ほほほ、心配してくれたかや」


「コンビニで殺人事件があったし、そりゃ心配するって」


 吸血鬼ベス、今は平安時代から生き延びた吸血魔の一件での犠牲者だ。

 妖物の関わること、死者は出る。小夜子の良識とは、運よく間に合う者くらいは助けるという程度でしかない。


「ギャル谷や、わらわのおる場所はこういうもの。人死になど珍しくもない」


「そんなことで黙らないってば。関わったんだし、最後まで、ね」


 小夜子は小さく、口元だけで笑んだ。自嘲とも苦笑いとも取れる奇妙なものだ。


「死んでも責任はとれんぞ」


「上等だって。それに、守ってくれるっしょ」


「さて、どのようになるかは分からんな。わらわも負ける気はないが、外法陰陽師の行いはどうあれ、天才であるのには間違いないからの」


 あれだけの呪を使うのだ。不測の事態も考えられる。

 若松であれば、死ねと命じれば喜んで死ぬ。だが、ギャル谷はそうではない。そして、この世界を知れば、分かるはずだ。命があまりに軽いと。

 小夜子には、それを隠そうという意思は無い。


「信じてるって」


「死ぬとなった時に、恨んでもよいが何もしてやれんからな。そこは理解しておけよ」


「うん、わかった」


「では、一つ約束せい。口は出さぬと」


「うん、約束する」


 どのような意味であるか、ギャル谷が分かっているはずがない。しかし、本人がいいというのなら仕方ない。小夜子はそう思うことにした。


「……間宮さん、いいのか?」


 碧が咎めるように問う。


「魂無き者が、そのように言うのじゃな」


 碧はそれ以上を言わなかった。相手は、一日で式神全てを片付けたような女だ。


「で、どうやって魅宝ちゃんを助けんの?」


「なんでギャル谷が仕切るんじゃ。碧にかけられたしゅを解いてやるだけよ」


 間宮屋敷に集合ということになった。

 帰り道はそのままみんなで移動する。碧は他の生徒から妙な目で見られていて、苦笑いでからかいの声に返事をしていた。

 屋敷に帰りついた後、小夜子が行う準備はそう大したものではない。

 屋敷の結界は万端であるし、茶釜狸の遺骸は警察から回収している。元が人鬼ということもあり、外法陰陽師の分割された魂魄を取り出した後には、【あちら側】へ還す手筈だ。


 庭園に皆を連れていき、式共を呼び出す。


 香雪鬼、吸血魔、火車の三味線、が現れ出でる。

 若松が茶釜狸を解体して取り出した心臓を皿にのせてやって来て、地面に置いた。

 いまだ眠り続ける魅宝を姫抱きにして碧もそこに加わる。


「間宮さん、一つ足りない」


「いや、これで揃っておる。最後の式とはな、碧よ、そなたじゃ」


「俺? 人間のつもりだが」


「碧よ、そなたが人間であるのは間違いない。しかしのう、今まで碧を動かしてきた疑似魂魄は人ではない。疑似魂魄が最後の式じゃ」


 言われた碧の心臓がどくんと高鳴った。

 身体の支配権を奪われる、と碧は抵抗しようとしたが、そこは魂無き者。疑似とはいえ、魂魄は肉体を優先的に支配できる。


「頼むよ、番長。見逃してくれよ、な、頼む」


 進退窮まった者が浮かべる焦燥の表情。最初に出会ったころの碧だ。

 魅宝と共に、茶釜狸や吸血鬼ベスと楽しい毎日を送っていた少年。その碧がいた。


「それはできんな。支配権を放棄して身体から逃げたのはそう悪い選択ではなかったが、わらわの目は誤魔化ごまかせんぞ」


 どこにでもいる普通の少年として生きた碧。だが、自らが魂の紛い物である疑似魂魄と知らされて、彼は支配権を放棄して逃げを選んだ。

 茶釜狸の変貌に、心が耐えられなかったからだ。


 魂が無いという前例は、チョビ髭の総統閣下のみ。


 疑似魂魄が逃げ出した後の碧の善性を保持してきたのもまた、支配権を放り出して逃げた疑似魂魄の存在に他ならない。少しだけ、行動に影響を与えていた。


「い、いやだ。消えたくないんだ、頼むよ」


「もう遅いのじゃ。わらわと出会ってからでは、もう遅い。契約は成った。さあ、魂魄は全て揃うたぞ」


 小夜子が手をかざすと、それぞれの式に埋め込まれていた外法陰陽師の魂魄が抜け出して、一つの形に成っていく。


 小夜子の目の前で、魂魄が形を為す。


 狩衣かりぎぬ烏帽子えぼしという姿は、現代人が思い描く陰陽師そのもの。

 その相貌は、碧とは似ても似つかぬ老人のものであった。


『我がしゅ、ついに結実したか』


 名前すら抹消された外法陰陽師の魂魄が現れ出でた。


「ここまでの呪を愚かな延命のために造りし出したと見せかけるとは、流石よな。従四位じゅしい殿よ。わらわも騙されておったわ。この術式も、従四位殿であるなら納得がいくというもの」


 小夜子は感嘆した。

 魂魄こんぱくが集まるまで、全くその正体に気づけなかった。不老不死を夢見た愚か者の天才。そういうものであると、すっかり信じ込んでいた。

 碧に蘇った記憶、それすら嘘であったとは。


蠅声さばへなすしき神よ、我がしゅはそなたらと関わりなきこと。全ては神仏の目を逃れるが故の方便ほうべん


「名前までわざと奪わせる周到ぶり。何をすか答えよ」


『我が母を冥界より取り戻す。魂無き肉体であれば、黄泉平坂よもつひらさかより母を連れ戻せよう』


「なるほどの。そのような目的であれば、わらわと出会うたのも道理どうりというもの」


 伊邪那美いざなみ様のお許しを得たのは、小夜子だけだ。

 夫殿を、未だ伊邪那美様は許していない。


千曳岩ちびきのいわを越えて戻ることは許さぬ。【あちら側】へは片道じゃ、晴明せいめい殿」


『致し方なし』


 陰陽博士、安倍晴明。

 神仏すら欺き、死を否定した母の愛を求む魔人。

 新たな魔戦が、ここに幕を開ける。

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