第12話 佐々木先輩の妄想と
「ルカベエ」
「なんだい太郎左衛門」
「コショーとって」
「はい、ついでにタマゴ」
「サンキュ」
佐々木先輩、と呼ばれていた頃が懐かしい。
元彼の後輩だけどがっしりした体つきで、
家事も分担してくれる優しい人柄で、
運転が上手。
何よりポイントが高いのは、
陸上部の5000m選手だったことだ。
「私たち、高校陸上部時代に出会ってたら、絶対初恋で結婚したと思うんだよね」
「え、なにそれ、どんな妄想」
「いーや、確信があるの。『佐々木先輩』はなんかしっくりこないから、同学年って設定で。大学一年の時に最初の子供授かっておけば、40手前で成人まで行けて良くない?」
「そんなおかしな設定する娘には大内刈り!」
「ぎゃっ」
この妄想をしている間は、何故か無邪気に素直に笑える。
高校までの写真を実家で見ると、
今よりずっと人相が良かった。
私は何故、どこでこんな漢らしい女になっちゃったんだろう……?
「寝るよ、ルカベエ」
「やだ、待って!」
ふかふかの大きな腕に十字固めされる。
とても落ち着くけれど、何かが違う。
そのまま夜の時間が訪れる。
言葉は無く荒々しい息づかいだけが狭いワンルームに響く。
甘い余韻に浸る暇もなく、彼の大イビキが部屋中に響き渡る。
また睡眠不足のまま出勤かーー。
会社ではエースポジションを任してもらっている。
一部上場企業のエース彼氏と同棲していて、
こんなに幸せなのに、何かが違う。
私は何かのパズルのピースを失ってる。
ただ、何故か涙が流れて、
それはずっと繰り返してきたような罪悪感。
過去と妄想と現実がごちゃ混ぜになって、
得体の知れぬ罪悪感で身体中から血飛沫が舞うように落涙する。
「岩田さんへ また泣いてしまいました。私、治療受けた方が良いかな」
「ルカちゃんは恋愛だとボーダーっぽいよな。その彼とはうまくいかないと思う。ボーダーが引き出されちゃうでしょ。普段はまるでメンヘラ感ゼロだから頑張りや」
「はい! じゃあ年明け飲みましょうね」
岩田さんは心の師匠だ。
iPhoneの灯りを落として暗闇を仰ぐ。
何故か太郎左衛門と居ると、私はメンヘラガールになってしまう。
人が変わったみたいに。
彼の食の好み、育った環境の違いなどが3Dみたいに浮いてきて、
好きと言う気持ちを濁流で押し流してしまう。
寝ないといけないのに、朝が来るのが怖い。
突然に太郎左衛門が居なくなってしまうような気がして。
辛くて悲しくて泣き疲れて眠る。
体重も余力もどんどん削られる。
私は今、一番幸せな現実を生きているのに、
何が違うというのだろう。
イビキの音量以外理想的なハイスペ彼氏にイチャモンをつけるのは間違えてる。
ねえ神様、ハイスペ婚をしたら絶対幸せにしてくれますか?
私はこの結婚で幸せになれる自信がないんです。
神様、なぜ、何がダメなんですか?
私ね、君の記憶が無いの。 にも @nimo83
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