第3話 会合と子狐
若松少年の運転するバイクのサイドカーで街を往くと、よく写真をとられる。
ド派手な和装で移動していると珍しくもない。
【新宿】のせんべい屋店主も
顔を隠す悪などというものは、そこらのチンピラが力を得た者にすぎない。後ろ暗さなど無いのだから、この美貌は衆目に晒してこそ。
会合は関東の田舎。とある山寺である。
交通の便が悪いところを選ぶセンスは好きだ。
退魔師共も、いまのところ木っ端のような連中にしか会っていないが、今の小夜子に匹敵しうる者が
若松の時に遭遇した花子さんや、小夜子が人の世に出てから調伏した恐るべき妖物共が野放しであったことにも納得がいく。あれらは一体でも放置されれば、人の世が終わる可能性のある強敵であった。
表に出ている者など木っ端であり、本物は陰に隠れて恐るべき妖物と戦っているはずだ。たまたま、それらが動く前に小夜子が出会ったというだけであろう。
定刻の少し前にたどり着いて、山寺への階段を登る。
若松少年は書類関連の入ったブリーフケースを片手に、小夜子は手ぶらであった。
二月の厳しい寒さの中、小夜子は首元に狐の毛皮を巻いていた。別に寒さなどなんともないが、ここはあえて毛皮でいく。
小学生のころに
さて、今日のお昼は何が供されるだろう。小夜子は美味いものが好きだ。いつでも滅ぼされる覚悟でいるが故に、享楽的であった。
美味いものを喰らい、何と出会えるか。楽しみである。
退魔
現代までその命脈をつないだ名家は、それぞれに様々な術を継承しており、狭い業界で絶大な力を得ていた。そう、得ていたのだ。
退魔十家は妖魔退治から霊的国防までを支配していた。しかし、あの忌々しくも恐ろしい間宮小夜子が現れてしまった。
小学六年生の女児が、名だたる退魔師が敗北した九尾の狐を引き裂こうなどと、誰が想像しえたか。
女児と甘く見て養子にしようと近づいた
手をこまねいている間に、東京地下秘密路線と下水道を支配し、
かつて、将門公のお力をもってしても地下においやることしかできなかった食屍鬼共は、17歳の少女を地下冥界の女王として崇め奉っている。
退魔師のまとめ役としてこの会合では王として振舞っていた
暗黙の了解である60分前集合を平然と無視する小夜子を待っている。
十家の代表者たちは、一言も発さない。しかし、本音では無礼な小娘など放って会合を始めると、そう返矢に宣言しろと沈黙で迫っている。
ここで待てば待つ時間分だけ、返矢一族の権威が削ぎ落とされていく。
がらりと、山寺の扉が開かれた。
スーツ姿か袈裟、正装で来るべき場に髑髏と彼岸花の和装で間宮小夜子がやって来た。
誰もが、口を開けて彼女の美貌に見惚れた。
何度見ても、小夜子に目を奪われる。まさに、理外の美形。魔の類いだけの持つ神秘。
「皆様、早いお着きで。10分前で最後とは思っておらなんだ」
小夜子の席は下座も下座の最後尾だというのに、座布団に収まっただけで上座と下座が逆転する。
「待ちくたびれたぞ」
感情を出さないように、平坦に返矢が言葉を絞り出した。
「ほほほ、刻限よりも早く来たつもりじゃ。許せよ」
なんという口のきき方か。しかし、刻限に遅刻ではない。ただ単に、皆は暗黙の了解を守っているにすぎない。遅刻と責めるなど、大人げないことができようもない。
「では、会合を始める」
会合というのはどんなものでもつまらないものだ。
財政状況やら、帝都守護に異常ナシとか、いつもの内容が延々と続いていくだけだ。いまのところ、不景気とはいえ大きな問題は発生していない。
問題があるとしたら、間宮小夜子が事後報告で行っていることだけだ。
「わらわから一つ報告がある。
誰もが言葉を失った。
観語一族といえば、退魔師とは住む世界が違っても、退魔術を用いて暗殺などを行う集団である。
仕事の折に鉢合わせて因縁があるという者も少なくない。
表立って敵対はせずとも、深い溝のある間柄であった。
「何をふざけたことを」
嘘だと言ってくれ。
返矢左京は今度こそ顔を引き攣らせた。
「お
「本年度、二月の会合はこれをもって終了とする。食事が用意してある。私は火急の所用があって参加できんが、皆は楽しんでくれ」
返矢左京、ここで撤退を図る。
精神的限界による逃亡であった。
どたばたと足音を立てて返矢は山寺を出ていく。
山門をくぐる時に、間宮小夜子の従者である少年が寺の下男とたき火をしていた。目が合うと、会釈される。
返矢は言葉にできない恥辱に震えながら、呻きを漏らして車に向かうのであった。
楽しみにしていた食事の時間だが、会合に参加していたほとんどの当主は足早に退室してしまった。
なんともつまらぬ連中。
小夜子は言葉には出さずそう思った。
山寺の別室で用意されたのは、山菜がふんだんに用いられた天婦羅と精進料理にきのこの汁物である。
この
「
残ったのは、年齢不詳の美魔女である聖蓮尼と小夜子。そして、
道反家は鬼の血を引く一族だ。
身長2メートルを超える巨躯に袈裟を着こみ、醜い顔を隠すために虚無僧のやる
「間宮殿、本日のご報告には驚かされました」
道反竹一郎の相貌は深編笠に隠されているが、食事の時には外す。深編笠を外すと、なかなかのものだ。
「道反殿のお顔を見るのは初めてじゃな。想像よりもいい男ではないか」
道反竹一郎の顔は、厳めしい鬼の顔そのものであった。人間味の無い、どこか獣の風貌がある獰猛なそれである。額にある肉の突起が角の名残であろう。
「厭味ですか?」
「まさか、わらわはそういうものは好まぬ。醜いというのはの、組合長殿のような一見整った面相が崩れる時のことをいうのよ。ほほほ、すまし顔の崩れるところを見たであろ」
「間宮殿もお人が悪い。ですが、確かに面白いものではありましたな」
小夜子はタラの芽の天ぷらを口に入れる。抹茶塩をつけると苦味が引き立つ。山菜というのは、このように食べやすくない味が良い。山のものを食うているというのがよいのだ。
「ほほほ、その様子ではすでに知っておられましたか」
「道反家は鬼の血族。観語一族とも付き合いはあるのですよ」
「蛇の道は蛇じゃな」
汁物が美味い。きのこを入れただけの吸い物がどうしてこんなに美味いのか。
天婦羅にはよく知らない魚もあった。山女だろうか。精進料理の膳も追加で供されて、きつい油味で作られた肉の偽物を食う。これはこれ、半年に一度くらいは味わいたい。
「間宮殿。ときに、婚姻の相手は決まっておいでか?」
ご飯は、山菜を炊き込んだ薄茶色い炊き込みご飯であった。大き目に切ったニンジンと、油揚げが入っているのが良い。
「まさか。令和の世であれば、女子の結婚は遅いのが普通であろう」
「お相手はいらっしゃらない、と。では、当家の息子などいかがです。私には一つも似ず、なかなかの男前ですし、お歳も同い年」
「ふうむ。わらわには敵がおっての、それに勝てるとは思うておらぬ。よくて相打ちというところじゃ。滅び去るものとの婚姻など、道反殿にもよろしくない。それに、もし結ぶとしたら婿に入ってもらわねばならぬ」
道反家に対して、それこそ喧嘩を売るような言葉であった。
小夜子は言い終えると、もそもそと炊き込みご飯を口に入れる。そして、よく味わって咀嚼し、飲み込む。
「それは願っても無いこと。間宮殿、当家の愚息と一度会うて頂けますか」
流石の小夜子も箸を止めた。
「本気で言うておるか」
「無論。間宮殿、我が道反家など鬼の末裔と称しておりまするが、半妖の一族にすぎませぬ。あなた様にお会いした時に、分かったのです。あなた様こそ、我らが王であると。退魔十家などでなければ、今すぐにでもお仕えしたいと思うております」
爛々と、道反竹一郎の瞳は狂熱を帯びていた。
「なるほどのう。気に入ったわ。会うてやるのはよいぞ。しかし、そなたの愚息も同じであれば、いらぬ」
「そ、それはどのような」
「わらわの欲しいものであるか見て決めるということじゃ。くふふ、楽しみじゃの」
「愚息には言いきかせまする」
「整うたら、連絡を寄越すとよい」
「御意に」
その後、たきこみご飯を三杯お代わりして、食事を終える。
なかなか美味いものであった。
聖蓮尼に残った炊き込みご飯はおにぎりにしてほしいと頼み、若松に持ち帰らせることになった。
さて、小夜子であるが平日は若松と共に学校に通っている。
どのような学校かと問われれば、私服登校が許可されている以外にはちょっと偏差値の高い普通の普通科、四戸高校であった。
小夜子は楽勝で合格したが、若松に勉強を教え込むのは大変の一言。大枚をはたいて実績のある家庭教師をつけても、分の悪い賭けになってしまうほどであった。
なにはともあれ、その賭けにも勝った。
学校には黙って近隣の駐車場を借りて、バイクでそこまで行った後に歩いて登校するという学生生活を送っている。
本日は国営放送の朝ドラを見てからであり、余裕の遅刻。
若松は鞄を持ち三歩後を歩み、小夜子がしゃなりしゃなりとド下品和装で校門を潜ろうとした時、妙なものが視界に入った。
巫女服を着た子供である。
「これ、そこの
「ひゃっ、耳とか尻尾なんてないですよっ。なんですかっ」
頭の両端を押さえて振り向いたのは、金髪の幼女である。
小夜子の目には、隠している耳と尻尾はお見通し。
小夜子の目は
「ほほほ、わらわにそのような
「ひえぇぇ、陰陽師さまですか。悪いことなど考えておりません。わたしは式なのですが、ご主人様に置いていかれて、心配で心配で匂いを追ってきたのです」
「ほほほ、式の類いを使う者がここにおったとはの。わらわの目を掻い潜るとはなかなかのものよ。ほれ、結界は解いてやる。ついて来よ」
「はいぃぃ、あの、お嬢様は、いったい」
「わらわは間宮小夜子じゃ。ここの学生である。若松や、この子の主を捜すでな。先生には上手いこと言うておけ」
「へい、お嬢様。かしこまりました」
この程度の無茶ぶり、若松にとっては日常茶飯事である。
子狐は名を
道すがらに聞けば、長らく竹筒に封印されていたが、封印していた陰陽師の子孫が封印を解いたとかで、今代の主に仕えることになったとか。
「ほうほう。では、主とやらは素人かや。小さいとはいえ野狐は荷が重かろう」
小夜子には関係ないことだ。
もし、狐の力に溺れるというのなら、その時だ。
こういう使役魔というのは、術で縛れば魅宝のような主に尽くすものにできる。しかし、術がゆるめば狐らしく主を堕落させるだろう。
それはそれで、見世物としては悪くない。知らぬ人のやることに首を突っ込むつもりも無かった。
「それはそうと、陰陽師さま、あのう、そのお首に巻いていらっしゃいますのは」
「うむ、九尾の狐じゃ。せっかく飼うてやろうというのに手を嚙みおってな。仕置きしたのよ。かつては殷の大妖后も、今はわらわの襟巻じゃ」
魅宝が口を開けて見上げれば、襟巻の毛皮から目玉が生じ、ぎろりと睨まれた。
「ひぃぃ、ごめんなさいっごめんなさいっ」
「こら、悪さをするでない。襟巻になっても気位の高い雌狐めが。手袋にせんかっただけ有難いと思え」
「ひぇぇぇ、おそろしや。おそろしやァ」
襟巻を大人しくさせて、捜索を再開する。小夜子の目であればすぐに主人とやらを見つけられるが、ここは子狐の魅宝がどうするか見たかった。
「ご主人様はあちらです。匂いが致します」
「ほうほう。あれか」
グランドで野球をしている一年生の男子たち。その中の、これといって目立たない男子から、魅宝の妖気があった。
「ご主人さまぁっ、魅宝が参りましたよ~」
言うが早いか、魅宝は小走りに駆けていく。
「なっ、魅宝、学校には来るなって言っただろ」
「でもでも、お留守番の間にご主人様に何かあったら、魅宝は狐界の笑い者です」
何やら賑やかなやり取りをしている。同級生たちも何事かと集まり、冷やかしながら盛り上がっていた。
小夜子は、遠巻きにそれを見た。
「ふむ、古い血の末裔か。それにしても、お前が反応するとは。アレもただの子狐ではないな」
襟巻に問うが、九尾の狐に答えるつもりはないようだ。気位だけは高い雌狐め、と小夜子は思う。
小夜子は、これも物語の始まりと感じている。
古き血の末裔が何がしかを起こして、敵が来るやもしれない。いや、ここはまだ自らの立つ場ではないのかもしれない。だが、あの魅宝とその主は、小夜子に
出会ってしまったのである。
びゅうと、奇妙な風が吹いた。
ほら、そこに変化がある。
あの子狐に仕込まれたモノが反応したものか、グランドの端にある妖樹が目を覚ました。
小夜子の口元が、歪な弧を刻む。
ああ、恐るべき少女の姿をした魔人よ。
その笑みが、魔戦を呼ぶのか。
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